待って、待って、待って


何度も何度も必死で呼びかけた
今もまだ、呼びかけ続けている
なのに、前を行く人は立ち止まってくれない
振り返ることすら、してくれない
自分の声など聞こえていないと、その背で告げるように
自分の事など知らないと、その背で告げるように


どうして、どうして、どうして


どうして、待っていてくれないのだろう
どうして視線一つ向けてくれないのだろう
どうして声をかけてくれないのだろう
こんなに呼びかけているのに

悲しくなって、寂しくなって、涙が出てきて、止まらない

それは当然だと分かっているのに

自分は彼の元に行けないのだと、分かっているのに

分かっていても、止まって欲しいと望んでしまう
振り返って、見つめて、手をさしのべて、抱きしめて、キスして欲しいと
思いだけでどこまでもいつまでも突き進める程、自分は強くないから
支えて欲しいと思う心があるから
だから止まってと、願う
私を見てと、願う
声をかけてと、願う


一人で生きていこうと思ったときもある
失う辛さも寂しさも知ってしまったから
またその辛さを、寂しさを味わうくらいから、一人で居ようと

けれども、一人じゃ何も出来ない
一人じゃ、寂しい

頼られたい、頼って欲しい
だけど、頼りたいときもある
前だけを見ていたいけれど、後ろを振り返りたくなるときもある

矛盾した思いを抱え、コレで本当に良いのだろうかと立ち止まる
そんなときでも、彼は背中を見せて歩くのみで、「大丈夫だ」の一言も与えてくれない


周りの人は皆、自分の事を「強い」と言うけれど、そんなに自分は強くない
弱いから、一生懸命強い振りをしているだけ
強がらないと、挫けてしまいそうだから
自分で始めた戦いだけど
思いが叶うまで走り続けていこうと思ったけれど
だけど時々、息切れしそうになる
苦しくなって、立ち止まりたくなる
でも止まったら、先を行く彼の背中に追いつけなくなりそうで
見失ってしまいそうで
足を止めることは出来ない
立ち止まるどころか、もっと早く走らなければと、強く思う


もっと、もっと、もっと


もっと早く
彼に追いつけるくらいに早く、走らなければ

日々思いは強く、大きくなる
大きくふくらんでいく自分の思いに潰されそうになる
重さに耐えられなくて、足が止まりそうになる
そんな自分を抱きしめて欲しい
支えて欲しい
大丈夫だと言って欲しい。
伸ばした手に、触れて欲しい。
心の安まる場所を、与えて欲しい。




どうか


























 必死に伸ばした手に暖かな感触を感じて、閉じていた瞳を大きく見開いた。
 キョロリと、辺りを見回す。一瞬ここがどこなのか、判別できなくて。
 映るモノが僅かに歪んで見える瞳でしばし辺りを見回し、天井を見上げたところで、そこがアジトの自分の部屋であることに気がついた。そう気付いたところで、霧散していた記憶をたぐり寄せられ、形を成す。
 そうだ、自分はアジトにある私室で寝ていたのだと、胸中で呟く。そしてスイッと、視線を動かした。自分が寝ているベッドの枕元に立ち、自分の顔を覗き込んでいる青年の方へと。
 青年の、青い青い、空よりも湖よりもなお青い綺麗な瞳を、己の瞳に映すために。
「――――フリック――――」
 寝起きで掠れた声で、彼の名を呼んだ。その呼びかけに、青年の顔が柔らかく微笑む。
「今、帰った」
 短く告げたフリックが、他の旅装を解いていないのにグローブだけは外してあった左手で、頬を撫でてくる。
 その手の温かさに心地よさを感じ、手のひらに頬をすりつけた。オデッサの甘えるような仕草に苦笑を浮かべたフリックが、優しく頬を撫で続けながら、さりげない仕草で目元を拭ってくる。
「――――なに?」
 その仕草になんの意味があるのか分からずキョトンと目を丸めると、フリックは何でも無いと言うように軽く首を振り、反対側の頬に口づけを落としてきた。そして、モノのついでと言うように頬に、目元に舌先を這わせてくる。
 その刺激にくすぐったさを感じて肩をすくめ、クスクスと軽い笑い声を上げながら、暖かいモノを掴んでいる手を、強く握った。その手を同じくらい強い力で握り返された所でようやく、自分が彼の右手を握りしめていることに気がついた。
 軽く目を見張る。いったいいつの間に彼の手を握りしめていたのだろうか。今さっき、無意識の内に握りしめていたのだろうか。全く記憶にない自分の行動に困惑し、覗き込んでくる青い瞳を見つめ返した。
「私――――」
「もう夜も遅いから報告は明日にしようと思ったんだが、オデッサの顔を見たくて。起こさないようにしようとは、したんだが――――悪い」
「――――ううん」
 さりげなく言葉を遮られたオデッサは、その事にほんの少しだけ困惑しつつも首を振った。起こされたことを迷惑だとは、イヤだとは、欠片ほども思ってなかったから。むしろ、もの凄く嬉しかった。もの凄く、泣きたいくらいに、嬉しかった。

 握りしめていたフリックの手を放し、両腕をゆるりと持ち上げる。その仕草を目にして柔らかく笑んだフリックはベッドの端に腰を下ろし、オデッサの方を向くように僅かに身体を捻りながら、ゆっくりと上半身を倒してきた。
 近づいた首筋に腕を回し、強く抱きしめる。自然と浮き上がった上半身を支えるようにフリックの腕が背中に周り、抱きしめ返してきた。


 強く、強く、優しく。
 確かな存在を示すように。


 いつの間にか慣れ親しんでいた体温が、ここにある。
 良く知っている匂いが、ここにある。

 ソレが無性に、嬉しかった。

「フリック――――」
 名を呼びながら首に回した腕に力を込め、汗くさい頭に頬をすりつける。
 腕の中の存在を、はっきりと認識したくて。
「なんだ?」
 返す声は、柔らかい。
 労るように、励ますように、包み込むように。
 その優しさに心地よさを感じながらゆっくりと腕の力を抜いて、二人の間に距離を作る。そして、宝石よりも美しい青い瞳を見つめた。

 淀みなく、真っ直ぐに、前だけを見つめている瞳を。

 その瞳を見つめるだけで、力がわいてくる。険しい道を歩き通して行こうと思える、勇気が持てる。
 彼の瞳が自分の背を見つめていると思うだけで、前を向いていられる。


 正体の分からない淀んだモノに苛まれていた胸の内に、清涼な風が吹き抜けていく錯覚を覚えた。
 大丈夫、コレでしばらくは、大丈夫。前だけを向いて、歩いていける。
 確信を持って、言葉を紡ぐ。

 言葉を貰ったわけではないけれど。
 背中を押されたわけではないけれど。
 手を引かれたわけでは無いけれど。

 でも、彼はここにいる。

 傍らにいる。


 一人じゃない。


 自然と、微笑みが浮かび上がってくる。
 胸の内に暖かな思いが沸いてくる。
 それに押され、口を開いた。

「フリック」

「なんだ?」


「――――大好きよ」



貴方の優しさも、厳しさも。

だから、後ろにいて、私を見てて。

私の思いが、叶うまで。



そう願いを込めて、口付けた。

























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