「ひゃ〜〜〜くまんぼんのぉ〜〜〜ばぁ〜〜らのは〜〜な〜〜を〜〜〜〜あなたにあなたにあなたにあ〜〜げ〜〜るぅ〜〜〜〜」
背後から、調子はずれの歌声が聞こえてきた。
振り返るまでもなく、それが誰の歌声か分かる。だからこそフリックは振り向くことはせずに、目の前に並ぶ兵士達に剣の指導をし続けた。
そんなフリックの態度にめげることなく、何度も同じフレーズが繰り返される。
「ひゃーくまんぼんのぉ〜〜ばぁ〜〜らのぉは〜〜な〜〜を〜〜〜〜ぅあ〜〜なたにあ〜〜なたにあ〜〜〜〜なたにあ〜〜げ〜〜るぅ〜〜〜〜」
かなりご機嫌らしい。やたらと陽気だ。気持ち悪いくらい陽気だ。
その陽気な歌声は、着実に近づいてきている。
あと少しで自分の傍らまで来るだろう。
いったいなんのつもりなのかは分からないが。
「ひゃ〜〜〜くまんぼんのぉ〜〜ばぁ〜〜らのぉは〜〜な〜〜を〜〜〜」
歌声はすぐ後ろまで迫ってきた。
それでも気持ち悪いくらいに上機嫌な男に付き合いたくなくて、フリックは無視をし続ける。
目の前に居る部下達がモノ言いたげな瞳を向けてきているのも無視して。
「あ〜〜〜なたにあ〜〜なたにあ〜〜〜〜なたに…………」
そんな仕打ちにもめげずに歌い続けていた男はそこで一旦歌を切った。
そして、最後のフレーズを、耳元で囁くように歌い上げてくる。
「あぁ〜〜げぇ〜〜るぅ〜〜〜〜」
妙な甘ったるさを感じるその歌声に、フリックの堪忍袋の緒が切れた。

振り向きざまに有無も言わせずに切り捨てよう。

そう決意して腰の剣に手を伸ばし、素早く振り向く。
そして、一気に剣を抜き去ろうとしたところで、胸元に何かを突きつけられた。
「な…………」
がさりと音を立てたソレに軽く目を見張り、条件反射で突き返そうとした。
だが、そんなフリックの行動は読んでいたのだろう。押し戻されないようにと、強い力で胸元に押しつけられる。
その力に負け、思わず胸元に突きつけられたモノを手にとってしまった。
途端に、それなりの重量が腕にかかる。その重さと共に、微かに甘い匂いが鼻孔をくすぐった。
思わず胸元に視線を落とす。そして、軽く目を見張った。


目の前に、真っ赤な薔薇の花があるのを目にして。


「………なんだ、コレは」
「バラだ」
「見たら分かる」
思わず零してしまった言葉に簡潔に答えられ、その言葉に簡潔に返す。
そして、目の前に立っている、異様に機嫌が良さそうなビクトールをギロリと、鋭い目つきで睨み付けた。
「なんのつもりでコレを俺に突きつけてきたんだと、聞いて居るんだ」
「おうっ! よくぞ聞いてくれたっ!」
フリックの言葉に、ビクトールは大きく腕を広げながら嬉々として言葉を放った。
そして、どこか遠くを見るような瞳で空を見つめながら、言葉を続ける。
「俺にはよぉ、夢があったんだよ」
「夢?」
「おうさ。惚れた女の誕生日に、その女の年の数だけバラを買って、それで花束作って贈るってぇ〜〜夢がよぉ!」
「………ほう」
告げられた言葉を聞き、フリックのこめかみに青筋が浮かび上がった。
ソレを近場に居た部下達は目にしたのだろう。ズザザッと音を立てて足を引いた。
だが、言葉を放ったビクトールは、夢見がちな瞳で空を見ているから気付かなかったらしい。
機嫌良さそうに言葉を続けた。
「放浪する前にはそんな金無かったし、放浪してた頃にはそんなモノを贈りたいと思うくらいに惚れた女に出会わなかったしで、しばらく忘れてたんだけどよ。今日市場に行ったら花屋があってよ、覗いてたら綺麗なバラが目に付いてな。で、その夢を思い出したんだよ。思い出したら、思わずかっちまったぜ。今日がタイムリーな日だったしよ」
「何がタイムリーだったんだ?」
「忘れたのか? 今日は、お前と俺が初めて出会った日なんだぜぇ!」
嬉々として告げられた言葉に、フリックの全身からどす黒いオーラが迸った。
それを敏感に察知したのだろう。部下達はもう一歩足を引き、ブルブルと身体を震わせ始めた。
だが、浮かれているビクトールは気付かなかったらしい。嬉しそうに言葉を続けてくる。
「そんな記念日に、心の底から惚れてるお前に、お前の年の数のバラで作った花束をプレゼントだ。来年の同じ日にはもう一本、再来年はさらにもう一本足して、お前に贈るぜ。俺の愛を、バラという形で表して」
そこで一旦言葉を切ったビクトールは、喜びに崩れていた表情を唐突に引き締め、彼にしては二枚目顔だと思われる顔を象った。
そして、キザな仕草で右手を伸ばし、フリックの頬をゆっくりと撫でてくる。
「百本のバラで花束を作れるくらいまで、一緒に生きていこうぜ、フリック」
どうやらソレが彼の決めぜりふだったらしい。
似合わないキザったらしい笑みなんぞを浮かべてきた。
そんなビクトールに、フワリと柔らかな笑みを浮かべて返す。
一見したら、喜んでいるようにも見える笑みを。
その笑みを見て自分の演出が好評を得たと思ったのか、ビクトールの顔に喜色の色が浮かぶ。
そんな彼に、柔らかな笑みを浮かべたまま、機嫌の良さそうな声で言葉を返した。
「なるほど。お前は、俺を女扱いしているというわけか」
「え………?」
フリックの言葉に、ビクトールはキョトンと目を丸めた。
そして、軽く首を振りかえしてくる。
「いや、重要なのはそこじゃなくてな、惚れてるってところで……」
「この俺を女扱いするとは、良い度胸だ。どうやら貴様は、生きていたくないらしい……」
「いや、フリックっ! ちょっと待て!」
自分が思っていた方向とは違う方向に話が進み出していることに気付いたのだろう。ビクトールが慌てて制止の言葉を吐いてきた。
だが、聞く気など更々無い。
フリックは全身から力を沸き上がらせた。
途端に、辺りに青白い光が迸った。
太陽の下でも輝いていることが分かるくらいに、鮮やかな青白い光が。
その光を思う存分走らせる。周りに居る人間の恐怖を煽るために。
そしてゆるりと口の端を引き上げながら、静かな声で告げる。
「貴様には、オデッサの錆にする価値もない。消し炭になって土に戻れ」
「ちょっ………フリッ…………っ!!!!」
フリックの行動を止めようとしたのだろうか。
ビクトールが何かを言いかけた。
だが、そんなビクトールの言葉になど耳も貸さずに、フリックは紋章の力をビクトールの身体に叩き込んでやった。

辺りに目映い光が迸り、轟音が鳴り響く。

紋章が落ちた衝撃で、地面がえぐれたらしい。
辺りには土煙も立ち上った。
一瞬視界が真っ白に染まったくらいに、大量の土煙が。
その土煙が消えたあとには、真っ黒に焦げたビクトールの身体が一つ、転がっていた。
指先がピクピクと震えているのは、生きていることを示すモノなのか、ただの痙攣なのか。
確かめる気も無いフリックは、その動きを見つめながら鼻先で軽く笑い飛ばした。
そして、腕に抱かされていたバラの花束を右手に持ち替えてだらりと下げ、背後に居る部下達へと、視線を向ける。
「さて、続きをやるか」
「………はっ………はいっ!」
ビクトールへの容赦の無い攻撃に恐怖を感じたのか、顔を青ざめさせていた部下達だったが、何事も無かったかのように出されたフリックの指示には条件反射のように頷き返してきた。
そして、元の位置まで小走りに戻り、再度剣を振り始める。
その動きは、ビクトールが現れる前に比べると多少鈍くなっていたが、あえて指摘しないでおいた。
ここでそれを指摘したら、余計に動きが固くなる気がしたので。
「……全く。邪魔ばかりする奴だな」
未だに地面に倒れ伏している男の顔を脳裏に思い浮かべながら小さく舌を打ち、吐き捨てるように言葉を吐く。
そして、チラリと手の中にある薔薇の花束へと、視線を向けた。
「……どうせなら、酒にしろよな」
食えもしないし使えもしないモノなど、自分にとってなんの価値もないのだから。
そう胸中で呟きながら、剣を振り続けている部下達へと視線を向ける。
訓練が終わる前にビクトールが起きあがりそうだったら、もう一発叩き込んでおこうと、密やかに決めながら。

























ブラウザのバックでお戻り下さい。








100万本の薔薇の花