旅の途中の宿屋の一室で、ビクトールはベッドの中で眠る男の額に浮かぶ汗を指先で払った。
いつもより呼吸が荒い。
眉間には深い皺が刻み込まれている。
滅多なことでは痛みを訴えることがない彼が、そんな反応を見せている。
治りきっていない傷が、悪化したために。
傷が悪化しているのだと気付いたのは、彼が倒れた後。
ほんの数日前の事だ。
傷を見た医者は、その傷はもっと前から身体を蝕んでいただろうと、言っていたのに。
長い間、相当辛い思いをしていただろうにと、言っていたのに。
普通だったら、こんなになる前に倒れていると。
ビクトールの顔が、グシャリと歪んだ。
「馬鹿ヤローが………」
そんなになるまで、どうして我慢するのだ。
他人に、自分に頼っても良いだろうに。
どうして自分の力だけで片を付けようとするのだろうか。
「俺はまだ、信用出来ねーのか?」
額に張り付いた前髪を優しい手つきで払いながら、そっと囁いた。
答える声が無いことは分かっているけれど。
それでも、言わずには居られなくて。
背中を預けて戦ってくれる。
互いの呼吸が読めるようになり、戦場ではスムーズに動けるようになった。
以前だったら望むことすら出来なかった協力攻撃も、するようになった。
だが、戦場から一歩足を踏み出した途端、フリックは自分に背中を預けてくれなくなる。
『辛い』とも、『痛い』とも言ってくれない。
『疲れた』の一言さえも。
野宿するとき、どんなに冷え込んでいても互いの体温で暖を取ろうとしない。
それが、無性に寂しかった。
「ちょっとは信用してくれよな…………」
囁きには、苦さが混じってしまった。
胸の内にある寂しさを吐露するように。
そんな自分を嘲るように笑いながら、ゆっくりと眠る男の頬に手のひらを滑らせた。
高い体温が指先をかすめる。
彼の不調をありありと示す高温が。
その体温が自分に乗り移らないものかと、彼の頬に手を這わせたまま動きを止める。
そんな行動、なんの意味も無いと、分かっているのに。
「ゆっくり休めよ……………」
お前の眠りは、守ってやるから。
胸の内で呟き、荒い呼吸を繰り返す男の顔を見つめ続ける。
僅かな変化も、見逃すまいと。
彼がこのまま、自分の手の届かない所へ行ってしまわないようにと。
眠りもせず、見つめ続けた。
ミューズ前。
《20050705UP》
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頬に触れる《フリック》