示し合わせたわけでもないのに酒場で顔を合わせたビクトールとフリックのコンビと、元マチルダ騎士団長のカミューとマイクロトフのコンビは、たまには四人で酒を酌み交わすのも良いだろうと、一つのテーブルに付いて酒を飲み始めた。
 自然と、酒場に集まった連中の視線はその一角に集まる。ビクトールとマイクロトフにではなく、フリックとカミューのツーショットに。
 男のくせに妙に華のあるその二人の姿を見ながら、なんとなく気分の良くなるのはビクトールだけではないと言うことだ。
 酒の肴が良いからか、いつもより酒を飲み干すぺースが早くなる。
 ほろ酔い気分になり始めた頃、それまでカミューと仲良さげに会話をしていたフリックが、急に黙り込んだ。しかも妙に真剣な目つきでその場に居合わせた三人を、それぞれの身体の内側から何かを探るように見つめてくる。
 その視線になんだか自分達が品定めされているような気分になり、見つめられた三人の背筋にゾワリと悪寒が走った。
 それまで和やかな空気が流れていたテーブルにうすら寒い空気が漂い始めたのに気がついたのか、カウンターから出てきたレオナが明るい声を出しながら近づいてきた。
「おやおや。どうしたんだい?急にしんみりしちまって。」
 この空気の元凶がどこにあるのか気付いているのだろう。レオナが軽くフリックの肩を叩いて見せる。彼の気を紛らわせるように。
 しかしフリックは、その問いかけに答えようともしない。そんなフリックの態度に僅かに眉間に皺を寄せたレオナが、もう一度声をかけようとしたところで、フリックはようやく言葉を発してきた。
「・・・・・・・・・なぁ、レオナ。」
「なんだい?」
「この三人の中で、誰が一番ウマソウに見える?」
 その問いには、さすがのレオナも目を見張った。ビクトールは飲みかけていた酒を口から盛大に吹き出し、カミューはいつもの笑みをその端整な作りの顔に凍り付かせている。
 マイクロトフは、フリックが発した言葉の意味が分からないと言いたげに首を傾げていた。
「・・・・・・・・それはどうだろうねぇ・・・・・・・・・」
 一番最初に気を取り直したらしいレオナが、苦笑を浮かべながら言葉を返す。
「私は誰の相手もした事は無いから、それはちょっと・・・・・・・・・・・」
「いや、そうじゃなくて。」
 言いかけた言葉を遮るようにそう告げたフリックは、自分よりも高い位置にあるレオナの顔をジッと見つめながら、言葉を繋いできた。
「食用肉として食べるなら、誰の肉が一番美味いと思う?」
 その言葉には、さすがのマイクロトフも顔を青ざめさせた。ビクトールとカミューも右に同じ状態だ。そんな三人の様子を見た近くのテーブルに座っている奴らが、何事だとこちらの様子を窺っている。
「・・・・・・・なかなか素敵な冗談ですね。」
「いや、冗談では無いんだが。」
 乾いた笑いを浮かべながらなんとか言葉を返したカミューにあっさりと言い切ったフリックは、窺うようにレオナの顔を覗き込む。
「どう思う?俺はカミューが一番美味いと思うんだが・・・・・・・・・・」
 言いながらジッとカミューの身体を眺め回す。その視線はかなり本気だ。
 なにしろ見つめられたカミューがブルブルと小刻みに身体を震わせているのだから。数多の戦場を駆け抜けてきた男が。ちょっとやそっとの事では取り乱したりしない男が。
「そうだねぇ・・・・・・・・・・マイクロトフは無駄に筋張ってそうだから、肉は固そうだねぇ・・・・・・・」
 問われたレオナが、話につき合って相づちを打つ。
 その言葉に、フリックは大きく頷いていた。
「そうだろ?カミューの方が脂が多いとは言わないが・・・・・・、カミューの肉の方が柔らかそうだよな。」
「ビクトールはどうなんだい?本人は筋肉だって言い張ってるけど、脂はのってそうだよ?」
 レオナの言葉に失礼な、と突っ込みを入れたいビクトールだったが、そう言い張るのなら腹を割って肉を見せてみろと言われそうな空気が流れている今、怖くてそんな事は出来そうもない。
 向けられた獲物を狙うようなフリックの視線にビクトールが震え上がっていると、フリックは僅かに眉間に皺を寄せて見せた。
「・・・・・・・確かに脂は乗ってそうだが・・・・・・・もう若くないからな。味気なさそうだ。それに、酒浸りだから健康とも思えないな。」
「・・・・・・・成程。でも、高級牛はビールを飲ませたりビールで身体を洗ったりするそうだよ?意外に良い味してるんじゃないの?」
「ビクトールはどう考えても飲み過ぎだ。絶対にマズイ。」
 キッパリと言い切られてホッとするやら言い返してやりたいやらで、複雑な気分だ。
 そんなビクトールの反応など構いもせずに、フリックは話を進め続けた。
「で、どう思う?レオナもカミューが一番美味いと思うか?」
「そうだね。この中で選ぶならカミューが一番美味そうだね。ちなみにフリック自身の肉はどうなんだい?カミューより美味いと思うのかい?自分の事。」
「いや。俺はマズイだろ。悪食過ぎるからな。雑食の動物とか肉食の動物は基本的にマズイらしいぜ。」
「へぇ・・・・・・・・・・そうなのかい。それは一つ勉強になったね。」
 感心したように頷いたレオナは、軽く首を傾げて問い返した。
「で?なんでいきなりそんな事を聞いてきたんだい?」
 それは品定めされた三人が聞きたい事でもあったので、思わずフリックの言葉に集中する。
 そんな周りの反応に気付いているのかいないのか。フリックはあっさりとした口調で言葉を返してきた。
「いや、なんとなく。非常時に共食いするなら誰からが良いか考えただけだ。」
 なんの気負いも含みもなくサラリと言われた言葉だが、その内容は聞き捨てならなかった。人肉を食すような非常時とはどんな時なんだと突っ込みを入れたい所ではあるが、食べるものが無ければ人間だろうと、その人間が仲間であろうと食べようとする気持ちが彼の中にあるという事実に震え上がってしまってそれどころではない。
 震え上がりながら、間違っても彼を飢えさせてはいけないと、心に刻み込む。彼と死ぬまで共に旅をしようと思っているビクトールは、とくに。
「・・・・・・まぁ、余程の事が無い限り食べないけどな。人肉は。呪われそうだし。」
 そんな言葉を付け加えられても、恐怖心は一向に薄れない。呪いなんかに怯えそうもない男だから。
 それはレオナも考えたのだろう。呆れたような、何を言っても無駄だと思っているような顔で深々と息を吐き出した後、ボソリと呟きを漏らしてきた。
「呪われるとか、そう言う問題じゃないと思うんだけどねぇ・・・・・・・・・・・」
 呟きの後に再度溜息を吐いたレオナは、気を取り直すように小さく首を振った。そして、その話は終わりとばかりにフリックの肩を叩く。
「ま、そんな事態に陥らないよう、気を付けてくれよ。」
「ああ、分かってるさ。」
 軽く手を振りながら立ち去るレオナに微笑み返したフリックは、何やらすっきりした顔で飲みかけのグラスに手を伸ばした。
 そして、その中身を煽ろうとした所で自分に向けられた六つの瞳に気付いたと言うように動作を止め、向けられた瞳を見つめ返しながら軽く瞬きを繰り返す。
「・・・・・・・・・なんだ?」
 心の底から自分に向けられている視線の意味が分からないと言いたげなフリックの態度に、三人はジッとフリックの様子を窺い見た。その反応に偽りは無いだろうかと、探るように。
 だが、フリックの瞳からは何かを誤魔化している雰囲気を見つけ出す事が出来なかった。だから、ビクトールは深々と息を吐き出した。例えフリックがその胸の内に何か考えていたとしても、面に出していない限り何を言っても無駄だろうと判断して。
「いや、なんでも無い・・・・・・・・・・・・・」
 力無くビクトールがそう返せば、フリックは眉間に皺を寄せて首を傾げて見せた。しかし、すぐに興味を失ったらしい。留めていたグラスをあおり、琥珀色の液体を体内に流し込んでいる。
「・・・・・油断ならない人ですね・・・・・・・・」
「全くだ・・・・・・・・・・」
 カミューの呟きに、ビクトールも息を吐き出すように応じた。マイクロトフは、いまいち良く分からないと言いたげに首を傾げている。
 案外、こういう奴の方が長生きするのかな。と、胸の内で呟きながら、また一つ知った最愛の相棒の恐ろしさを心に刻み込むビクトールだった。



























モンスターはなんの迷いも無く食いそうです。

















                 ブラウザのバックでお戻り下さい。






非常食