「ねぇ。ビクトールさんって、賢いの?お馬鹿さんなの?」
執務室にやって来たナナミが、書類整理をしているフリックの前に来るやいなや、そんな事を聞いてきた。
その問いを耳にした文官が吹きだしているのを耳で聞きながら、フリックも苦笑を浮かべる。
「どうしたんだ、突然そんなことを言い出して。」
「だって、ビクトールさんがここでお仕事してる姿って見ないんだもん。いっつも遊んでるか、お酒を飲んでるかで。」
「・・・・・・・確かにな。」
それは否定出来ない事なので、フリックは静かに頷いた。
確かにビクトールは馬鹿だ。大馬鹿者だ。フリックは常々「こいつの馬鹿は救いようがない。死んでも絶対に治らないな」と思っている。だが、実際に大馬鹿者であるあの男が本当に馬鹿なのだと言う話を世間にばらまかれ、砦の評判を落とすわけにはいかない。砦の評判が落ちれば予算も落ちる。予算が落ちれば人員も減らされる。人員が減らされたら今以上に仕事が大変になる。それは、あまりありがたくない事態だ。
だからフリックはナナミに向かってニコリと、笑いかけてやった。
「数字の強さで賢さが決まるというのなら、アイツは確かに馬鹿だろう。だが、それ以外の知識は人よりも多い所もある。生きる術を知っている。どうにもならないような状況に陥っても、上手く切り抜けられる知恵を持っている。そう言う賢さは持っている奴だから、馬鹿だとは、言い切れないな。」
「う〜〜〜ん・・・・・・・・普通って事?」
フリックの説明を受けて眉間に皺を刻み込んだナナミが首を傾げながら妥協案のようなものを口にしたが、あの男を「普通」というのははばかられて、フリックは言葉を濁す。
「――――普通、では、無いかもな。」
「じゃあ、何?」
「そうだな・・・・・・・・・・・・・」
立て続けに問われ、フリックは視線を宙にさまよわせた。
いくら砦の評判を守る為とは言え、あの男を無駄に褒め称えたくはない。例えこの場にあの男が居なくても、そんな事を口にしたという事実がなんとも言えない不快な気分に陥らせる。
だが、ナナミが理解出来る範囲であの男を誉めねばならない。砦の未来のためにも。
自分の精神状態を保ちつつ、砦の名誉を守るためにはどう言葉を発するべきなのか。フリックの脳内は答えを求めてもの凄い勢いで回転しはじめる。
時間にすると数秒ほどの間に満足する答えを導き出したフリックは、ナナミに向かってニコリと笑いかけた。
「アイツは、強いんだよ。」
「強い?」
「ああ。身体も心もな。滅多な事では揺るがない強さがある。だから、周りの奴等は安心してついて行けるんだ。いざとなったら頼れる強さが、あの男には在るからな。」
馬鹿か馬鹿じゃ無いかと言う問題からはちょっと遠ざかったが、それが一番妥当な答えだろうと思う。
その答えで納得して貰えなかったら、次はどう答えるべきだろうか。
直ぐさま次の言葉を模索しはじめたフリックだったが、そうする必要は無かったようだ。ナナミはその答えで納得したらしい。ニッコリと満面の笑みを浮かべて寄越した。
「そっか!ビクトールさんは強いんだっ!」
「ああ。」
「そうよね。強いよね。チッチとジョウイを助けに来てくれて、私もここまで連れてきてくれたんだもんね。うん、分かった。ゴメンナサイ。お仕事の邪魔しちゃって!」
納得出来る答えを得られて満足したらしい。ナナミは軽く手を振って駆け出していった。
その駆け去る背中を見つめ、バタンと勢いよくドアが閉まったのを確認してから、フリックは深く息を吐き出した。
「・・・・・・・・なんだったんだ、アレは・・・・・・・・・」
脱力しきったフリックの呟きを耳にしたのだろう。左手前方の机で仕事をこなしていた文官がクスリと小さく笑いを零してきた。そして、軽くこちらを振り返りながら言葉をかけてくる。
「・・・・・・・・大変ですね、副隊長。」
世話を焼く人間が増えて。
と、言葉に出さずに語りかけてくる文官に、フリックは力無く笑い返した。
「・・・・・・・全くだよ。」
そんな呟きを添えて。
面倒なのはあの馬鹿一人で十分だと胸の内で呟きながらもう一度深く息を吐き出したフリックは、気を取り直すように小さく首を振ってから机上に広げられた書面へと瞳を移した。
お馬鹿さんな隊長が目を通すべき、書面へと。
ビクトールは馬鹿だけど賢いと思う。
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賢いのか馬鹿なのか