「デートしよう!」
 そう言ってサナの家に飛び込んで来たのは、彼女の恋人であり、炎の英雄として皆から慕われ始めたシオンだった。
 しかし、その様相はいつもと掛け離れていて、サナの瞳は自然と困惑と蔑みの色を込めて細められた。
「・・・・・・・・何?その恰好」
「何って、変装だよ。似合って無い?」
「ええ。少しも。」
 力いっぱい肯定してやると、途端にシオンの顔に影がさし、傷ついた瞳でサナの顔を覗き込んで来る。
「酷い・・・・・・・・・・・サナのために一生懸命変装したのに・・・・・・・・・・」
「そんな事頼んだ覚えはないわ。 それは、ゲドの服?」
「あ、うん。借りた。」
 サナの問いに、シオンは彼には少し大きめな真っ黒い服の端を持ち上げながら頷いた。そしてすぐに拗ねた様に頬を膨らませ、サナを軽く睨みつけてくる。
「忘れたのか、サナ。お前が言ったんだよ?俺と一緒に歩いてたら注目浴び過ぎて嫌だ。二人で静かに時を過ごしたいって。だから俺は、ワイアットに相談して・・・・・・・」
 必死になって語りかけてくるシオンの言葉に、自然と笑みがこぼれ落ちた。
 自分の事を、彼は心から愛してくれている。
 それは前から解っていた。分かっていたことではあるが、早々暇な時間も無いだろうに自分のために必死に考え、行動してくれた彼に、サナの彼への愛もさらに深まって行く。
「・・・・・・・なに笑ってるんだよ」
 零れた微笑を見咎め、眉間に皺を寄せるシオンに、サナは意地悪く微笑みかけた。そして、ゆっくりと口を開く。
「私、そんな事言ったかしら?」
 と。
 その言葉を発した記憶はあるのに、あえてそう問いかけた。
 皆に崇められ、先陣を切って戦いに挑む彼の姿を見ていたく無くて、珍しく言葉に出した我が儘。
 英雄だから好きになったわけではない。愛した人が、英雄になってしまっただけの事。
 サナは、シオンという一人の男を好きになったのだ。
 「炎の英雄シオン」ではなく、ただの「シオン」の事が。
 しかし、周りはそう見てくれない。皆口を揃えて「英雄の恋人」とサナを呼ぶ。それが、気に入らなかった。「サナ」という一人の人間ではなく、「英雄の恋人」としてしか認識されていないことに。
 少し拗ねていただけの事。なんだかんだ言いつつも、自分と彼との間に距離を感じてしまって。だから、すぐに忘れたのだ。自分が発した言葉のことを。
 その、サナ自信が自分の言葉を忘れかけていた言葉に、恋人は誠実に答えてくれた。その事が嬉しくてたまらない。
「言った!俺は、サナの言葉を忘れたりしないよ」
 自信満々に胸を張るシオンの姿に、愛しさが込み上げる
 あまりに似合わないその姿は気に入らないが、それも自分のためにしたことだと思えば許せるというものだ。
 だから、小さく頷き返す。
「・・・・・・・・・・良いわよ。デートしましょうか」
「ほんと?じゃあ、サナもこれに着替えてよ」
 そう言って差し出された紙袋に、サナは訝しげな視線を向けた。
「私も?」
「うん。サナも顔が売れてるから、変装しないとばれるって、ワイアット言ってたんだ」
 確かに、それは一理ある。ワイアットの助言と言うのが引っ掛かるが、ここはシオンの顔を立てて従っておこう。
「分かったわ」
 心を決め、差し出された袋を受け取ったサナは、一応中身を確認するために中を覗き込んだ。なんだか、容量が少ない気がしたのだ。
 嫌な予感を覚えつつ袋の中を覗き込んでいたサナに、シオンは嬉しげに声をかけてくる。
「ほら、早く着替えてよ。日が沈んじゃうだろ。デートをする時間がなくなっちゃうよ」
 嬉々として行動を促してくるシオンに、渡された紙袋の中身を確認したサナは、険のある視線を向けてやる。
「・・・・・・・・な・・・・・・・・・なに?何か問題でもあったの?」
 サナの視線の意味が分からないらしいシオンは、殺気のこもった視線にたじろぎつつも何事かと尋ねてくる。
 本当に分かっていないのか、演技なのか。なんだかんだ言いながら狡猾な所のあるシオンだけに判断が難しい。難しいから、取りあえず演技をしているのだと仮定してサナはシオンに言葉をかけた。
「・・・・・・・・あなたがこんな物を持ってくるとは、思わなかったわ」
「え?」
 小首を傾げて言葉の補足を求めてくるシオンに向かってニコリと微笑んだサナは、袋の中身に手を伸ばすとそれをシオンの目の前で広げて見せた。
「げっ!」
 サナは、中身の全貌を見た途端シオンの口から漏れた驚きの声に、彼が中身を知らなかったこと察した。多分、ワイアットが面白がって持たせたのだろう。
 コレがシオンの趣味では無かったことにホッと胸を撫で下ろす。とは言え、自分の彼女に着せようと言う物を確認もしないで手渡すとは、笑止千万。少し懲らしめてやらねばなるまい。
「・・・・・・・・あなたも、しょせんは男の子だったって事よね」
「いやっ!違うんだ、これは、ワイアットがっ!」
 必死に言い訳しようとするシオンに、サナはもう一度ニッコリと笑いかけた。
 許して貰えたのかとシオンが気を抜きかけた瞬間、サナの瞳には氷河のごとく冷たい光が宿った。
 そして、一言だけ口にする。
「・・・・・・・・・・最低。」
 地を這うような低い声でボソリと告げると、シオンの顔から一気に血の気が引いていった。そんな彼の反応に少し可哀想かと思ったが、たまにはこういうのも良いだろうと、サナはこれ以上の会話を拒むようにシオンに背中を向けた。
「サ・・・・・・・・・・サナっ!」
 慌てて後を追おうとしたシオンの行動を冷たい眼差しで止めたサナは、青ざめたシオンを置き去りにしてさっさと自室へと引き返す。
 閉じたドアの隙間から残されたシオンの様子を窺ってみると、しばらく呆然としていた彼は、はたと正気を取り戻し、握りしめた拳をブルブルと振るわせながらサナの家から飛び出していった。
「・・・・・・・・・・・ワイアットのところに行ったのかしら。」
 玄関の扉が閉じる音を聞きながら自室から出たサナは、そう呟きながら手に持ったままだった服に視線を向ける。
 薄い布地で作られたその服は、スカートの丈がやたらと短く、胸元の開き具合が大きい、サナがこの先一生着ないと思われるデザインの物だ。チシャの村でこんな物が売っているわけもないから、多分ゼクセンで買ってきた物なのだろう。わざわざ。
「ご苦労な事ね」
 これを買いに行ったのであろう男の顔を思い出しながらボソリと呟く。
 確かに、いつも僅かな肌も露出しない服を纏ったサナがこれを着ていたら、皆すぐには気づかないだろう。変装としては、良い衣服なのかもしれない。
「でも、こんなの着たくないわ。例え、シオンが望んでいてもね」
 そう呟いたサナは、手にしていた服を丁寧に畳み、入っていた袋の中へとしまい込んだ。
「さてと、じゃあ、私は夕食の準備でもしようかしら」
 多分、シオンはワイアットを連れてくるだろうから、彼の分も。もしかしたら、ゲドも連れてくるかもしれない。
「馬鹿な事をしたけど・・・・・・・・・・・・・彼の気遣いには、答えてあげないとね」
 デートの誘いのお礼に今日は腕を振るおうかと、サナは気合いを入れて台所へと足を向けた。
 その顔に、幸せそうな笑みが刻み込みながら。
































サイト開設前に書いた文章を修正。
当時は何を考えていた物やら・・・・・・・・・・












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貴方が何者であろうとも