「綺麗だよな〜〜」
目の前に居る少年の顔を見つめながらしみじみと呟けば、言われた少年はもの凄く嫌そうに顔を歪めた。
「嫌味か」
「違うよ、本気本気」
面白く無さそうに返された言葉に、軽く手を振りながら言い返す。本当に、嫌味でもなんでもなかったので。
だが少年はそう思わなかったのだろう。綺麗な青色の瞳でギロリと睨み付けてくる。
その、見つめられただけで切られそうだと思う程鋭い眼差しに苦笑を返しつつ、先程綺麗と称した顔をジッと見つめた。
本当に、綺麗な顔をしているのだ。
目も、鼻も、口も。その全ての配置が完璧で。これ以上ない程整っている。
一瞬作り物かと思う程に。
そのうえ、まだ子供っぽさが抜けきっていない愛らしさもある。瞳が惹き付けられるのは、当たり前のことだろう。
見目が良いだけではない。白い肌はツルツルで、思わず手を伸ばしたくなる吸引力を持っていた。非の打ち所がない美しさというのは、彼のためにある言葉だと本気で思う。
だが、それはいつもだったらの、話だ。
今は瞼も頬もこれ以上ない程腫れ上がり、白い肌には所狭しと青あざが浮かび上がっている。
はっきりいって、その状態で彼を綺麗だと、可愛いと称するものはなかなかいないと思う。
だが、本当に綺麗だと思うのだ。それだけボロボロになっていても。
「――――そんな風に傷ついてるお前も、すっごい魅力的だよ」
青あざが浮かぶ頬を撫でながらウットリと呟けば、少年はもの凄く嫌そうに顔を歪めた。そして、吐き捨てるように言葉を放る。
「ここに居るのは変態だけか」
「失礼だなぁ、別に変態じゃないよ。モノの本質を見てるだけ」
「どうだか」
「ホントだって」
クスクスと笑いながら答えれば、プイッと横を向いて頬を撫でる手を払いのけられた。だが、その程度の拒絶で怯むことはせず、再度手を伸ばして手触りの良い肌を撫で続ける。
彼がここに来てから何度も触れた肌だ。
いい加減触り慣れているのに、それでも何故か、毎回触れられる事に喜びを感じてしまう。
彼が易々と人に触れさせる人間では無いと言うことが分かっているから、余計に。
「――――あの人がまた『猫』を飼い始めたのは知ってたけど、こんなに綺麗だとは思わなかったな。いつもは飼ったらすぐに見せびらかすのに、今回全然見せようとしないから不思議に思ってたけど、お前見て納得したよ」
頬を撫でながら呟けば、少年はチラリと視線を流し、訝しげに眉間に皺を寄せてきた。言っている意味が分からないと、言いたげに。
その視線にニコリと笑いかけ、言葉を続ける。
「誰かに見せたら取られそうだから、見せたくなかったんだよ。でも、人に見せびらかしたくなるんだから、複雑だよねぇ」
「――――俺は別に、アイツのものじゃない」
「でも、あの人の『猫』でしょ?」
「そう言う認識のされ方はむかつくから止めろ」
「でも事実でしょ?」
ニッコリと満面の笑みを浮かべながら問いかければ、少年はグッと言葉を飲み込んだ。反論出来ない事は、分かっているらしい。
そんな可愛らしい反応に苦笑を浮かべ、言葉を続けた。
「『猫』は今まで何匹もいたけど、お前程執着されてる奴は居なかった。絶対、何があってもお前のことは手放そうとは思わないよ、あの人。淡泊に見えて意外と執着する質だから。だから多分、どれだけ上にあがっても、『猫』であることに代わりはないと思うから、諦めて現状を受け入れた方が良いと思うよ?」
親切心とからかいが半分半分になった言葉をかければ、少年はムッと口を噤んで再度横を向いてしまった。
そんな反応に、苦笑が浮かぶ。
外見に見合った、可愛らしい反応だ。こんな反応を見せられたら、大概の人間は眦を下げて可愛がってしまうだろう。損ねた機嫌を取ろうと、ハイハイと言うことを聞いてしまうかも知れない。嗜虐心の強い人間だったら、余計に彼を攻めようと思うだろうが。
腕を少し伸ばして、少年のサラリとした手触りの朱色の髪に指先を通した。
途端に、勝手に触るなと言いたげな視線が寄越される。
その視線の中に巧妙に隠された鋭い殺気を感じ取り、笑みを深くする。
本当に、嫌いなのだ。
触られることが。
自分相手だから我慢しているだけで。
他の人間だったら、瞬く間に腰に下げている細身の剣を引き抜き、腕を切り落としているかも知れない。
二度と自分に触れられなくするために。
「殺気はもっと上手く隠さないと駄目だよ。そんなんじゃバレバレだ。全然無害な可愛い少年には見えないじゃない」
指摘に、少年は小さく舌打ちを返してきた。そして乱暴な所作で、滑らかな髪を梳き続けていた手を叩き落とす。
「反抗的だなぁ〜〜。それが先生に対する態度? あの人にもそんな態度なんだろ。そんなんだから、こんな痣を作ることになるんじゃない?」
「うるせぇよ。ほっとけ」
「ほっとけるわけ無いでしょ。これ以上その綺麗な顔に傷をつくって貰いたくないもん。まぁ、それはあの人も同じだろうから。傷が残るような事はしないと思うけど」
「ありがたいことだな」
吐き捨てるように返してきた少年は、これ以上言葉を交わすつもりはないと言いたげな態度で横を向き、手元にあったグラスに口を付けた。そして軽く、眉間に皺を寄せる。飲んだものが不味かったのだろう。
クスリと、笑みを漏らした。
まだまだだなと、思って。
そんな素の感情が無意識に表に出てしまうっているうちは、まだまだだと。
だが、すぐにそんな事は無くなるだろう。少年は最初に会った時よりも確実に、しかも凄い速さで色々なモノを吸収しているから。
「追い抜かれるのも、近いかな……」
少年が名実共にこの組織のナンバー2になる日は、そう遠くないだろう。
「うかうかしてられないけど……」
それはそれで楽しみだと思ってしまう、自分が居る。
そう思う程に、自分は彼に惚れ込んでしまっているのだ。
「ホント、好みが似てるよね」
脳裏に自分達の上司の顔を思い浮かべながら、ボソリと呟く。
そしてジッと、目の前に居る少年の顔を見つめた。
どれだけ見つめても見飽きない、綺麗な顔を。
この先、死ぬまでずっとこの少年が傍らにいてくれたら良いのにと、密やかに願いながら。






















*あの人との話

















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