布越しに触れる
オデッサは、手にしていた書類をパラパラと捲りながらアジトの暗い廊下を歩いていた。
恋人であり、副リーダーでもある男の元へと向かって。
「フリック。明後日連れて行くメンバーなんだけど………」
ノックも無しに男の部屋のドアを開けながら声をかけたオデッサは、言葉を全て吐き出す前に口を閉ざした。
目当ての男が、ベッドの上に寝転がっている姿を目にして。
開けたばかりのドアを静かに閉める。音をたてないように気を使ってゆっくりと。そしてソロソロと、足音を殺して男が寝転がっているベッドの傍らへと歩み寄った。
毛布を身体の下に敷き、ブーツも脱がずに仰向けで寝ころんでいる事から、彼が軽い仮眠を取るつもりでベッドに身を横たえたのだろうと推測する。
だが、本人が思っているよりも身体に疲労が溜まっていたのだろう。人の気配に聡い男が、自分が部屋に来たことに気付かずに眠り続けている。
ゆっくりとベッドの端に腰掛けた。そして、白く滑らかな頬に手を伸ばす。
二十をとうに超えた男の肌とは思えない、滑らかな肌を。
だが、最初に会った時よりもその肌は荒れている。
自分ほどでは、無いけれど。
「――――むかつくわね」
軽く頬を膨らませながら呟き、頬に添えていた手をスルリと滑らせた。
指先で頬を撫でるように。
それでも、男が目を覚ます気配がない。
指先を男の薄い唇に走らせ、吐息に触れた。
僅かに流れている、生きている証である空気の流れに。
ホッと息を吐き、唇から指先を放した。そして、ゆっくりと男の胸に己の頭を倒していき、右の耳を彼の身体の中心へと押し当てる。
布越しに暖かな体温感じ取る。ドクドクと、力強く脈打つ鼓動も。
彼が生きていることを示す音が、温もりが、しっかりと感じられた。
その音を、温もりを感じて自然と口角が引き上がる。
彼がこの世に居ることを実感することが出来て。
その事にもの凄い安堵を覚えて。
自分は、一人じゃない。
不意に、そんな思いが胸に沸き上がる。
フワリと、身体が温かくなった。
正体の分からない強い力が、身の内から沸き上がってくる。
ゆっくりと身を起こし、かさついた指先を眠る男の額に伸ばした。
優しい手つきで、額にかかる前髪を払う。
そして、剥き出しになった白い額にゆっくりと口付けた
「まだ、眠ってていいわよ」
そっと囁き、頬を撫でる。
自分が、周りが思っているよりも何倍も、何十倍も働いてくれているだろう彼が自ら求めた休息を打ち破るつもりはないから。
彼が自然と目を覚ますまでは。
誰がどんな用事でこの場に現れようとも、その眠りを妨げさせないから。
「私が、守るから」
柔らかな声で、強い決意に満ちた言葉を告げる。
いつも守って貰ってばかりだから、たまには自分が守ってあげよう。
彼の身を守ることは出来ないけれど。
彼の安眠を守る事くらいは、出来るから。
「だから、ゆっくり眠ってて」
私の事を信頼して、その身を委ねて。
私が貴方にこの身を委ねるように。
そう、胸の内で囁きながら、再度額に口付けた。
《20050917UP》
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