フリースローを放つ前
ゆっくりと、瞼を閉じる
敵のヤジを
味方からの声援を
全ての雑音を、閉め出すために

閉じた瞼の奥で、思い浮かべるのは綺麗な弧を描く、ボール
そのボールが放たれた方向にあるのは、骨張った細い指
しなやかな細い腕
意志の強そうな瞳
教科書に載りそうな程、綺麗な、理想的なフォーム

ネットを揺らす軽やかな音と共に、引き結ばれていた唇は緩やかな弧を描き、
真っ直ぐにボールを見つめていた瞳は、勝ち誇った笑みを浮かべる

その笑みを脳裏に映し出したところで、ゆっくりと瞼を持ち上げる
視界に入るのは、数メートル離れた位置にあるゴールポストだけだ
他のモノは、一切視界に入らない
どれだけ騒がれても、なんの音も聞こえない

ゆっくりと、ボールを持ち上げる
自分の頭よりも、高い位置まで
神への供物を、掲げ持つように

その瞬間、自分の身体が『彼』の姿とシンクロする
自分のものよりも
他の誰の物よりも見慣れた、綺麗な、お手本のようなフォームと
意識しなくても自然に、重なり合う

遠くにあった『彼』の気配が、近くなる
これ以上ない程、近くに


軽い音を立てて指先から放たれたボールが、ゆっくりと弧を描いていく
スローモーションの様にゆっくりと
緩やかに回転しながら


入った


ボールが弧を描いている間にそう確信し、
上げたままの右手で思わず拳を作りそうになるのを、グッと堪える
それは、『彼』の仕草だから
『自分』の喜び方は、そうではない

拳を握る代わりにゴールの下へと、視線を向ける
いつもどおりに、『彼』はそこにいた
そして、自分と目があった瞬間ニヤリと、勝ち気な笑みを見せてくる
このゴールを決めたのは自分だと、言いたげな笑みを
自分が居なかったらこのゴールを外していただろうと言いたげな、笑みを

生意気だと、思う
『彼』の姿が高校生の時のままだから、余計に

だけど、その笑みを、何よりも嬉しい讃辞だと思う
この後沸き上がるだろう、大歓声よりも
試合の後に眩しいくらいに焚かれる、カメラのフラッシュよりも

その讃辞を得るために、ボールを放る
小憎たらしい
それでも、身が震える程に愛おしい
彼の笑顔を、得るために