夜の甲板に寝転がり、ジッと空を見上げる。輝く満月の光を見つめるように。
そんなゾロの耳に、硬い革靴の音が届いた。
「見張りがこんな所で何やってんだ、コラっ!」
軽く凄みながら寝転がるゾロの頭を靴先で蹴ってくるサンジに、ゾロは眉間に深い皺を刻み込みながら言葉を返す。
「てめーが来んのを待ってただけだ。」
「あ?俺を?」
「ああ。夜食だって呼ばれる時間だからな。」
だから呼ばれる前に下りてきたのだと告げながら身体を起こしたゾロに、サンジはポカンと口を開けた。銜えていた煙草が落ちそうなくらい、大きく。
しばしのそのままの表情で固まっていたサンジだったが、気を取り直したらしい。小さく息を吐いた後、ニヤリと性質の悪い笑みを浮かべ直した。
「何だ、今日はエライ積極的だな。腹減ってんのか?」
「まぁな。」
軽く頷きながら差し出された盆を受け取った。そして、そこに乗っている握り飯にかぶりつく。
そんなゾロの言葉と行動にジンワリと瞳を細めて見せたサンジはその場にしゃがみ込み、盆の上に乗っていた二つのグラスの中に手にしていた酒瓶の中身を注ぎ入れた。そして、僅かに嬉しそうに口角を引き上げる。
「そっか。・・・・・・・・ソレで足りるか?足りねーなら、なんか作るぜ?」
「いや、大丈夫だ。」
答えながら注がれた酒を一気に体内に流し込む。
強めの酒の辛さが舌を焼き、喉を焼く。臓腑にもジンワリと熱が伝わった。その熱の心地良さにほくそ笑んでいたら、空いたグラスに直ぐさま新たな酒が注ぎ入れられた。
そんなサンジの行動に、ゾロは軽く目を瞠る。
「・・・・・んだ?今日はやけにサービス良いんじゃねーか?」
「あん?・・・・・・・・まぁ、たまにはな。」
ニッと笑ったサンジは、その場にペタリと尻を落として胡座をかいた。そして、盆に乗ったままのもう一つのグラスへと手を伸ばす。
コクリと、小さな音をたてて液体がサンジの喉を通りすぎていった。その様を何となく見つめていたゾロの耳に、呟くような静かな声が届く。
「・・・・・・・今日は、満月だな。」
空を見つめながらの言葉につられるように、ゾロも己の瞳を空へと向ける。
そこには、先程見ていたこれ以上無いだろうと言うほど丸い、淡い光を放った黄色い月の姿があった。ソレをしばし見つめる。傍らのサンジが黙って見つめていたから、倣うように。
やがて、そのサンジが小さく言葉を零してきた。
「グランドラインでも、月だけは同じだな。」
「あん?」
何がだと問いながらサンジの方へと視線を向けると、彼は月を見つめたままほんの少しだけ瞳を細め、口元を緩く引き上げた。
そして、短く告げる。
「姿形がよ。」
呟くように、歌うようにそう言葉を発したサンジは、ゆっくりと両腕を上空に向かって伸ばした。愛おしそうに、縋るように。何かに祈るように。
その姿に近づいてはいけないモノを感じ、ゾロは小さく息を飲み込んだ。だが、本人はそんな事に気付いていないのか、同じ口調で淡々と言葉を発してきた。
「此処で見てる月も、アラバスタの砂漠で見た月も、バラティエで見た月も、あの島で見た月も。同じように黄色くて同じように丸い。・・・・・・・・・まぁ、丸いのは満月の時くらいだけどな。」
彼が言いたい事がゾロにはさっぱり分からず、口を挟む事が出来ない。口を挟んではいけない気もしたし。だからジッと、サンジの横顔を見つめ続けた。今は、彼の気が済むまで喋らせてやった方が良いだろうと判断して。
そんなゾロの気遣いを察したのか、クスリと小さく笑いを零したサンジは、上げていた腕をゆっくりと下ろした。そして、その下ろした両腕で立てた己の右足を抱えるようにしながら、膝頭に顎を乗せる。
「・・・・・・・世界は繋がってるって言うのが、ソレで分かる。海も繋がってる。繋がってるんだから、オールブルーがある可能性はゼロじゃない。だろ?」
「・・・・・・・・そうだな。」
軽く首を傾げるようにしながら自分に視線を向け、薄く笑うサンジの言葉に、ゾロは小さく頷き返してやった。そして、中身の残っていたグラスに口を付ける。
酒を飲み下しながらチラリとサンジの様子を窺った。
オールブルーの情報は、一向に手に入らない。欠片ほどの情報も。その奇跡の海を探しているサンジ自身が街に降りた際、声高にその情報を探し求めていないせいかもしれないが、存在の有無を疑うほどに、奇跡の海の情報は手に入らなかった。
だから、焦っているのかと思った。自分やルフィ。ナミ等と違って、一向に己の夢に近づけないでいる事に。
だが、語るサンジの眼差しは穏やかなモノだ。焦っているわけではないらしい。ではなんでこんな話をし始めたのだろうか。思わず首を傾げてしまったゾロに、サンジはクッと喉の奥で笑いを零した。
「なに深刻な顔してんだ?お前。」
「あ?・・・・・・・別に、俺は・・・・・・・・・・」
「あ〜あ〜何も言うな。脳みそまで筋肉のマリモマンに難しい話を振った俺が悪かったよ。」
「・・・・・んだと、このっ・・・・・・・・・」
さっきまでのシンミリとした空気が嘘だったかのように、サンジはいつもの調子で喋り始めた。そんなサンジの態度にホッと安心の息を吐きつつ、条件反射で食ってかかる。
そんなゾロの様子にニッと口角を引き上げたサンジは、懐から煙草を取り出し、火を付けた。
暗い闇の中で赤い火がぽっと付く。
何となくその光を目で追っていたら、顔面に白い煙を吐きかけられた。
「・・・・・げほっ!げほっ!このっ、何しやがる、クソコックっ!」
「見張りのくせにボンヤリしてるみたいだから、気合い入れ直してやっただけだよ。途中で寝こけるなよ?」
「寝るかよ。」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて寄越すサンジにムッと顔を歪ませながら言い返すと、彼はこれで用事が終わったと言うようにゆっくりと腰を上げた。そして、空いた盆を取るために手を伸ばしてくる。
「・・・・・・・・っ!」
目の前にやって来た細い手首を掴み取り、己の方へと引き寄せたら、サンジが小さく息を飲んだ。驚いたように。
そんな彼の反応になど構わず腕を引き、彼の口元から煙草をむしり取ったゾロは、噛みつくようにサンジの唇に己のソレを合わせ、ヤニ臭い彼の口内に己の舌を侵入させた。そして、逃げようとする彼の舌を絡め取る。
「・・・・・・・・・フッ・・・・・・・・・」
小さく息を吐くサンジの首を捕らえてより一層交わりを深くしたゾロは、そのままサンジの身体を甲板の上へと引き倒し、細い彼の身体の上へと乗り上げた。
ゾロの身体を押しのけようと藻掻くサンジの両腕を頭上で一纏めにして甲板に縫いつけ、逃れようと左右に振られる首を空いた片手でガッチリを押さえ込む。そこまでされてようやく抵抗を諦めたらしい。サンジは身体の力の抜いた。そんなサンジに気が済むまで口づけを与えたゾロは、荒い息を吐きながらゆっくりと上半身を起こした。そして、上気した白い頬に手を這わせ、サラリとした手触りの金糸を梳く。
月の光を浴びてキラキラと輝く金糸を。
夜空に輝く満月と同じくらい鮮やかに輝く黄色く丸い頭をそっと撫でる。
日が高い内には出来ない行為だ。昼間、皆が賑やかな声を立てている所で行うのは、さすがに憚られるから。だから、皆が寝静まった静かな夜にしか出来ない行為。
満月を見るのと同じくらい、希少な回数しか行えない。
そっと、こめかみに口づけを落とした。
愛しげに、壊れ物を扱う様な優しげな仕草で。
ナミやウソップが見たら驚きのあまり叫び出すだろうほど、丁寧な仕草で。そして、細い身体のラインをゆっくりと撫でていく。スラックスの中からシャツの裾を引き出し、細いけれども引き締った素肌をゆっくりと撫で上げる。
そんなゾロの手の動きにビクリと身体を震わせたサンジは、熱に浮かされて緩んだ青い瞳でギロリと睨み付けてきた。
「てめっ・・・・・・・見張りはどうすんだよっ!」
「心配ねー。なんかが来たらすぐ分かる。」
キッパリと言い切りながら丸みの無い胸を大きな手の平で覆ったゾロは、瞳に獰猛な光を宿しながらニヤリと、笑い返す。
「例え、やってる最中でもな。」
その言葉に、サンジは睨み付けてくる瞳により一層力を込めた。そして、低く、押し殺したような声で答えてくる。
「ざけんなよ、てめぇっ!他に気ぃ散らしながらヤリやがったら、タダじゃおかねーからなっ!」
「するかよ、そんな事。勿体ねぇ・・・・・・・」
軽く返しながら、頭上で拘束していたサンジの両手を解放し、空いた手を使ってサンジのシャツのボタンを外していく。
もう抵抗はない。しかし、文句の言葉だけは続いていた。
「ったく、勘弁してくれよな。甲板でやるのは。コレも青姦って奴か?あ〜もう。誰かがトイレに出てきたらどうすんだよ、クソッ!お月さんが見てるってーのによう・・・・」
「見たがってるなら見せとけよ。俺は別にかまわねーぞ。」
「俺がかまうってのっ!あ〜〜イヤダイヤだ。俺はこれから、満月を見るたんびに甲板の上でてめぇに犯された記憶を思い出すんだぜ〜?すげー寂しいなぁ、そりゃあ。お月見も出来やしねぇ。」
「人聞き悪い事言うな。誰が犯してんだよっ!」
「お前だよ、お前っ!」
「犯してねーだろっ!同意だろうがっ!」
「あー?いつ誰が何処で、やって良いって言いましたかー?」
「・・・・・・・このっ・・・・・・・・・」
小憎らしい顔でニヤニヤ笑われ、ゾロのこめかみに青筋が浮かび上がる。どうしてこの男はこうも人の神経を逆撫でするのが上手いのだろうか。それだけ自分の事を知り尽くしているという事だろうか。それはある意味嬉しい事なのだろうが、全然嬉しくない。
どうにかしてこの男を言い負かしてやりたいと思ったが、語彙の少ない自分が口から先に生まれてきたようなこの男に敵うわけがない。
そんなわけで、ゾロは顰めっ面でうーうー唸っていた。
と、そんなゾロの様子をニヤニヤと意地の悪い笑みで見つめていたサンジが小さく言葉を漏らしてきた。
「あ。」
「あ?」
なんだと眉間に皺を刻み込みながら問い返せば、サンジはクククッと喉の奥で笑いを零してきた。そして、おもむろに両腕を持ち上げ、ゾロの首に絡めてくる。
「・・・・・・おい?」
突然積極的になったサンジに首を傾げて問いかけると、彼はジンワリと瞳を細めて口角を緩く引き上げた。
「天気がお前を味方してるみたいだぜ?丁度良い具合に、月が隠れやがった。」
「あん?」
何の事だ、と問いかけようとしたゾロだったが、その言葉の意味はすぐに分かった。明るかった月の光が、急に消えて無くなったから。
多分、雲が出てきたのだろう。
そう考えたゾロの頬に、水仕事で少し荒れた細く長い指が添えられた。
「これで、見てる奴はいねー。今の内に、やっちまおうぜ?」
悪戯っぽい光を浮かべながらの言葉に、ゾロはしばし言葉を飲み込んだ。そして、小さく息を吐いてからニヤリと笑む。
「・・・・・・・・じゃあ、遠慮無く食わせて貰うぜ?」
「おう。残さず食えよ。行儀良くな。」
「残すわけねーだろ。勿体ねぇ・・・・・・・・」
呟きながら、月の光が反射していなくても白く輝いて見える肌に唇を寄せていく。
月を見るたびにこの夜の事を思い出させる事は出来なくなったが、そんな思い出に浸る暇が無いくらい共に居てやるさと、内心で呟きながら。
【20090922再UP】
月が見ている