包丁が軽やかにまな板を叩く音
鍋の中身がグツグツと煮える音
フライパンの上で肉が焼ける音


キッチンの中には、朝から賑やかな音が鳴り響いている
その音をたてている男は休み無く、忙しなく立ち働いているのに、その顔には楽しげな笑みがきざまれている
それはいつものことだ
一日三度の食事と二回のおやつの分だけ、朝から晩までくり返されている
なにかの報酬があるわけでもないのに


感謝の言葉は返される
だが、挨拶変わりのようなその言葉には、おざなりに告げられることも多い
なのに彼は気にすることもなく
一人で作り上げるには多すぎるのではないかと思われる数の料理を、
誰が手を貸さずとも、文句を言わずに繰り返されている。

そんな彼の行動は、最初ものすごく奇怪なモノに見えた
何故好き好んで、毎日毎日人のために無償で働くのかと思って
自分が食事当番の時、彼のように毎日凝った料理を作る気になどなれなかったから、余計に


理由を尋ねようと思ったこともある
だが、結局聞くことはなかった
だから、勝手に理由を考え、納得していた
彼は人に使われないと生きている男なのだと
自分の足で立つ事が出来ない男なのだと
自分の夢を自分の力で掴み取ることも出来ないような男なのだと
だから、ルフィに付いてきたのだと

そう勝手に考え、バカにしていた

旅に出る前、ルフィがどんなに誘っても、
それまで居たレストランから出て行こうとしなかったという話を聞いていたから
あの強そうなオーナーの陰に隠れて生きていた様な奴なのだから、
その考えに間違いはないだろうと確信していたときもあった


だが、今はそんなことを思っていない

欠片程も

今は少しだけ
ほんの少しだけ、わかった気がするから
何故彼が、料理を作り続けるのか
無償の活動をし続けるのか


彼は本当に、料理を作るのが好きなのだ
純粋に、なんの含みもなく

自分が作ったモノを食べて貰える
たったそれだけのことで、彼は十分に気持ちを満たすことが出来るのだと

繰り返される感謝の言葉よりも、
自分の料理を口にして思わず浮かべられる仲間達の笑顔が嬉しいのだ


その笑顔を脳裏に描きながら、彼は毎日何度も包丁を握る
脳裏に描いたその笑顔を、もう一度見るために
自分の心を、仲間の腹を、満たすために
幸せそうな、楽しそうな笑みを浮かべながら
キッチンから賑やかな音と腹をくすぐる香りを溢れさせる


そんな彼の横顔を、日に一度は盗み見る
普段滅多に見られない、自分に向けられることは滅多にない、彼の穏やかな笑みを
そうすることで、胸の内が仄かに温かくなると、わかったから
何かが満たされていくと、感じるから


何が満たされるのか
何故満たされるのかは、わからない
だが、急いで理由を突き詰めようとは思わない
彼の心がわかるようになったのと同じように、
きっと、自分の心もわかるときが来る

そう、確信しているから


わかったときに、彼に告げると決意している
今まで仲間と同じように告げられていなかった言葉を
心の中で思っていても、口に出すことが出来ていなかった言葉を
自分だけに、あの自信と喜びに満ちあふれた笑顔を、向けて貰う為に


心の中で決意しながら、気付かれない程度に男の動きを見つめ続ける
多分、自分の気持ちがわかるのはそう遠くないことだと、確信しながら