「副隊長。そろそろ時間です」
「分かった。今行く」
ダレスの言葉に、フリックは軽く頷いた。そして、珍しく執務机に座っているビクトールに視線を戻して言葉を続けてくる。
「やる事は分かったな? お前の仕事はそれだけだ。他はしなくて良いから、やれと言われた事だけはしっかり片づけて置いてくれ。何をやらないといけないのか分からなくなったら、ヨールに聞けよ。勝手に判断するな。仕事が終わったらヨールにチェックして貰え。駄目出しされたら素直に指示に従うんだぞ」
「………わかってるよ。ガキじゃねーんだから」
くどくどと言葉を続けてくるフリックに、ビクトールはふて腐れたようにそう言葉を返した。
だが、そんな態度だからか、発した言葉は信用されなかったらしい。フリックは訝しむような眼差しで見つめてくる。そんなフリックに、ビクトールは苦笑を浮かべながら軽く手を振った。
「大丈夫だって。ちゃんとやっておく。心配するな。やってなかったらいくらでも雷落として良いからよ」
「………雷はいつも落としてるから、大した罰にはならないだろうが………」
フリックの突っ込みに、ビクトールはウッと言葉に詰まった。確かにそうだと思って。
最近では雷に打たれすぎて、アレに打たれてもあまり痛いと思わなくなっている。いや、痛いは痛いのだが、痛いだけでは無いような、そんな気分だ。
とは言え、自ら進んで打たれたいと言うモノでもないので、キッパリと言い切る。
「とにかく。俺にだって此処の隊長だって自覚くらいはあるんだから、これくらいちゃんとやっておく。いつまでも心配してないで、さっさと出掛けてこいよ」
言葉の最後に安心させるようにニッと笑ってやったら、その笑顔が信用出来ないと思ったらしく、フリックは益々眉間に皺を寄せた。
そんなフリックを促すように、未だに扉の前に立っていたダレスが声をかけてくる。
「副隊長」
「分かってる」
再度頷いたフリックは、小さく息を吐いた。そして、こちらの出方を窺うような眼差しをビクトールへと向ける。この期に及んで、出掛けようかどうしようかと悩んでいるような眼差しで。
そんなフリックの態度に少々気分を害したビクトールだったが、脳内に名案を思い浮かばせてニヤリと口角を引き上げた。そして、ゆっくりと口を開く。
「フリック」
「なんだ?」
「行ってきますのチューしてくれよ。そうしたら、絶対に仕事は片付けておくからよ」
軽く首を傾げるフリックに、意地の悪い笑みを浮かべながらそう告げた。こんなからかい方をすれば、彼が怒ってこの場から出て行くだろうと踏んで。
案の定、フリックは大きく目を見張った。そして、不愉快だと言わんばかりに顔を歪める。
もしかしたら雷が来るだろうかと身構えたビクトールだったが、予想に反してそれは来なかった。変わりに、フリックが一歩二歩と距離をつめてくる。そして、ゆっくりと彼の端整な顔をビクトールの方へと落としてきた。
「え?」
驚きに目を見張ったビクトールの視界に、近すぎてぼやけて見えるフリックの顔が映る。
唇には、柔らかくて暖かな感触が。
「……………ちゃんと仕事をしておけよ?」
ポカンと口を開けて間抜け面を晒すビクトールに柔らかな笑みを向けてそう言ってきたフリックは、何事も無かったように踵を返し、執務室のドアの前に立つダレスの元へと歩み寄った。そして、二人揃って部屋を出る。
パタリと、扉が閉まる音が鳴った。
その音で我に返ったビクトールは、扉を見つめながら呆然としている文官のヨールの姿に気が付いた。
「…………ヨール…………」
「はいっ!!! 俺は、何も見てませんっ!!!」
「…………良し」
自分が求める答えを瞬時に覚ってくれた彼に大きく頷いた後、小さく息を吐いた。そして、約束通りに仕事をしようとペンを取る。
反対側の手で口元を覆い、ニヤツク表情を隠しながら、ビクトールはいつもの彼とは別人のように軽快なスピードで仕事をこなしていったのだった。
ご要望にお応えしてみました(笑)
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