最後まで残っていたモンスターの身体を切り裂き、剣に付いた血糊を軽く払い落とした。
小さく息を吐いて僅かに上がった呼吸を整え、辺りの気配を探れば、生きて動くモンスターの気配は欠片程も窺えなかった。
だが、のんびりしている暇は無いだろう。血の臭いをかぎつけ、新たなモンスターがやってくるのは時間の問題だ。さっさとこの場を離れ、身体に付く返り血を落とさなければ。
深い森の中、血臭をまき散らしながら歩くのは自殺行為に等しい。
「まぁ、やられはしないけどな」
自分も背後の男も、この辺りに生息しているモンスターにやられる程、弱くない。
例え束になってかかってこられても、遅れを取ることはない。
だからといって油断するつもりは、サラサラ無いのだが。
クスリと小さく笑み、剣を鞘に戻す。
そして、背後へと視線を向けた。
「行くぞ」
「おう」
呼びかけに、こちらに背を向けていた男が振り返り、ニカリと笑いかけてくる。
そしてゆっくりと、歩み寄ってきた。
僅かに空いていた距離が縮まり、横に並んだところで脚を動かす。
男が歩いているのと同じ速度で。
そうする事が、いつのまにか当たり前になっていたので。
他愛の無い言葉をかけあい、笑いあい、当てにならない今後の方針を決める。
そんな行動を毎日繰り返している。
二人で旅をするようになってからずっと。
もう随分と長いこと続いているやり取りだ。
なんの代わり映えもなく。
だが、何故か飽きることはない。
毎日言葉を交わしているのに、話題が尽きることはないから。
同じモノを目にしても、同じ事を思わない。
同じ事をやり始めても、やり方が違ってくる。
同じ方向を見て歩いているようだが、実際はそうじゃない。
互いに互いが目指すモノを見つめている。
それでも進む道は同じだから、面白い。
淀みなく進めていた足を止めた。
傍らの男の足も止まる。
つられたわけではなく、己の意思で。
ザッと、辺りを見回した。
そして、ゆるりと口角を引き上げる。
「――――きたぞ」
「おう」
短い言葉に応えた声には、喜色が滲んでいる。
この先にある戦いを楽しもうとするかのように。
だが、緊張感がないわけでははない。
そうと覚られずに神経を研ぎ澄まし、ジリジリと戦闘態勢を取り始める。
横に並んでいた身体が、自然と背後に回った。
互いに互いの背を守るように。
互いの穴を、埋めるように。
大きくて強い気配を背で感じ、瞳がジワリと細くなる。
そうしようと思ったわけでもないのに、自然と。
「本当に――――」
口から零れた言葉の後半を噛みつぶし、口端を引き上げる。
そんな事を呟こうとした自分を嘲笑するように。
腰に差した剣をスルリと抜いた。
背後からも剣が鞘走る音が聞こえてきた。
「んじゃぁ、ちょっくら暴れるか」
近場の商店に買い物に出かける事を宣言するかのような軽い口調に、軽く片眉を跳ね上げた。
「油断して無駄な怪我をしても治さないからな」
「誰がするかっ!」
軽口を叩きながら地を蹴り、目の前に飛び込んできたモンスターに切りかかる。
背後の男も、地を蹴った。
二人の距離が、自然と広がる。
だが、敵に引き離されたわけではない。
これが、自分達の間合いなのだ。
この距離で、十分に互いの背を守ることが出来る。
だから最低限の警戒はしつつも、目の前の相手に集中することが出来る。
出会った当初は、そんな相手になるとは思っていなかった。
すぐ目の前から居なくなる人間だと思っていた。
彼と二人で肩を並べて歩く日がくるなんて、想像すらしなかった。
なのに彼は、共に過ごしている時間が一番長い人間となった。
いつの間にか。
誰かと歩く道を合わせて生きることなど、無いと思っていたのに。
一人で生きていく為に力を付けてきたのに。
昔思い描いていた自分の姿をは大きく違う今の自分の姿に、笑いがこみ上げてくる。
だが、別に不快ではない。
それでもまぁ、良いかと思う。
このまま行くところまで行くのも良いだろうと、本気で思う。
「それなりに楽しいからな」
『一人じゃない』のも、悪くない。
胸の内でそう呟きながら、剣を振るう。
背後に居る男の気配を、感じながら。
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背中合わせ