【一緒に】
「一緒に行く」
「駄目だ」
「一緒に行く」
「駄目たっつってんだろうが」
「………一人で歩いたら、道わかんねー」
「地図書いてやる」
キッパリと言い切ったら、ギロリと凶悪な眼差しで睨み付けられた。その眼差しは、強面の不良達の間で高校時代の大半を過ごしてきた三井でも、ほんの少しだけぎくっとしてしまうほど凶悪だったが、だからと言ってその脅しに屈するわけにはいかないので、強気でにらみ返す。なんで朝っぱらからこんなに気合い入れてガンを飛ばさないといけないのだろうかと、思いながら。
平日の早朝である今現在、三井は自宅のリビングで部活の後輩+αな関係である流川と睨み合っていた。
一緒に登校する、しないで、争って。
こんなアホな問答を避けて―――と言うわけではないが、諸々な事情を考えて、翌日が平日の日には流川を自宅に誘わないようにしていたのだが、昨日は流川が部活の後に、
「今日は親が旅行に行ってて家に一人なんです」
なんて事を言ってきたために、うっかり、
「じゃあ、一緒に飯でも食ってくか」
と誘ってしまったのだ。
その言葉を口にしたのが運の尽きという奴で。
なんとなく三井の家に寄り、なんとなくキスをして、なんとなくその先の行為まで致してしまった。
いや、行為そのものは別に良い。周りの人間にひた隠しているとは言え、一応自分達は恋人同士と言って良い間柄なのだから。
しかし、前述の通りに周りには隠している。
そりゃあ、そうだろう。男同士のカップルを諸手をあげて祝福する奴はそういない。そんなのは腐った目を持つ女共だけだろう。確実に男には引かれる。
「てめーは趣味じゃねー」と、なんの誤魔化しもなく、本心から告げたとしても、「もしかしたら自分も襲われるかも!」等と言った妄想に取り憑かれるから。男と女だって誰でも良いから襲う訳ではないだろうと突っ込みたい所ではあるが、誰でも良いと言う男も確かにいるので説得力がない気がする。
それともう一つ。流川が全国区のスーパースターだという事がある。
うっかり誰かが流川の恋人が自分だと漏らしたならば、自分の元に寄せられるのは不幸の手紙やカミソリなどという、生やさしい嫌がらせでは済まない気がするのだ。もっと粘着質な、ソレこそ家族が揃ってノイローゼになりそうな嫌がらせをされそうな気がしてならない。全国各地から。
まぁ、三井の家族はそうそう家にいないので、自宅に変なモノを送られても大丈夫だとは思うのだが、対策は立てておくに越したことはない。
そんなわけで、三井は何がなんでも周りに自分達の関係をばらしたくなかった。
が、流川はそうではないらしい。能面のように動かぬ表情の下であれこれと妄想を思い描いているようだ。
例えば、試合中に3Pを決めた三井を抱きしめてねぎらいのキスをかましたいとか、勝利の瞬間に誰よりも先に三井を抱きしめて勝利を祝うディープキスをかましたいとか、部活の休憩中に汗に濡れた三井の頭を自分が拭いたいとか、なんとか。
とにかく、異様にスキンシップを取りたがる。つき合う前はそんなキャラだと思っていなかったのだが、隙を付いてはベタベタしてくるのだ。
まぁ、三井もスキンシップは嫌いではないので、キス以上の事を仕掛けてこないのならば部活中にベタベタしてくることは許せる。「妙な奴に好かれちまったぜ。これも俺の人望のなせる技だな。わはははは」とでも笑っておけば、根が単純な後輩達は納得するだろう。流川が能面のような無表情の下で喜びを満ちあふれさせていても、アホな部員達は気付きもしないだろから。多少からかわれるかも知れないが、そのからかいは甘んじて受けてやる。それも一つの流川への愛だと、三井は胸の内で呟いていた。
とは言え、さすがに平日のど真ん中に一緒に登校するのは不味かろう。一晩という長い時間、二人で何をやっていたのだと問われたら返す言葉がない。いや、適当に1On1をやっていたと言えばいいことかも知れないが、流川がぺろりと本当のことを喋りそうで怖いのだ。
そんなわけで、三井は強行に流川の意見を却下し続けていた。が、流川は一向に引く気配を見せない。もしかしたら彼の脳裏には、手を繋いで仲良く電車に乗り、手を繋いだまま校門をくぐる自分達の姿が描かれているのだろうか。
「………こえぇ………」
うっかりそんな想像をしてしまい、三井は顔を歪めてうめき声を漏らした。流川のことは嫌いではない。別にゲイでもなかった自分が男同士で身体の付き合いをする位なのだから、しかも、体格で負けているとはいえ二つも年下の高校一年生に組み敷かれる立場で良しとしているくらい名のだから、相当好きである自覚はある。好きではあるが、それは勘弁して貰いたい。そんなこと、身長180以上の男が二人でやることではない。いくら二人とも通常以上に見目が良いとは言え、それは視覚の暴力と言うものだ。自分だったら見たくない。
そんな事を考えながら、チラリと時計を見た。そろそろ出掛けないと不味い時間だ。
「………仕方ねぇ………」
卑怯な手は使いたくなかったが、コレしか手がないのならば、そうするしかない。
三井は肩からフッと力を抜き、ゆっくりと足を動かした。
「センパイ?」
そんな三井に、流川が訝しげに問いかけてくる。その問いに、フラリと手を振って見せる。
「ションベン」
短く告げ、トイレに入る。そして尻ポケットに入れた携帯を取りだし、目当ての人物へと電話をかけた。
「―――あぁ。俺。今すぐバイクで俺ン家来い。で、付いたらクラクション鳴らして玄関から見えない所に隠れてろ。俺が出てきたらすぐに出られるように、エンジンは切るんじゃねーぞっ! 良いなっ!」
相手の都合など無視して小声で捲し立て、一方的に通話を終わらせた三井は、一応誤魔化しの為に便器に水を流す。そして、再度リビングへと戻って流川と睨み合った。
「とにかく。俺はてめーとは行かねーぞ。おかしいだろうが。俺とお前が一緒に登校なんてよ」
「恋人なんだから、当たり前。安田先輩もしてた」
「あいつの恋人は女だから良いんだよっ!」
どうやらつい最近彼女が出来た安田の、彼女とのラブラブっぷりに触発されての発言だったらしい。人並みに隣の芝生が青く見えたと言うことか。
妙な刺激を流川に与えてくれた安田に、急激に憎しみを覚えた。この間祝福してやったばかりだが、思わず破局を望んでしまうくらいに。
「―――安田。今日の練習でしこたましごいてやるぜ………」
味方になろうと敵になろうと、集中攻撃を仕掛けてやる。と、少々どころかかなり大人げない事を考えた三井に、流川が感情の色が見えない平坦な声でキッパリと言い切ってきた。
「女も男も関係ねー。俺はセンパイが好きだから、いっぱい一緒に居たいっす」
だから一緒に登校するのだと宣言する力強い瞳に、三井の心臓は不覚にもドキリと鳴った。
その音に被さるように聞き慣れたクラクションの音が耳に届く。
三井はフッと視線を反らした。無茶苦茶タイミングが良い登場に笑いがこぼれ落ちそうになるのを必死で堪えながら。その笑いの意味を流川に勘違いさせるように。
「……ッたく。寒いこと言ってんじゃねーよ。馬鹿」
恥ずかしそうにそう呟いた三井は、ユラリと足を動かして流川の鞄を手に取った。そして、彼の胸にそれを投げつけ、ニヤリと笑いかける。
「行くぜ。もう出ねーと朝練に間にあわねー」
「センパイ」
流川の顔がパッと輝いた。と言っても、三井にしか分からない範囲でだが。
そんな流川に照れくさそうに。だが、内心では申し訳ないと謝りながら笑いかけた三井は、流川を促すように廊下に出て、玄関へと向かった。
靴を履いて流川が外に出るのを待ち、ドアに鍵をかける。そして、一歩先で自分を待っている流川を軽い足取りで追い抜き、門の外へと身を出した。
その途端にクルリと振り向き、流川の動きを封じるようにニッコリと笑いかける。
「じゃあ、遅れないように来いよっ!」
「―――え?」
キョトンと目を丸める流川を残して、三井は目標物に向かって走り出した。
「センパイっ!」
状況の不穏さに気付いた流川が焦ったように呼びかけてきたが無視して走り、止っていたバイクの後部座席に飛び乗った。そして、目の前の背中を力一杯叩く。
「出せっ! 徳男っ!」
「でも、みっちゃん………」
「出せってのっ!」
その強い言葉に、徳男はアクセルを踏み込んでバイクを飛び出させる。その衝撃を徳男の腹に腕を回すことでやり過ごした三井は、身体が安定してからチラリと背後を振り返ってみた。そして、長身の流川が小さくなっていく様をジッと見つめる。
「あ〜〜〜………学校で会った時が怖ぇな………」
小さくなっても怒りのオーラが見て取れるような流川の姿を見て、ボソリと呟いた。
でもまぁ、なんとかなるだろう。本人はそう思っていないようだが、桜木に負けず劣らず単純な奴だから。ちょっと甘い言葉を吐いてやれば気持ちを落ち着けるに違いない。
「取りあえず、キスでもして謝っとくかなぁ………」
そんなことを考えながら、三井は高速で動くバイクから早朝の街を眺め見た。
高校を卒業する間近になったら一度くらい、一緒に登校してやるかと、胸の内で呟きながら。
その時のことを考えたらほんの少しくすぐったいモノを感じて、三井はそっと口元に笑みを浮かべた。
【20090922再UP】