「今日はお1人ですか?」
 酒場で飲んでいたフリックは、不意に背後から声をかけられて振り返った。そこには、赤を基調とした服をまとい、柔和な笑顔を浮かべた整った顔立ちの男が1人、立っている。
 つい最近仲間になった騎士の片割れ。カミューと言う名の男だ。
「ああ。それが何か?」
「ただ聞いただけですよ。ご一緒して宜しいですか?」
「それは構わないが・・・・。何か用か?」
 綺麗な微笑の下に何かをたくらんでいそうで、自然とフリックの全身には緊張の糸が張り巡らされる。何があってもすぐに反応出来るようにと。
 彼のことは、初めてあったときから油断がならないと思っていたのだ。出来ることなら、個人的に関わり合いたくない。一応、この城での生活を穏便に進めようと思っているのだから。だが、自分にとって益とならない人間だと判断したら、自分はきっとこの人間を排除するだろう。そうしないために接触を避けてきたのだが、こんな人目の付くところで話しかけられたら邪険に扱うことは出来ない。回りに抱かせている自分のイメージという物があるのだ。
 この男は、そういったことも考えてこの場で話しかけてきたのだろう。その周到さに内心で舌打ちをしながらも、フリックは僅かに怯えるような、カミューの出方を窺うような態度をとってみせた。
「そんなに警戒しないで下さいよ。何も取って食おうなんて、考えていませんから。」
 フリックの内面と外面の違いに気付いているのかいないのか分からないが、カミューは浮かべた笑みを崩すことなく隣の席に腰をかけてくる。さっさと追い出したいが、居座る体勢を取ってくるカミューを邪険に扱う事は自分のイメージ的には出来ず、フリックは内心で舌打つ。
 ビクトールがいなくてせいせいしていたというのに、なんでこんな腹黒そうな男の隣で酒を飲まないといけないのだと。腹のさぐり合いは嫌いではないが、今はそう言うことをしたい気分ではないのだ。一人でゆっくりと酒を飲む。それが今のフリックの望みだから。
 だが、言いたい言葉を素直に口走る事も出来ず、迷惑がっている色を瞳に宿しながら彼の端正な顔を睨み付ける。すると、朗らかだったカミューの顔に意地の悪いものが浮かび上がってきた。
「それに、私にはあなたを取って食べられる自信なんてありませんよ。逆に、食い殺されかねませんからね。」
 さらりと言われた言葉に、フリックの動きが一瞬止まった。
 彼が何を考えてそういう言葉を発したのか分からない。自分と同じ匂いを感じる彼のことだ。何か掴んでいるのかも知れない。だが、それをネタに自分を脅したところで、得があるわけでもないだろう。基本的に生きている世界が違うし、今はとりあえず仲間なのだから。
 頭が良く、状況判断にも長けているだろうと思われるこの男がそんなことにも気が付かないはずは無いと思うのだが。
「・・・・そんなこと、俺に出来るわけ無いだろうが。」
 グラスに注がれた液体をゆっくりと喉に流し込みながらそう切り返すと、カミューは楽しそうにフリックの顔を覗き込んでくる。
「今回、なんでビクトール殿と別行動なんですか?」
「そんなの俺が知るかよ。シュウにでも聞いてくれ。」
「理由を、あなたは知らないとおっしゃるんですか。」
「ああ。人の仕事の事まで一々構っていられないからな。」
 何を言いたいのか分からないが、自分の腹の内は見せないに限る。簡単に誤魔化せる相手だとは思わないが、誤魔化せるだけ誤魔化しておこう。
 そう考えて発した言葉に、カミューはさらに笑みを深くした。
「じゃあ、一週間前の夜。軍師殿の部屋で話していたことは、覚えてないと言うんですか?」
 その一言に、フリックは思わず肩を小さく揺らしてしまった。その小さな動揺を見逃さず、カミュはさらに追及を深めてくる。
「あの時、確かあなたと軍師殿は・・・・。」
「ちょっと待てっ!」
 喋りだそうとしたカミュの口元を、フリックは慌てて覆い隠した。こんな、誰がどこで聞いているのか分からない状況で話をする内容ではないのだ。
「・・・・あれは、貴方だったと認めていただけますね?」
 ニコリと微笑む赤い男に、思っていた以上に侮れない物を感じた。
 ぶっちゃけ、ここでアノ話をされても構いはしない。周りの状況は分かっている。例え会話をしていても、自分たちの話に意識を向けている人間がどれだけ居るのか、窺い知ることは出来るのだから。
 この場で自分たちの会話に意識を向けている者も、声が聞こえている者も居ない。だとしたら、適当に誤魔化して後でこの赤い男の口を封じる事も出来る。そんなことは、誰彼構わず仲良く振る舞うことよりも簡単なのだ。フリックにとっては。
 だが、今は少しでも良いから戦力の欲しい時期だ。優秀な人材をむざむざ闇に葬り去るのは、得策ではない。
 僅かな間でそう判断したフリックは、観念したように大きく息を吐き出した。
 乗りかかった船だ。転覆しないように少しは手を貸してやらないと、何かあったときに後味が悪くなるというものだ。
「・・・・・・・・ああ。そうだよ。だからどうしたって言うんだ。それをネタに、俺を脅す気か?」
 微笑みを絶やさぬ顔を睨みつけながらそう尋ねると、カミューは慌てた様子で首を振ってきた。それは大いに演技臭かったが、たいして気にすることもない。この男は基本的にいつも嘘くさいのだから。自分に言われたくは無いだろうが。
「まさか。そんなことしませんよ。」
「じゃあ、なんだって言うんだ?」
 さらに言葉を重ねると、カミューは面白がるようにその瞳を細めて見せた。
「友達になれそうだなって、思っただけですよ。」
「………はぁ?」
 その予想だにしない返答に、フリックは思わず間抜けな言葉を返してしまった。しかし、カミューはそんなことを気にした様子も無く、ニコニコと笑い返して来る。
「最初に会った時から意見が合いそうだと思っていたんですよ。あなたは、本当の自分を心の中に隠していらっしゃるでしょ?」
 たいした付き合いも無い相手にズバリと言い当てられ、フリックは少々驚いた。聡い男だとは思っていたが、そこまで聡いとは思っていなかった。そりゃあ、最近は解放軍に居た頃よりもガードが緩くなっている自覚がある。ビクトールへの態度がかなり素の状態に近いせいだろうとは思うが。だがそれでもカミューに指摘されるほどのボロを出した覚えはない。
 思っていた以上に、この男は自分に近い生き物なのかも知れない。
 その思いを肯定するように、カミューの言葉が重ねられる。
「私と同じ匂いを感じたんですよ、貴方に。だから、ずっと個人的に話をしたいと思っていたんです。でも、真正面から突っ込んでいっても本当の貴方と話しは出来ないでしょう?」
「で、俺がお前の事を無視できない、絶好のチャンスを手に入れてきたってわけか?」
「ええ。手を尽くした甲斐がありましたよ。」
 綺麗に微笑み返して来るカミューの言葉に、彼への興味が沸いてきた。
 彼の言うとおりかも知れない。生まれや育ちは大きく違うだろうが、何か自分と共通するものを感じるのは確かなことだ。それは、常に自分を偽って生きているという点なのかも知れない。彼がそうする理由については察することが出来る程情報が無いが、しばらく顔をつき合わせれば分かってくるだろう。
 そんな事を考え始めたらなんとなく、楽しくなってきた。
「・・・・俺と、友達になりたいっていうのか?」
 いつもは人前では見せない、人の心の奥底を窺う視線を彼に向けた。
「ええ。人には言えない話を、語り合う仲になりたいですね。今までそんな友人はいませんでしたので。」
 その視線にもめげず、カミューは一点の曇りも無い笑顔を浮かべている。その顔をジッと観察していたフリックは、自分の心を決定するかのように大きく頷いた。
「分かった。それがお前の要求ならば受け入れよう。その代わり・・・・」
「ええ。口外しませんよ。」
 微笑み返してくるカミューに、フリックは持っていたグラスを差し出した。
 何を要求されたのか気づいたらしいカミューは、何かを企んでいるような笑みをその口元に浮かべ、手近にあったグラスへと手を伸ばす。
 二人が軽くグラスを打ち鳴らした事で、二人の契約は成立したのであった。



































腹の探り合い。
この二人の間に挟まれたら胃に穴が開きそうだ。笑!

















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友人