軍師は辛いよ

 遠征から帰ってきたチッチの様子が、少々どころかかなりおかしかった。
 始終難しい表情を浮かべて考え込み、宙を見つめてブツブツと呟いている。そして、自分の考えを否定するかのように首を振り、再度黙りこくって考え込む。
 そんな軍主の姿を目にして、同盟軍の兵士達の中に動揺が走った。城に住む一般人の中にも。もしや戦況が思わしくないのだろうかと考えて。
 しかし、他の幹部達におかしな所はない。皆、普段と変わらず穏やかな表情を浮かべていた。だから気のせいだろうと思いこんでおきたい所だったが、翌日になってもその次の日になってもチッチの眉間の皺が消えることはなく、皆の不安は日に日に濃くなっていった。
 城全体が重苦しい空気に包まれている。まるで通夜か葬式かと思う程、重苦しい空気に。
 その空気を感じつつも、軍師シュウはチッチの様子をさりげなく流し見るだけで、何か手を打とうとはしなかった。チッチは子供だが、そこらの子供とは違う。自分の立場というモノを良く理解している。だから早々に気持ちに整理を付けてくれるだろうと、考えて。
 だが、いつまで経ってもチッチの気分が上向く様子が見えない。このまま放置しておいても現状が悪くなるだけで、改善することはないだろう。
 シュウがそう判断し、重い腰を上げたのは、チッチの奇行が始まって一週間経ってからの事だった。
「――――どうしたんですか。ここ最近の貴方の態度はおかしいですよ。不安なことがあるなら、話して下さい」
 朝っぱらからチッチの私室に乗り込んでそんな事を言ってくるシュウに、チッチはキョトンと目を丸め、軽く首を傾げた。何を言っているのか分からないと、その仕草で告げるように。
 どうやら自覚なしに取っていた行動らしい。そう判断して、シュウは深々と息を吐き出した。そして、改めて声をかける。
「ここ最近、ずっと何かを考え込んで居たでしょう?その姿に兵の多くが不安を駆り立てられているのですよ。これ以上貴方のそんな姿を兵士達に見せると、今後の戦いの士気に関わります。何を悩んでいるのか、お聞かせ頂けますか?」
 口調は問いかけるものだったが、向けた瞳には否と言わせない強い光を宿す。
 瞳に込められた無言のメッセージを受け取ったのだろう。チッチは数度瞬いたあと、コクリと素直に首を倒した。そして、おもむろに口を開き出す。
「――――この間、遠征中に立ち寄った村で、子供向けのショーをやっていたんですよ」
「子供向けのショー?」
 いったいなんの話だと首を捻りながら復唱するシュウに、チッチはコクリと頷き、言葉を続けた。
「ええ。ああ言うのはキャロでやってなかったんで、思わず見ちゃって。結構楽しかったりしたんで、道中ずっと忘れられなかったんです」
「――――」
 それが今の話とどういう関係があるのだと思いはしたが、とりあえず黙って聞いておく。
「で、それがですね。五人の選ばれた戦士が正義のヒーローに変身して、悪の組織と戦うってものだったんですよ。その五人の戦士は色違いの全身タイツみたいな衣装に身を包んでて、その色によってキャラの違いを見分けるんです」
「ほう」
「赤が主役で、ピンクが女の子。黄色が太っちょさんで、青い人がクールなんです。で、緑の人が常識人って感じでしたね」
「そうですか」
「で、ソレを見てて思ったんです。この城でソレをやるとしたら、誰が何色なのかなって」
「――――は?」
 適当に相づちを打っていたシュウは、最後に告げられた言葉に軽く目を見張った。
 そして、マジマジとチッチの顔を見つめる。
「――――なんですって?」
「だから、うちの城でソレをやるとしたら、配役をどうしたらいいのかなって」
 シュウの問いかけに分かりやすくキッパリと答えたチッチは、小さく頷いたあと、自分の手元を見つめながら言葉を続けた。
「まず赤いのは主役だから僕がやります。僕が出るならナナミもやりたがるだろうから、ピンクはナナミですね。黄色はどこからどう見てもビクトールさんで、青はフリックさん。一瞬マイクロトフさんに、とも考えたんですけど。青をやるには熱血過ぎですからね。あの人は。クールが売りの青には使えません。なんであの人が赤騎士じゃないのか、常々疑問に思ってるくらいですからね。まぁ、あの人に赤は似合わなそうだから青騎士で良かったと思うんですけど。それは良いとして、問題は緑色ですよっ!」
 何度も頭の中で考えていることだからだろうか。淀みない口調で指を折りながら一気に語ったチッチは、最後にガッと大口を開けて叫び声を上げた。そして、もの凄く解決するのが難しい事態に陥ったと言わんばかりの苦しげな表情を浮かべて腕を組み、ブツブツと呟く。
「最初は常識人でも穏やかでもないけど、シュウさんにしようかとも考えたんですよ。でも、どうせならシュウさんには隊員よりも司令官の位置に居て欲しかったんで、却下したんです。ちなみにレオナさんは頑張る隊員を優しく見守り、いざと言うときに素晴らしいサポートをしてくれるお姉さん役を与えてみました。で、緑なんですけど、この城で一番常識的な人をって考えたんですけど、ここって非常識人間の巣窟だからそんな人が居るわけ無いじゃないですか。だから、ソレを基準に人を選ぶのは早々に諦めたんです。で、次は心穏やかな人をピックアップしてみたんです。で、その考えで選ぶとカミューさんでも良いかなと思ったんですよ。他の人達に比べると比較的感情の波の揺れが少ないんで。表向きは。でもあの人に緑色は激しく似合いそうにないから却下しました。だから次は緑が似合う人って条件で考えてみたんですけど………それにもヒットする人が居なくて。――――タイ・ホーさんでも良いかなぁとか考えたんですけどね。タイ・ホーさんとビクトールさんが揃って正義の味方というのは胡散臭すぎるんで。だからもっと良い人をと思ったんですけど。いくら考えても思いつかなくて………」
 ウウッと唸りながら頭を抱え込むチッチからは、本気の色しか窺えない。
 彼は本気でそんな馬鹿げた事を考え込んでいたのだ。
 そして、その馬鹿げた悩みをシュウにも強要するようにジッと瞳を覗き込んできた。
「シュウさんは、どう思います?緑には誰がふさわしいと思いますか?」
 縋るような眼差しに、シュウは足を一歩引いた。
 このままこの場に居てはいけないと、本能が警告を寄越してくる。だからこのまま何かしらの理由を付けてこの場から立ち去ろうと考えたのだが、何故か足も口も動かない。何かの強い力で押さえつけられているかのように。

「軍がどうなろうとも、悩んでいたチッチを放置しておけば良かった」

 シュウは本気でそう思った。口には出さなかったが、本気でそう考えた。
 だが、後の祭りだ。後悔先に立たずだ。時既に遅しだ。もう、逃れることは出来ないだろう。
 ジリジリとチッチが近づいてくる。
 蛇に睨まれた蛙の如くその場から動けなくなっていたシュウの手首に、チッチの細い指が絡みついてくる。
「――――シュウさん」
 縋るような眼差しに、シュウは小さく息を飲みこんだのだった。



 数時間後。軍主チッチと共に軍師シュウまでもが沈鬱な表情で悩み出したことにより、同盟軍には激しい動揺が落ちるのだった。


























…………アホですいません。汗。
軽く読み流して頂けると幸いです。
















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