「ねぇ、フリック。フリックは、私が死んだら泣いてくれる?」
 解放軍のアジトである地下道にある一室で、軍の今後の活動について話をしている最中に、オデッサがいきなりそんな事を言い出した。
 言われたフリックは、ただただ目を丸くする。彼女の質問の意図が分からなかったのだ。
「・・・・・・・・なんだ?いきなり。」
「良いから、教えてよ!急に気になったんだもの!」
 そう言いながら、オデッサはテーブルの上へと身を乗り出してきた。
 その瞳は、何やら妙に輝いている。一体何を期待しているのだろうか。
 呆れを含んだ瞳でしばしオデッサの顔を眺めていたフリックだったが、答えを聞くまでは一歩も引かないといった彼女の態度に、苦笑を浮かべながら口を開く。
「まぁ、恋人が死んだんなら、普通は泣くだろうな。」
 その言葉を聞いた途端、オデッサはムッと頬を膨らませた。そして、こう言い返してくる。
「真面目に答えてよ。私の『恋人』じゃない『貴方』がどう思うのかが知りたいのよ、私。」
「『青雷』じゃなくてか?」
「そう。『フリック』の気持ち。」
 ニコリと笑い返してきたオデッサは、その微笑みを浮かべたまま、答えを問うように小さく首を傾げてみせる。
 誘っているようにも甘えている様にも見えるその仕草に、自然と笑みが沸き上がってきた。こういう彼女のお強請りの仕草は、二人きりでいるときには良く見かけるものだ。
 他のメンバーには見せない、自分の前でだけ見せる仕草。
 それだけ彼女が自分に心を許しているという事なのだろう。愛情よりも、共犯者めいた思いの方が強いとは思うが、その思いが強いからこそ、フリックもまた、彼女には己の姿を偽らずに見せているのだと思う。
 だから今回も、偽りの無い言葉を彼女に返した。
「だったら、泣かないだろうな。」
 あっさりとそう告げると、オデッサはふて腐れたように頬を膨らませた。
 その顔は、解放軍を率いているリーダーとは思えない程あどけない。
 幼い少女のように頬を膨らませたオデッサが、恨みがましい瞳でフリックの顔を見つめてくる。
「随分薄情なのね。」
「俺に情を期待する方が間違っているのさ。そんなものは、生憎持ち合わせていないからな。」
「あら、そんな事無いと思うわよ?そりゃあ、人よりもかなり歪んでいるかも知れないけど、私の事を思っていてくれてる事は、良くわかるもの。」
 自信満々に告げられた言葉に、フリックはその青い瞳をすっと細めて見せた。
「強気だな。その根拠は?」
「女のカ・ン!」
「・・・・・・・・そりゃぁまた、随分と当てになる根拠だな。」
「でしょ?私のカンは、良く当たるのよ。何しろ、あなたを捕まえたんだから。」
 フフフと笑みを零すオデッサの様子に、フリックも苦笑を返した。そして、己の心にそっと問いかける。
 確かに、オデッサは今まで出会ったどんな人間よりも特別な位置にいる。
 何がどう他の人間と違うのかは、フリック自身にも良く分らない。強いて言えば、彼女は自分の感に障らないからだろうか。
 自分の要求を押しつけてくるけれど、フリックの意に添わない事は言ってこない。
 そういった事が作戦上どうしても必要になったときには、必ず相談を持ちかけてくる。それ程長い付き合いでもないのに、彼女はフリックの人となりをそれなりに理解しているのだろう。
 この整った容姿を気に入ってはいるだろうが、それだけに価値をおいているわけではない。ソレよりも、この歪んだ中身の方が気に入っているらしいところに、好感を持てた。
 誰かに対して好感を持つと言う事自体、フリックには希な事だ。他人に心を動かす事など無いに等しいのだから。それは、愛情だろうと憎しみだろうと関係なく。そんな感情を抱ける程、人とつき合う気にはなれないから。
 そう思っていたのに、今は彼女の傍らにいる。そんな自分にほんの少しだけ戸惑いを感じつつも、彼女が望むままにこの場に居続けている。
 その気持ちが愛情なのだと言うのなら、そうなのかも知れない。そんな感情の出所を気にした事が無いから、いまいち判別が付かないが。
 とは言え、やっぱり彼女の死を知っても泣きはしないだろう。泣いた記憶など無いくらいに、そんな行為をした覚えはないのだから。
「・・・・・・・・まぁ、泣きはしなくても、残念には思うかもな。オデッサ程つき合ってて楽しい人間に会った事は無いから。」
 そう返したが、その言葉もオデッサのお気には召さなかったらしい。彼女は、再び頬を膨らませてしまった。
「・・・・・・・・・・私って、あなたにとってその程度の人間だったの?」
「その程度って言うけどな。俺にとっては結構でかい事だぞ?」
「そうかしら。私には全然そうは思えないけど。」
 拗ねたようにフイッと横を向くオデッサに、フリックはクスリと小さく笑いを零す。
 本気で拗ねているわけではない。ただ、じゃれつかれているだけだろう。この解放軍で、彼女が気を抜いて話を出来る相手はそういないから。その中でも、自分はさらに気を張る必要が無いから、時々こういう態度に出るのだ。彼女は。
 だからこそ、返すフリックの言葉も軽いものになる。
「それは残念だな。俺の気持ちが伝わらないなんて。」
「ええ。全然伝わってこないわ。・・・・・・・・恋人同士で気持ちが伝わらないって事は、きっと、交流が足りないのね。」
 そう言いながら大きく頷いたオデッサは、にっこりと、何かを企むような笑みを浮かべて見せた。
「だったら、気持ちがちゃんと伝わるように、交流しましょうか。」
 そう言うが早いか、オデッサはいきなりテーブルの上に乗り上げて来た。そして、彼女の突然の行動に驚き、目を見張っているフリックの首筋に手を伸ばすと、力いっぱい引き寄せ、フリックの唇に己の唇を押し当ててくる。
 いきなりの展開に一瞬瞳を見開いたフリックだったが、すぐにその瞳に面白がるような光を宿した。
「・・・・・・そうだな。恋人同士なんだし、交流しないとな・・・・・・・」
 繰り返される口づけのい合間にそうささやきかければ、オデッサは嬉しそうに微笑み返してくる。
 その笑みに答えるように、ゆっくりと彼女の長い髪の中に己を指先を差し入れ、その形の良い頭に手の平を添えた。
 そして、グイッとその頭を引き寄せるように力を込めれば、オデッサは素直にその身を倒してくる。
 彼女の頭に手を添えたままイスに座っていた己の身体を立ち上がらせ、テーブルの上に座り込んでいたオデッサの腰に片腕をまわし、彼女の身体を己の胸へと引き寄せる。
 余すことなく互いの身体を密着させ、その体温を感じ取りながら、今度はフリックから口づけを与えた。
 優しく、労るような口づけを。
 オデッサの腕が、その口づけに答えるようにフリックの首に回される。
 その動きに誘われるように、口づけが深くなっていった。
「オデッサさん!新しい情報が・・・・・・・・・・・・・・っ!」
 何の前触れも無く開いたドアの向こうから、聞き慣れた青年の声が聞えてきた。
「わわわっ!すっ・・・・すいませんっ!」
 と、思ったら、慌てたようにドアがしまり、ばたばたと騒々しい足音を立てて男の気配が遠ざかる。
 その足音が聞えなくなってから、抱き合ったままドアを見つめていたオデッサが、ボソリと、呟きを漏らしてきた。
「・・・・・・・・・交流、出来ないわね。ここじゃ。」
「・・・・・・・・・そうだな・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・どこか、探しましょうか。隠れ家とか。」
 悪戯を思いついた子供のような顔でそう告げてきたオデッサに、フリックはにやりと、笑いかけた。
「そうだな。二人だけの、秘密の場所を作っておくか。」
「秘密の場所・・・・・・・。素敵ね。なんかこう、淫靡な響きがあって。」
「・・・・・・・・・・・・・淫靡・・・・・・・・・・・?」
 その言葉はどうだろうかと首を捻ったが、オデッサはその問いかけに大きく頷き返してきた。
「ええ。淫靡。・・・・・・・・・なんか、楽しくなってきたわね。」
 ニコニコと屈託のない笑みを浮かべつつ、再度抱きついてくるオデッサの身体を受け止めながら、フリックはその背を軽く叩いてやる。
「・・・・・・・・・・それは良かった。」
 色々言いたい事はあるが、彼女が満足しているのなら別に蒸し返して意見を発する事も無いだろう。そう思って、甘えるように身をすり寄せてくるオデッサの背中を優しく、労る様に撫でてやる。
 しばらくその体勢から動こうとしなかったオデッサだったが、フリックの胸に埋めていた顔を僅かに動かし、見上げるようにフリックの顔を覗き込んできた。そして、小さく名を呼ぶ。
「フリック。」
「なんだ?」
「ありがとう。」
 綺麗な微笑みに添えられた言葉は、何か一つの事を指して言われたものではないだろう。
 今、この場に共にいる事に。
 彼女の我が儘を聞いてやる事に。
 『青雷』として振る舞う事に。
 様々な事に向けられた言葉だ。
 時々彼女は、そんな事を口にする。そんな時は大抵、解放軍を引っ張っていく事にホンノ少し、弱気になっているときだ。そうわかっているからこそ、フリックは彼女の身体を優しく抱きしめてやる。
 言葉もなく、ただ己の温もりを伝えるように。彼女を支えている人間が居るのだと、教えてやるように。
 優しくしてやろうと思うのは、彼女に愛情が向いているからなのだろうかと頭の隅で考えながら、フリックは彼女の気が済むまで、その細い身体を抱きしめ続けた。
























ちょっと大人の関係で。






















                       プラウザのバックでお戻り下さい。






















愛と情