目の前を、白く小さい物が掠めていった。
本当に小さい物だったから、最初は埃か何かだろうと思っていたのだが、それが視界に何度も入ってきたことで、そうではないことに気が付いた。
スッと視線を流すと、その白い物がふわふわと風に流れるように、漂うように浮いているのが瞳に映る。
なんとなくそれを目で追っていたら、傍らを歩いていた男がチラリと、視線を流してきた。

「どうした?」

軽い問いかけに、宙に向けていた視線を男へ向けた。
その一瞬の間で、自分が何かを見ていた事に気付いたらしい。
こちらに向けていた視線を宙に流した。
その瞳に白い物体を映したらしい。
「あぁ」と小さく声を漏らした後、ゆるりと口角を引き上げた。

「雪虫だ、アレは」
「……ユキムシ?」

初めて聞く単語に軽く首を傾げながら問いかけると、男はコクリと小さく頷き返してきた。
そして、言葉を足してくる。

「あぁ、『雪の虫』で、雪虫。まぁ、正しい名前はそうじゃないのかもしれねーが、少なくても、俺の村の奴らはみんなそう呼んでた」
「………雪虫か。白いからか?」
「それもあるかも知れねぇが、この虫が飛ぶと、雪が降るってーんで、雪虫って呼んでたな。俺は」
「……雪が?」

告げられた説明を耳にして、こんな小さな虫にそんな力があるのかと首を傾げる。
その様を視界の端で見たのだろう。
ビクトールはクスリと小さく笑った後、軽く首を振った。

「別にこいつが雪を呼ぶわけじゃねーだろうがな。迷信みたいなもんかね。ガキの頃から、なんの疑いもなくそう思ってた。雪虫が飛んだら、雪が降るってな。実際は、結構後にならないと降らねーんだが」

そう言葉を発したビクトールは、頭上を舞う白い虫に視線を向け、僅かに目元を綻ばせた。
そして、瞳を遠くに向ける。
空の向こうに。
遠い過去を懐かしむように。

「最初は一匹二匹視界に入ってくる程度なんだけどな。少しずつその数が多くなって、外を走って遊んでたら口の中に入るくらい大量に飛び出すんだ。で、いつの間にかその姿が見えなくなって、そう言えば最近雪虫見ねーな、とか思ったら、空から本物の雪が落ちて来始める。格好良く言えば、冬の到来を知らせる使者って感じかね、この虫は」
「……へぇ」

静かな声で告げられる説明を耳にして、フリックは隣の男に向けていた視線を上空を漂っている白い虫へと向け直した。
ふわふわと漂っている様は、とても綺麗に見える。
一見虫とは思えないくらいに。
本物の雪なのではないだろうかと思うくらいに、綺麗だと思う。
興味を引かれてジッと見つめていたら、ビクトールがこちらに視線を向けてきた。

「そういや、トランでは雪虫って見たこと無かったな。お前、初めて見たのか?」
「あぁ。初めてだ。そんな名前を聞いたことも無い」
「そうか。そうだよな。トランは温暖な土地だったもんな。あんま雪も積もってなかったし。雪遊びとか、したこと無さそうだよなぁ、お前」

納得したと言うように深く頷いたビクトールは、もう一度視線を宙に向けた。
そしてニヤリと、口端を引き上げる。

「んじゃぁ、雪が降って積もったら、お前に雪国の醍醐味ってヤツを沢山教えてやるよ。大人でも楽しめる遊びは、沢山あるからな」
「……誰がそんな事を頼んだ」
「良いから良いから。あ〜〜、かまくら作って中で酒を飲むって言うのも良いよな。あと、餅を焼いて。かまくらの中で食う餅は絶品なんだぜ〜〜!」

うきうきと一人で勝手に計画を練り始めたビクトールの横顔を眺め見た後、小さく息を吐き出した。
この男はどうしてこう、遊ぶことにばかり気が回るのだろうかと思いながら。
もっと気を回さないといけない事は他にあるだろうに。

彼一人で旅している時はそれでも良いが、他人と一緒に居るときには自分勝手な行動は控えて貰いたいものだ。
そんな事を考えながら、フリックは小さく息を吐き出した。
そしてもう一度、頭上を漂う白い物に瞳を向ける。

ふわふわと、青い空に流れる虫に。
当てもなく、流されるままに流されているように見える虫に。


なんとなく、今の自分に似ているなと、思いながら。




















雪虫が飛びました。














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雪虫