「今日が何の日か知ってるか?」
「はぁ?」
 突然のビクトールの言葉に間の抜けた言葉を返した後、しばし考えてみた。
 大きな会議があったわけでも特別な訓練があったわけでもない。勿論、遠征に出掛ける予定も無ければ敵に仕掛ける予定も入っていなかった。
「・・・・・・・・・・別に何も無かったと思うが?」
 だから軽く首を傾げながらも素直にそう口にした。その返答に、ビクトールはニヤリと、悪戯を思いついた子供のような笑みを見せ、己の顔前に立てた人差し指を軽く横に振って見せた。
「チッチッチ。違うんだな、これが。今日はすげー特別な日なんだよ。」
「特別な日?」
「そう。今日はクリスマスなんだっ!」
 叫ぶようにそう告げたビクトールは、己の興奮を知らしめるように両腕を勢いよく頭上へと振り上げた。万歳をするように。
 そんなビクトールの様子を唖然とした顔で見つめていたフリックに、ビクトールは嬉々として説明を始めた。
「クリスマスってーのはだな。すげー辺境にあるとある国で信仰されてる宗教の、神様の誕生日を祝う祭りなんだよ。」
「・・・・・・・・・へぇ。良く知ってるな、そんなこと。」
「この間小耳に挟んだんだ。で、その日が近づくと人々は街路樹や自分の家を綺麗に飾り付けるんだと。」
「チッチが聞いたらやりたがるだろうな。」
「シュウが止めるかも知れないけどな。んでだ、こっからが肝心だ。」
 そう言うなり、ビクトールは上半身をテーブルの上に乗り上げてきた。そして、これ以上ないくらい真剣な眼差しで周りの誰にも聞えないようにするかのように小声で話しかけてきた。自室に二人きりだという状況であるにもかかわらず。
 いったい何を言うつもりなんだと訝しむフリックの耳に、ビクトールの真剣な声が聞えてきた。
「そのクリスマスの夜には、恋人達がプレゼントを交換しあって、互いの愛を確認するためにいつも以上に激しく抱き合うんだとよ。」
 ビクトールの発した言葉を耳にした途端、フリックの眉間がピクリと動いた。この後、男が口にするであろう事柄が簡単に予想出来て。
 それでも律儀に相づちを打ってやる。
「・・・・・・・・・ほう。それはまた、変わった宗教だな。ソレに何か意味があるのか?」
「さぁな。そう言うことが好きな神様なのか、その日にやると妊娠する確立が跳ね上がるのかしらねーが、とにかくそうらしいぜ。」
「ふぅん。で?それがどうしたんだ?」
 言いたいことは分かっているのに、あえて分からないフリを装ってそう話を振ってやれば、ビクトールはニヤリと、口角を引き上げた。
「だから、俺たちもやろうぜ?足腰立たなくなる位によ。」
 実に楽しそうにそう笑いかけてくるビクトールの顔を眺め見ながら、フリックもゆっくりとその端整な顔を笑みの形に作り替えていった。
 その表情の変化に色よい返事が貰えると思ったのか。ビクトールの瞳に期待の色が広がる。だが、フリックにはビクトールを喜ばせる気など欠片もない。
 ソレなのに。いや、欠片も無いからこそ柔らかい笑みを浮かべたフリックは、ビクトールの顔を見つめながらゆっくりと口を開いた。そして、甘さの滲む声で語りかける。
「・・・・・・・ビクトール?」
「おう、なんだ?」
「俺とお前が、いつ恋人同士になった?」
 その言葉に、ビクトールの期待に満ち満ちた笑顔が一瞬で凍り付いた。
 期待通りのその反応に、フリックは心の内でほくそ笑む。
 そして、さらにビクトールを悲しみの縁へと追いやるように語りかけた。
「色々勘違いしているようだからこの際はっきり言って置くが、俺はお前とそんな関係になった覚えはないぜ?」
「フ・・・・・・・・フリック・・・・・・・・・・」
「だから、恋人達が抱き合うという今夜はお前とは寝ない。そんな事をしたらその神様に悪いだろ?恋人でも何でもない男共が盛り上がってたらさ。」
「いや、そんな事は気にしなくても・・・・・・・・・・・・・・」
「大体ビクトール。お前はいつからその宗教に入信したんだ?」
 軽く首を傾げながら問いかけてやれば、ビクトールは誤魔化すように瞳を宙にさまよわせた。そしてボソボソと、聞えるか聞えないかという声量で答えてくる。
「・・・・・・・・・あ〜〜〜なんだ。それは、アレだ。今夜だけのプチ入信だな。別に神様なんか信じちゃいないが、そう言う事を推奨している神様も悪くねーかなぁ・・・・・なんて、思ってよ。ははは・・・・・・・・・・・・」
 不穏な空気を感じ取ったのか。ビクトールの腰がやや引けている。そんな彼の様子を心の内であざ笑いながら表面だけ愛想良く言葉を返してやる。
「そうか。入信しているのか。じゃあ、折角だからプレゼントくらいはお前にやらないと、入信した意味が無くなるよな。」
「・・・・・・・・・・え?」
「プレゼントだよ。恋人からじゃないけどな。それくらいなら、神様だって目を瞑ってくれるだろ?」
 言いながら、にこやかに笑いかけてやった。その言葉が余程予想外だったのか、ビクトールはポカンと口を開けて驚いている。
 そんなビクトールの様子に首を傾げ、青い瞳に不安の色を浮かべながらも可愛らしく微笑みかけながら問いかけた。
「いらないか?俺からのプレゼント。」
「い・・・・・・・・いるっ!いるに決まってんだろっ!」
 何を期待しているのか、ビクトールは微妙に顔を紅潮させながらそう返してくる。そんな彼の反応にこれ以上無いくらい嬉しそうな顔を作り上げ、幾分声のトーンを上げてみせる。
「そうか、良かった。突然の事だからモノは用意出来なかったから、コレで我慢してくれよ?」
 そう囁くように語りかけながらゆっくりとビクトールの首筋に両手を伸ばし、己の顔を近づけていく。徐々に距離を詰めながら嫣然と微笑みかければ、ビクトールの瞳はこの先の行為に期待して輝きを増した。
 そんなビクトールの瞳を見つめながらほんの少し目を細めて笑ったフリックは、ゆっくりと瞼を閉じていった。フリックの動きに誘われるようにビクトールの瞳も閉じたことを気配で確認しながら、フリックは自分の体内に意識を向ける。
 いつも以上に大きな力を発するために。
 そして、たまった力を一気に解放した。
「・・・・・・・・・・・・・・っ!!!!!!!!!!」
 声にならない声を発して、ビクトールの瞳がこれ以上内くらい大きく見開かれた。
 身体は痙攣するように大きく跳ね、その動きでビクトールの首筋に当てられたフリックの両手が離れる。そして、支えを失ったビクトールの身体は大きく傾げ、重力に従って大きな音をたてながら床の上に転がった。
 その一連の動きを冷ややかな眼差しで見つめていたフリックは、身体の内側から煙を発しているビクトールの身体をブーツの先で突いてみた。その生存を確認するために。
「・・・・・・・・・・さすがに死んだか?」
 何の反応も返してこない男の様子に呟きを漏らしながら傍らにしゃがみ込み、その口元に手を伸ばしてみたら、まだ微かに呼吸しているのを感じた。
「・・・・・・・・さすがにしぶといな。いつもより手加減の度合いを少なくしてみたんだが・・・・・・・・」
 もしかしたらまだまだ強度を上げても大丈夫かも知れない。身体伝いに直接電流を流してもまだ息があるのだから。
 そんなフリックの内心を読んだのか。部屋の隅から突っ込みが入った。
「・・・・・・実験するのは良いが、死なん程度にしろ。そやつに死なれたら、我が困る。」
「分かってるよ。ちゃんと手加減してある。俺も今更自分の手でこいつを殺したいとは思わないし。」
 声の主が誰なのか分かっているので視線一つ向けずにそう返せば、驚いた声音で問い返された。
「そうなのか?」
「ああ。殺し合うよりも一緒に居た方が飽きない気がするからな、こいつは。」
 サラリとそう返したフリックは、ビクトールに向けていた瞳を壁に立てかけてある剣へと、移した。そしてゆっくりとソレに向って足を伸ばす。
「・・・・・・・言って置くが、コレはオフレコだからな。こいつに言ったらつけ上がるだけだろうから。」
 剣の傍らで足を止め、その場にしゃがみ込んだフリックは、柄に埋まる顔を覗き込むように軽く首を傾げながら語りかける。ビクトールが見たら鼻血を吹き出す勢いで喜ぶであろう、可愛らしい仕草で。
 そんなフリックに、剣は笑いを含んだ声で返してきた。
「黙っていたら、我に何か得な事でもあるのか?」
「あるぜ?黙っててくれるって言うなら、馬鹿の相手をしなくて済んだこの時間をお前の為に割いてやるよ。」
「・・・・・・・・・それは良い条件だな。」
「だろ?商談は成立か?」
「うむ。心を込めて手入れするがいい。」
「了解。」
 苦笑を浮かべながら軽く頷いたフリックは、剣を手に取り、柄に埋まった顔をその顔を己の目線にあわせてから軽く、その口元に口付けた。
「・・・・・・・・・・・・おい。」
「クリスマスだからな。特別サービスだ。」
 クククっと喉で笑うフリックに、剣は深々と溜息を吐き出した。そして、問いかける。
「ビクトールへのプレゼントはなんだったんだ?」
「うん?・・・・・・・・・翌日も立たない足腰。」
 キッパリと言いきり、満足そうに微笑む。
「ビクトールが欲しがってたものだろう?」










 翌日。ビクトールの姿は一日中どこにも現れなかった。

























ビクトールのクリスマス解釈がおかしいのは伝言ゲームめいた話の聞き方をしたためという事で。
そもそもこの世界にあるのか怪しいものですから。


















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クリスマスプレゼント