酒場で偶然遭遇した赤と青の騎士とビクトールとフリックの四人は、なんとなく四人で酒を酌み交わしていた。そして、他愛の無い話題に花を咲かせた後、部屋で飲み直そうと言う話になり、酒場で持てる限りの酒とつまみを買い込み、一番綺麗に整理されているであろうと言う理由でカミューの部屋へと踏み込んだ。
 改めて始まった飲み会は、人目がない気軽さで普段よりペースが上がり、あっという間に持ち込んだ酒瓶が空になっていった。
 酒場でもかなり飲んでいてほろ酔い気分だった彼等だ。ハイペースな飲酒で酔いは更に増し、そのテンションは異様な程に高まっていく。
 普段大きく表情を崩さないカミューは、何がそんなに楽しいのか分からないが、誰かが何かを言うたびに笑い声を上げていた。顔色はいつも通りで一見酔って居なさそうな感じはするが、目がうつろになっているから限界は近いだろう。
 マイクロトフは、両手でグラスを握りしめ、握りしめたグラスをジッと見つめながら何やらブツブツと呟いている。顔はこれ以上ないくらいに赤くなっている上に、その態度だ。完全な酔っぱらい以外の何者でもない。
 ビクトールは、普段よりも顔を赤くしながら、誰も聞いても居ない武勇伝を延々と話し続けている。
 その武勇伝は、最初は「如何にして死線をくぐり抜けてきたか」というものだったのだが、持ち込んだ酒瓶が半分まで減ったところで、女性関係の話になりだしていた。
 嘘か本当か分からないビクトールの女性遍歴には全く興味がないので、と言うよりもむしろ、彼の情勢遍歴なぞには全く興味がないので、フリックは相づちを打つこともせずに、ひたすら酒を飲み続けていた。
 酒には弱いイメージを付けておいた方が何かと都合が良い事が多いので、普段はそんなに飲まないのだが、この状況だ。誰がどれだけ飲んだかなんて事は彼等の脳みそに記憶されないだろうから、飲めるときに飲みたいだけ飲んでおこうと、思って。 
 全くまとまり無く進められていく飲み会が始まってから、どれくらいの時間が過ぎただろうか。途切れることなく室内に響き渡っていたカミューの笑い声が、ピタリと止まった。
 さすがに落ちたのだろうかと思って視線を上げてみると、彼は妙に真剣な表情でビクトールの話を聞いていた。
 いったい何を話しているのだろうか。少々気になり耳を傾けたフリックは、ビクトールが発した言葉を耳に入れた途端、ガクリと肩を落とした。
「ヤッパ、基本は乳首だろ。至近距離で涙混じりに『焦らすなよ』とか言われて見ろ。それだけでイケるって」
「おやおや。ビクトールさんは早漏なんですか?」
「違うッツーのっ! フリックが色っぽ過ぎんだよっ! お前も一度やってみろって。どんな遅漏野郎でもすぐだからっ!」
「私は遅漏じゃないですよ」
「本当に色っぽいんだぜ? 普段のアイツからは想像出来ねぇくらいによぉ………」
「昼は淑女、夜は娼婦ってやつですか?」
「おう! まさにだっ!」
「それはそれは。羨ましい限りですねぇ」
 ちゃんと会話になっているが、二人とも目がうつろだ。自分で何を言っているのか、相手の言葉がどんな物だったのか、分かっているとは思えない。
 なので、フリックは二人を放置しておくことにした。色々と気に入らない発言が飛び交ってはいるが、酔っぱらいと関わるとろくな事にならないので。どうにもこうにもむかついたら実力行使で黙らせれば良いだけの事だし。
 そう思いながら、二人の会話を耳に入れながら酒を消費し続ける。
「ホント、貴方が羨ましいですよ。美人な上にそんな床上手な恋人が居るなんて」
「そうだろ? アイツ程良い男は居ないぜぇ〜〜。世界一と言っても過言じゃねぇな!」
 ニコニコと、もの凄く嬉しそうに語るビクトールのその言葉にはカチンと来るものがあったらしい。カミューはムッと顔を歪めた。
「何を言って居るんですか。マイクだって素晴らしい男ですよ。フリックさんには負けませんよ」
 不機嫌も露わに返された言葉に、ビクトールはカミューに視線を向けた後、チラリとマイクロトフへと視線を流した。そしてフンと、鼻先で笑い飛ばす。
「フリックの方が勝ってるに決まってんだろ。んなの、世界の常識だぜ」
「………それは、聞き捨てならない言葉ですね」
 眉間に寄っていた皺を更に深くしながら、ドスの効いた声で告げてくるカミューの態度を見て、ビクトールは再度鼻先で笑った。
「捨てなくても良いぜ? 何しろ、ソレが常識だからな!」
 強気に言い放ったその言葉に、カミューはガタリと音を立てて席から立ち上がった。その顔には、これ以上ない程強い怒りの色が浮かび上がっている。そのまま剣を抜き払って、ビクトールに切ってかかりそうだと思う程の殺気すら、迸っている。
 だが、ビクトールは全く気にしていないようだ。ニヤニヤと強気な笑みを浮かべたまま、憤るカミューを見つめている。
 そんな態度も気にくわなかったのだろう。カミューの全身から発せられる殺気が増した。そしてビシリと、ビクトールに向かって右手の人差し指を突きつける。
「分かりました! では、どっちの言い分が正しいか勝負しましょうっ!」
「おう! 受けて立つぜっ! ほえ面かくんじゃねぇぞっ!」
「それはこちらの台詞ですよ!」
 カミューの挑発に乗ってビクトールもその場に立ち上がった。だが、剣を引き抜く気配はない。
 さて、いったいどうやって勝負を付けるつもりだろうかと観察していたら、互いに互いの胸ぐらに右手を伸ばした。
 珍しく武器に頼らずにとっくみあいでも始めるらしい。そんなことをしたら、カミューの勝ち目は無いに等しいのに。酔いのせいで判断力が低下したか。
 そんな事を考えながら観察していたフリックは、次の瞬間。呆気にとられて口をポカンと開けてしまった。
 ぶつかる勢いで、二人が唇をあわせたのを見て。
 しかも、ただ唇をあわせただけではない。
 その口腔を貪りあっている。
 だからといって甘い空気など欠片もない。睨み付けるような眼差しで互いの顔を見つめながらキスをしているのだから、そんな空気を出せと言う方が無茶な注文だろう。
 どうしてそう言う方法で勝負を付けようという気になったのか。フリックにはさっぱり理解出来なかった。これぞ酔っぱらいのなせる技、と言った所なのだろうか。だとしたら、自分には一生理解出来ない心理状況な気がする。
 そんな事を考えながら、まだまだ続いている男二人のキスシーンを眺めていたら、それまで自分の手元を見つめながらブツブツと呟いていたマイクロトフが、もの凄い勢いで立ち上がった。
 そして、城中に響き渡りそうな大声で叫ぶ。
「なっ……何をやっているんですかーーーーっ!」
 そう吠えたかと思ったら、キスをしたままの二人を勢いよく引き離し、カミューを力任せに自分の方へと引き寄せた。そして、カミューの身体を自分の身体で隠すようにしてから、ビクトールに向かってビシリと指先を突きつける。
「嫌がるカミューに無理矢理口付けるなんてっ、見損ないましたよっ!」
 その言葉に、自分が言われたわけでもないのに呆気にとられる。いったい何をどう見たらそう見えるのだろうかと、思って。カミューもビクトールもかなりノリノリでキスしていたのだ。どこからどう見ても、無理矢理キスされているようには見えない。それとも、そんなキスシーンでも無理矢理されているように見える程、マイクロトフが酔っぱらっていると言うことなのだろうか。
 そんな事を考えながら首を捻っていたフリックだったが、あえて突っ込みを入れることはしなかった。下手に関わると面倒な事になりそうだったので。なので、静かに成り行きを見守る。
 そんなフリックの事など眼中に入れずに、マイクロトフは吠え続けた。
「生き方は違っていても、尊敬出来る人だと思っていたのに………こんな………こんな非道な事をっ! 許せませんっ!」
「ほほう。許せないから、どうする気だ? やり合おうってのか?」
 興奮しているマイクロトフを煽るように言葉をかけているビクトールだが、酔いの回りが最高潮なのか、身体が左右に振れている。時々前後に大きく振れているから、倒れるのにそう時間はかからないだろう。
 だが、倒れるならもう少しだけ耐えてくれと、胸の内でエールを送った。この喜劇を尻切れトンボで終わらせられたら面白くないので。
 フリックの願いが聞こえたわけではないだろうが、ビクトールは倒れることなく、マイクロトフに言葉をかけ続ける。
「俺はつえぇぞ。本気になりゃぁ、お前には負けねぇよ」
「分かっています。ですが、私も負けるわけにはいきませんからっ」
「ほほう………死ぬ覚悟は出来てるって事だな?」
「目には目を、歯には歯をですっ!」
 叫ぶようにして告げられたマイクロトフの言葉に、フリックは軽く首を傾げた。彼が何を言いたいのか分からなくて。
 さすが酔っぱらいと言う事か。会話の繋がりがよく分からない。むしろ、マイクロトフには会話をする気がないのではないかと思う。
 フリックがそんなことを考えている間に、マイクロトフが動いた。
 酔っているとは思えない程素早い動きで歩を進め、ビクトールの傍らまで歩み寄ったかと思うと、彼の胸ぐらを掴みあげる。そして、ビクトールの身体を己の方へと勢いよく引っ張り、近づいた唇に、己の唇を触れあわせた。
 触れあわせたと言うのは、表現が生やさしいかも知れない。先程のビクトールとカミューがやっていたように、きちんとディープキスをかましているようなので。
「なる程。目には目を、ね」
 マイクロトフが言わんとしていたことが理解出来て、小さく頷いた。
 とはいえ、さすが酔っぱらいだ。仲間がキスされたからと言って、報復行動でむさ苦しい男にキスを仕返すとは。正気の時に出来る事ではない。ここで正気に戻りでもしたら、彼はショックのあまりにしばらく外を歩けなくなるのではないだろうか。
「まぁ、人事だからどうでも良いんだが………」
 むさ苦しい男同士のキスシーンなど見せられても楽しくないから、早々に止めて貰いたい物だと胸中で呟きながら手元のグラスを持ち上げ、中身の酒を一気に飲み下した。
 この様子から考えて、他の三人はこれ以上起きていられないだろう。残った酒は全部飲んで問題が無いはずだ。
 そう考え、まだ空いていない酒瓶を手にとってコルクを抜き払ったところで、ようやく二人のキスが終わったらしい。ドスンという音を室内に響かせながら、組み合っていた二人が床に倒れ伏した。
「マイクっ!」
 二人が床に倒れ伏した瞬間、叫ぶように相棒の名前を呼んだカミューが、慌ててマイクロトフの元へと駆け寄った。
 倒れた身体を持ち上げ、その顔を覗き込んだが、マイクロトフはなんの反応も示さない。
 なんの前触れもなく突然倒れて意識がなくなっていると言う状況は、ソコだけ見たらかなり心配するところだが、前後の状況が状況だ。ただ単に酔いつぶれているだけだろう。フリックはそう判断したが、マイクロトフと同じように酔っぱらっているカミューにはそうは見えなかったのだろうか。彼は悲痛な表情で意識を失っているマイクロトフを見つめた。
「マイク……私の為に………」
 状況さえ知らなければ涙を誘われそうな程悲しげな声でそう呟いたカミューは、その後にまだ何か言いたげに口を動かしたが、声にならないままパタリと、マイクロトフの身体の上に倒れ込んだ。どうやら彼も力尽きたらしい。
 それまで座したまま事の成り行きを見守ってきたフリックは、ようやく椅子から立ち上がった。 
 アホも良いところのやり取りではあったが、たまにはこんな物を見るのも悪くない。絶対に混じりたくはないけれど。
 そんなことを考えながらもう一度、折り重なるようにして床の上で寝こける騎士二人に視線を向けた。部屋の主であるカミューだけでもベッドに運んでやろうかと思って。
「――――まぁ、良いか」
 寝返りの一つでも打てば、自然に離れるだろう。
 そう判断したフリックは、開けたばかりの一本と、まだ未開封の酒瓶を手にして歩を進めた。自室に帰って飲み直そうと思って。
 だが、すぐに足を止めてチラリと、視線を落とす。
 床の上にひっくり返っている、もう一人の男に。
 なんとなく達成感に満ちた表情で寝ているマイクロトフと、なんだかんだ言いながらも満足そうな笑みを浮かべているカミューと違って、そちらは苦悶の表情を浮かべている。
 先程のマイクロトフとのキスの続きでも夢で見ているのだろうか。
「――――アホな奴」
 率直な感想と漏らして、暫し考え込む。
 そして、自分の考えに納得したと言うように小さく頷いたフリックは、ドアに向けていた足をビクトールに向け、彼の頭の横まで歩を進めた。
 真上から見下ろしても、苦しそうな表情は変わらない。むしろ、フリックが枕元に立って出来た影のせいで余計に圧迫感が増したのか。眉間の皺がより一層深くなったような気がする。
 そんなビクトールの表情を目にして苦笑を浮かべながら、ヒョイと気軽な動作でその場にしゃがみ込む。そして、軽く上半身を折ってビクトールの唇に口付けた。
 軽く触れるだけですぐに唇を放し、目を覚ましそうな気配のないビクトールの顔を見て口端を軽く引き上げる。そして、眠るビクトールの唇に直接言葉を吹き込むように呟いた。
「消毒だ。感謝しろよ?」
 クスリと小さく笑みを零した後、しゃがみ込んだのと同じように軽い動作で立ち上がり、今度は他に視線を流すことをせずに、さっさと扉へと歩み寄った。
 ドアノブに手をかけ、音もなく開ける。その隙間から身を滑り出させたフリックは、戸を閉める直前に、室内に向かってそっと囁いた。
「良い夢を」




















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口づけを落とす《フリック》