「で? お前はゾロのどこに惚れたんだ?」
 慌ただしい夕食が終わり、大量に出た皿を手伝いを買って出てくれたウソップと共に洗っていた所、唐突にそんな質問を投げかけられた。
 思わず傍らに立つウソップの顔を見つめる。そして、大きな間を開けた後に、間の抜けた声を返した。
「はぁ?」
「だから、ゾロに惚れた理由。お前程の女好きがわざわざあんな男臭い奴に惚れたんだから、相当な理由があったんだろ?」
 教えろ教えろ、と肘で突かれムッと眉間に皺を寄せる。
「なんでお前にそんな事を教えねぇといけねぇんだよ」
「いけねぇ訳じゃねぇけどよ。気になんだろ」
「野郎の事なんか気にすんな。時間の無駄だ」
「良いだろぉ〜〜〜! 他の奴には絶対に話さねぇからよっ!」
「い・や・だ・ねっ!」
「ケチケチすんなよ、サンジ〜〜〜! 気になって夜も寝られねぇんだよおぉ〜〜!」
「じゃあ一生寝るんじゃねぇ」
 サクリと告げ、口を噤む。何をどういわれても言う気なんてサラサラ無いので。
 そんなサンジの気持ちを読み取ったのだろう。ウソップは深々と息を吐き出した後、ようやく口を噤んだ。
 いったいなんでそんな事を聞きたがったのだろうか。訳が分からない。聞いたところでウソップにはなんの得もないのに。
 首を傾げたところで、何か名案を思いついたと言わんばかりにポンと手を叩いたウソップが再度こちらに視線を向けてきた。
「んじゃあよ、教えてくれたらお前が居なかった間のゾロの話をしてやるよ! どんな奴とどんな風に戦ったのかとか。俺のこの目で見た真実を!」
「いらねぇよ」
 全く気にならないと言えば嘘だが、別にそこまでして知りたいとは思わない。と言うか、知りたければゾロに直接聞く。言葉が足りないし記憶力も妖しいゾロだから、満足のいく話は聞けないかも知れないが。
 脈が無い事に気付いたのだろう。ウソップは悔しげに顔を歪めた。だがここで諦めるつもりはないらしい。必死な表情で考え込んだウソップの頭に名案が浮かんだらしい。パッと顔を輝かせた。
「んじゃあ、ゾロの女関係の話を洗いざらい吐いてやる! どうだっ!」
「――――なに?」
 ピクリと、片眉が跳ね上がった。ソレは少々、聞き捨てならない言葉だったので。
 サンジの興味を引けた事が分かったのだろう。ウソップはしてやったりと言わんばかりの顔で言葉を続けてくる。
「お前が降りた後、結構な人数が船に乗り込んだって話は、前にした事があったよな? その中にはゾロについてきた女も結構居たんだよ。ゾロに惚れ込んでな」
 気になるだろうと、瞳で問われて返答に窮する。ソレは確かに、気になる。気になるし、ゾロに問いかけたところで答えてくれそうにない事だ。自分も話したくない事が多々あるから強引に聞き出す事も出来ない。
 しばし考えた。気になるだけと言うウソップの理由には、いまいち納得出来ないものがある。色々な事に気を回す男ではあるが、相談されても居ない他人の恋愛事情に首を突っ込む趣味は無いはずだから、余計に。だから、何か罠が張ってあるのではと勘ぐらざるをえない。
 ゾロへの気持ちに探られて痛い腹はない。まぁ、少々どころかかなり恥ずかしいモノがあるので、身内には言いたくないモノもあるが。その小さい恥をかいてゾロの過去の所行を知る事を選ぶべきか、選ばざるべきか。
 さて、どうしようかなぁと考えながら皿を洗い続けていたサンジは、ふとある事に気付いた。そして気付かれないようにほくそ笑み、ウソップの顔を見ないで言葉をかけた。
「――――絶対に、誰にもいわねぇか?」
「お? おう! 約束するぜ!」
「ゾロの女関係は、欠片の虚飾も無く話せよ?」
「おう。任せろ。俺が語る言葉はいつでも真実オンリーだぜ!」
「――――それが嘘だっつーの」
 胸を張って宣言するウソップは本気なのか冗談なのか。いまいち掴みきれないものがあったが、まあいい。サンジは深々と息を吐き出した後、口を開いた。
「どこに惚れたってー聞かれてもな。いまいちよくわかんねぇんだよ」
「――――は?」
 質問に対する答えを発すれば、ウソップはポカンと口を開けた。
 予想通りの反応だ。そんなウソップに苦笑を漏らしつつ、言葉を続ける。
「マジで。つきあい始めるっつーか、身体の関係持ち始めた切っ掛けは酔った勢いって奴でよ。なんでそんな事になったのかさっぱり記憶にねぇんだが。朝起きたらケツは痛いわ腰は痛いわ全身痛いわで、その上全裸のゾロが転がってて自分も全裸だろ? んで、どう考えたってやっちまった後だって分かる痕跡がそこかしこにある。何事だってビビッたぜ、あんときは」
「は、はぁ………」
「でもなんでか嫌だって思ってなかったみたいでよ。素面の時に誘われて、なんで俺を誘うのかねぇと思いながらもなんかうっかり誘いにのっちまったんだよな。滅茶苦茶気持ちいいんなら、わかんねぇでもないけど、痛いばっかだったのによ」
「――――そうか、痛いのか」
「痛いに決まってんだろ。んな事するように出来てねぇんだから、男の身体は。なのにアイツはろくに俺の身体を労んねぇし。力任せにガンガン突っ込んでくるだけのノーテク野郎だし。ほんと、なんでこんな男にケツ掘らせてんだろうなぁとか思ってる内に、気付いたらなんか気になる存在になってたって感じ? 肌を合わせると情が移るとか、そんな感じかねぇ」
「ほ、ほほう………じゃあ、別に、最初からゾロの事が好きだったわけじゃねぇって事か?」
「まぁ、そうだろうな」
 軽い口調で肯定とも否定とも取れる言葉を返しつつ手元の皿に視線を落とし、考える。
 そう答えはしたが、鷹の目との勝負を見たときから心が惹かれていたのは確かな事だ。彼の生き様に強い衝撃を受けた覚えはあるから。
 だが、ソレが恋愛感情にどう移行していったのかは分からない。
 仲間として信頼していた。いけ好かない奴だと思いつつも、傍らに居ると安心出来た。それと同じくらいむかつきもしたのだが。
 良いところは色々と上げられる。悪いところもあげられるが。だが、その良いところに惚れたのかと問われたら、そうだとは言えない。そんな部分的なモノに惚れた訳ではないので。
 好きなのは好きだ。こっぱずかしいから、ナミやロビンや子供に言うように「愛している」とは言えないけれども、そう思ってはいる。だがやはり、「どこ」と言う明確な理由は思い浮かばない。
 考えれば考える程分からない問題だ。なんで自分は、子供を産む程彼の事が好きになったのだろうか。これもグランドラインの不思議な力のなせる技、と言う事だろうか。
「ま、まぁっ! 理由なんてどうでも良いよな! 惚れあってる事さえわかってりゃぁよ!」
 サンジの言葉を受け、ウソップは焦ったようにそんな言葉を発してきた。
 まるでフォローするような言葉だ。だが、言ったあとで不安を覚えたらしい。ウソップは恐る恐ると言った様子で問いかけてくる。
「――――ゾロの事が好きなのは、確かなんだろ?」
「おう」
 その問いにはなんの気負いも無く頷き返す。その問いにまで答えを濁すのはさすがに可哀相かなと、思って。ナミやロビンに問われたら、「あんな男なんかよりも貴女を愛してますー!」くらいの返答はしただろうが、ウソップ相手にそんな事を言う気は更々無い事だし。
 そんなサンジの返答にホッと息を吐き出したウソップを見て、フッと口元を緩める。人が良いだけに、気苦労の多い奴だと、思って。
「まぁ、そんなわけだ。今度はお前が話す番だぜ? 長くなるようなら小分けにしてもかまわねぇから、サクサク話せ。大袈裟に話しやがったら蹴り殺すからな」
「お……おう………」
 肘で肩を小突きながらのサンジの言葉に、ウソップは顔を引きつらせながら頷いた。そしてチラリと、壁の方へと視線を流す。
「ウソップ?」
 何を見て居るんだと問えば、ウソップは誤魔化すように笑みを浮かべた。そして、態とらしい程大きな声で話し出す。
「ンじゃぁ、何から話すかなぁ〜〜。まぁ、時系列に反って話した方が良いか。まず最初に………」
 話し出して自分のペースを掴む事が出来たらしい。ウソップの口からはいつもより控えめな話が零れ始める。
 その話に真剣に耳を傾けている振りをしながら、フッと口端を引き上げた。先程ウソップが視線を流した壁の向こう側に、人が動く気配を感じて。ヨロヨロと、重い足取りで動き出す気配が。
「人に頼るからだ、アホ」
「あ? なんか言ったか?」
「いいや」
 口の中で呟いた言葉に反応するウソップに軽く首を振り、話の続きを促す。
 思っていたような言葉をえられなかったであろう男が、今夜どんな様子で言葉をかけてくるのか楽しみだと、内心でほくそ笑みながら。 
















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