ザッと、強い風が吹き抜けていった。
ろくに手入れをしていない散切りの髪がその風に煽られ頬をなぶり、視界に僅かな影を落とす。
その影を払おうともせず、ジッと前方を見つめ続けた。
自分の進路を阻もうとするように敵兵が次々に現れるのを、何をするでもなく、静かに見つめ続ける。
現れた敵兵の数は、自分一人を討ち取る為に用意されたにしては多すぎる。
軽く20は超えて居るだろう。
もしかしたら、30以上居るかも知れない。
面倒だから、数える気にはならないが。
「随分とまぁ、過大評価されたもんだ」
紋章を一切使わない自分相手に、この数とは。
ゆるりと、口端を引き上げた。
これだけの兵を向かわせてでも討ち取りたいと思うほどに、自分は相手にとって目障りな存在らしい。
「まぁ、そりゃそうか」
軽い口調で呟き、腰の剣を抜き払った。
そして、その刀身を肩に乗せる。
もう一度前方から現れる敵兵を見つめた。
これ以上ないほど、強い瞳で。
相手の力を探るために。
戦時中に無理矢理かき集められた雑兵と違い、全員がしっかりと訓練された兵士なのだろう。現れた兵士達には、隙が殆ど見えない。
逃げようにも、逃げ道を探すことは出来そうにない。
正直、まともにやり合ったら厳しい勝負となるだろうと思う。
まず間違いなく、無傷でこの場を切り抜けることは出来ないだろう。
下手をすれば、身体の一部を失う程の大怪我を負うかもしれない。
だが、負けるつもりはない。
欠片ほども。
以前は。
一人でフラフラと各地を渡り歩いていた時は、仇を取れさえすれば、その後どうなっても良いと、本気で思っていた。
仇を取れたら、いつ死んでも構いやしないと。
そう、考えていた。
自分には帰るべき場所も、待っている人も、何もないから。
自分が死んでも嘆いてくれる人など、誰一人として居ないと、思っていたから。
だから、仇さえ取れればいつ死んでも良いと、本気で思っていた。
むしろ、長生きするつもりなんてサラサラ無かった。
花火のような、一瞬の輝きだけを残すような人生も良いだろうと、思っていた。
だけど、今はそう思わない。
何があっても生き残ろうと思う。
戻りたい場所が、出来たから。
トントンと、刀身で己の肩を二三度叩いた。
そしてニヤリと、口端を引き上げる。
「悪いが、そこは通して貰うぜ?」
笑みの混じる声で告げ、肩に乗せていた剣をゆっくりと下ろし、柄を固く握り直す。
生への道を切り開くために。
自分の居るべき場所に。居続けようと決めた場所に、戻るために。
そのために、目の前に立ちはだかる障害物を蹴散らさねば。
そう胸中で呟きながら、固く固く、柄を握りしめる。
紋章を使えない自分が頼れる、唯一の武器を。
「頼むぜ、相棒」
呟きに、手の中の剣が小さく震えた。
そんな相棒の反応に、薄く笑む。
声にならない声を理解してしまったから。
こちらの動きを探るようにゆっくりとした動きを見せていた敵兵達が、地を蹴り、襲いかかってくる。
それを真正面から見据えながら、深く息を吐き出した。
そして力強く、地を蹴った。
先に続く道を、切り開くために。
望む未来を、己の手で掴み取るために。
大きく、剣を振りかぶった。
眼差し