何をするでもくダラダラとベットの上で寝転がっていたが、どうにもこうにも我慢出来なくなって、自然と口から言葉がついて出た。
「・・・・・・・・・・暑い。」
「言うな。余計に暑くなる。」
 その言葉に速攻で突っ込みを入れてきた男の顔を見上げたビクトールは、言葉程暑そうにしていない相棒へと、声をかけた。
「全然そうは見えないぜ?」
「当たり前だ。そんな気持ちになったら、余計に暑くなるだろうが。」
 そこで一旦言葉を止めたフリックは、手にしていた本から視線を上げ、ビクトールの事を睨み付けてきた。
「お前も、そのふざけた態度をどうにかしろ。見ているこっちが暑くなる。そんなに暑いなら、湖に行って水浴びでもなんでもして来やがれ。この熊野郎。」
 随分な言い草なのは、暑さで気が立っているからだろうか。それとも、本気で自分の事を熊だと思っているのだろうか。判断に悩む所だが、暑すぎて物事を深く考える気にもなれない。
 なれないから、取りあえず笑って返す事にした。
「だったら、一緒に行こうぜ?湖で、心おきなく戯れよう!」
「断る。」
 ゆっくりとベットの上に寝転がらせていた身体を持ち上げ、両腕を広げて誘った言葉にも、最愛の相棒は速攻で断りの言葉を叩き付けてくる。
 フリックが自分に対して冷たい態度を取るのは良くある事だ。二人きりでいるときにはとくに。だから、彼のそんな反応には慣れている。慣れているが、やはりつれない態度には寂しくなるモノだ。
 ビクトールは、不服そうに頬を膨らませながらフリックの顔を睨み付けた。
「なんでだ?・・・・・・・もしかして、泳げないのか?」
「失礼な事を言うな。それくらい出来る。」
「じゃあ、なんだ?もしかして、身体に自信が無いのか?」
 軽い冗談のつもりで口に出した言葉だったのだが、言った後で自分の言葉に納得した。
 それが正解なのでは無いだろうかと。
「そうだよなぁ。このステキな肉体を持つ俺様と一緒にパンツ一丁になろうもんなら、お前の貧弱な身体がより一層貧弱に見えるもんなぁ。」
「・・・・・・・・なんだと、てめぇ。もう一度言ってみろ。」
 うんうんと、自分の言葉に頷いていたら、フリックが椅子から立ち上がった。
 何やら目が据わっている。いつもだったら、そう気が付いた時点で言葉を取り下げるなり誤魔化すなりしている所だが、暑さで沸いた頭は判断力を鈍らせていて、そんな事を考えもしなかった。
 だから、言葉を続けてしまう。
「おお。何度でも言ってやるよ。フリックさんは、筋肉が無くてヒョロヒョロだから、女の一人も押し倒せねーんだよなぁ〜〜〜」
「・・・・・・・てめーの目はどこについていやがるんだ。この身体のどこが、貧弱だっ!!」
 言うなり、フリックがガバリと服を脱ぎ捨ててきた。元々薄手のシャツを一枚羽織っていただけだから、その動きは素早い。
 言葉の後、数秒でビクトールの目の前に晒された肉体は、ビクトールのモノよりも一回りも二回りも細かったが、その全身には無駄の無い筋肉が覆っていた。
 胸にも、腹にも、背中にも。勿論腕にも余分な肉は少しもない。細いけれど、バネの利いていそうな締まった肉体だ。
 そして、その白い肌にはジンワリと汗が浮かび上がっている。その肌を視界に入れた途端、その手触りを思い出し、ビクトールの鼓動が早くなる。
 それを誤魔化すように、あえてビクトールはその身体をけなし続ける。
「・・・・・・・・・・俺と比べりゃ、貧弱じゃねーか。」
「筋肉ダルマと比べるな。この身体で、何人の男と女が鳴いたと思ってるんだ?」
 露わになった肉体を見せつけるようにしながらそう言って来るフリックの言葉に、女はともかく男は何人なんだ、と問いかけたくなったビクトールだったが、此処はグッと堪える。
 今はそんな問答をしている場合ではないと、そう思って。
 馬鹿にしたように鼻で笑うフリックの姿に、ビクトールは身の内に迸る情欲を抑える事が出来なくなってきたのだ。
 一刻も早く、その身体に触れたかった。だから、過去の相手の事よりも、これからの二人の関係の方へと意識が回る。
「・・・・・・・・鳴かされてみてぇなぁ。その身体によぉ・・・・・・」
 熱の孕んだ声でそう呟く。一応、今の時間帯を気にして直接的な誘いの言葉は控えて。
 しかし、フリックにはそれでビクトールの言いたい事が通じたのだろう。彼は、ニヤリと笑い返してきた。
「ああ。良いぜ。たっぷりと鳴かせてやるぜ。」
 軽く応じてくるフリックの言葉に、ビクトールの顔にも笑みが広がる。まだ太陽が多感時間帯に誘って、これ程あっさり応じて貰える事は滅多にないから。
 その滅多に無い事に、いつもだったら何か裏があるのでは無いかと次の動きを慎重にするだが、今は脳みそが沸いているので、フリックの言動を訝しく思う事すら出来なかった。
 だから、ビクトールは遠慮無くフリックの身体をベットの上に押し倒そうとしたのだ。
 しかし、気が付くと自分がベットの上に押し倒されていた。
 押し倒すどころか、フリックは完全に自分の身体の上に馬乗りになっている。
「・・・・・・・・・フリック?」
 状況が分からず、自分の事を見下ろしている青い双眸を見つめながら問い返すと、彼はクククっと、喉の奥で楽しげな笑い声を立て始めた。
「・・・・・・鳴かされたいんだろ?」
「いや、でも、ちょっと体勢が・・・・・・・・・・」
「たまには逆も良いだろう?安心しろ。初めてでも鳴けるように抱いてやるよ。」
 肉食獣が捉えた獲物を食す寸前のような顔でそう告げてくるフリックの言葉に、ビクトールは己の全身から血の気が引いていった事に気が付いた。
 気が付いたが、失せた血を引き戻す事は今の状況では難しい。
「ちょ・・・・・ちょっと待てっ!俺は、いつもので良いぞっ!十分過ぎる位だぞっ!!」
「遠慮するな。ちゃーんと、新境地を開いてやるから。」
「遠慮じゃねーって!待てっ!バカっ!」
 その細い身体のどこにそれだけの力があるのだろうか。暴れるビクトールの身体を易々と押さえ込んだフリックは、あっという間にビクトールの上着を剥ぎ取り、浮き出した胸筋を撫で上げながら、口づけをしようとその端整な顔を近づけてくる。
 その口づけからは逃げたくないのに、今現在自分が置かれている状況から判断すると、今すぐにでもこの場から逃げ出したいと思う。しかし、ガッチリと拘束してくる腕から逃れる事は出来そうにない。
 どうやったらこの状況から脱出出来るのだろうか。沸いて思考力の低下している脳みそは、焦りも加わってろくなアイデアを浮かべてこない。
 どうしようかと、そんな意味の無い言葉が脳内で渦巻いていた時、いきなり間の抜けた声がかけられた。
「・・・・・・おや、まぁ・・・・・・・」
 その声に、助けを求めるように慌てて視線を向けると、そこには常に柔和な笑みを浮かべている男とは思えぬ程目を丸くし、ポカンと口を開いたままの状態で固まっている男の姿があった。
 その男が、ビクトールの懇願するような視線に気付いた様子もなく、呆然としたような口調でこう呟いてきた。
「・・・・これは、意外でしたね。ビクトール殿の方が受け手でしたか。いやはや。これはビックリです・・・・・・」
「い、いやっ!これは・・・・・・・・っ!」
「邪魔をするなよ。カミュー。今から、思う存分こいつを鳴かせてやる所なんだから。」
 慌てるビクトールの事など眼中に入れずに、フリックがそんな事をほざきだした。
「おいッ!フリックっ!お前も・・・・・・・・・・」
「そうしたいのは山々なのですが、シュウ殿がフリック殿を呼んでいらっしゃるんですよ。」
 その顔は作っているだろうと、思わず突っ込みを入れたくなる位にあからさまに申し訳なさそうな表情を浮かべてくるカミューの言葉に、言われたフリックの眉間に深い皺が刻まれた。
「・・・・・・・今すぐか?」
「ええ。急ぎだそうです。」
 軽く頷いたカミューの言葉に、フリックは盛大な溜息を一つ付いた。そして、心底イヤそうに顔を歪めながら、ビクトールの上からゆっくりと起きあがる。
「・・・・・・・・ったく。あいつは。人を良いように使いやがって。」
「フリック殿が優秀なのがいけないのですよ。」
「言ってろよ。」
 決して世辞だけでは無いだろう言葉だったが、それでもフリックは軽く流した。別に、自分の力など誰にも認めて貰いたくないのだと、そう言う様に。
 そして、未だに呆然としているビクトールの方へと、視線を向けてくる。
「帰って来たら、思う存分鳴かせてやるからな。大人しく待っていろよ。」
 獲物を見据えた獣のような瞳でそう告げてきたフリックが、ニヤリと口元を引き上げて見せた。
 その笑みに、ビクトールの全身からこれ以上ないくらいに血の気が落ちる。これ程焦った事は、恐いと思った事は無いと思うくらいに、その反応は急激だった。
 日に焼けて黒くなった顔色でも分かる程頬を青くさせる。
 その反応をしっかりと視界に収めてから、フリックはカミューと楽しげに何かを語り合いながら部屋から出て行ってしまった。
 彼等の気配が感じられなくなった途端。ビクトールの全身からイヤな汗があふれ出した。
「マ・・・・・マジに犯されるかと思った・・・・・・・・」
 そう呟いてから、思い直す。
 いや、あれは冗談なんかではない。彼は本気だった。間違いなく。
 カミューがあのタイミングで部屋に訪れていなければ、きっと自分は彼に犯されていた事だろう。
「・・・・・・・怖ぇーヤツ・・・・・・・・」
 また新たに相棒の恐ろしさを知ってしまった。
 あれだけ暑いと思っていたのに、今は逆に寒気すら感じる。
「・・・・・・・アイツの前で、もう二度と暑いなんて言葉は言わないで置こう。
 取りあえず、そう決意したビクトールだった。





















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暑い日