その日、誉れ高き六騎士の面々が珍しく揃っていた。
 せっかくなので一緒に昼食でもと言うことになり、六人と、クリスの従騎士であるルイスを含んだ7人でレストランに赴いたのだ。
 大きな円をえがく卓に、クリスの両隣にパーシヴァルとボルス。パーシヴァルの右隣にレオ、その横にルイス、サロメ、ロランという順番席に着き、談笑しながら食事を勧めていく。
 その姿を、その場に居合わせた人々が少し頬を赤らめながら眺め見ていた。とくに、見目麗しいスリーショットを。
 微笑みながら語り合う三人の騎士の姿は、様になりすぎる程様になっている。人々は、この場に居合わせて本当に良かったと神に感謝の言葉を心の中で呟いていた。
 そんな穏やかな空気が流れる空間に、一人の男が乱入してきた。
「パーシヴァルっ!」
 声をかけられたパーシヴァルには、確かめるまでもなく、そこには幼なじみの姿があることが分かってはいたが、だからといって顔を向けないわけにも行かない。
己を呼ぶ大きな声に、パーシヴァルは微かに首を巡らせた。
「どうしたんだ、バーツ。そんなに慌てて。」
 面白く無さそうな顔で食後のお茶を飲んでいるボルスにチラリと視線を向けながら、パーシヴァルはバーツに向けて柔らかな笑みを浮かべて見せた。
 彼にそんなサービスをする必要もないのだが、この場には多くの人の目がある。そうそう邪険な態度を取ることも出来ない。
 そんなことを内心で考えていたパーシヴァルの両手を取ったバーツは、真剣な瞳でパーシヴァルの目をジッと見つめてきた。
 何となく嫌な予感がする。
 いつも朗らかな笑みを絶やさない彼が真剣な顔をするときは、畑の事と相場が決まってはいるが、たまにロクでも無いことを言い出すのだ。
 この場は集まっている者が集まっている者だし、ギャラリーも多い。こんな中で変なことを言って余計な騒ぎを起こしたくはない。
 頼むから、野菜が知らない内に奪われたとか、畑が荒らされたという話しであってくれと祈るパーシヴァルの耳に、瞳と同じだけ真剣なバーツの声が聞こえてきた。
「俺の・・・・・俺の、嫁さんになってくれっ!」
 その言葉に、言われたパーシヴァルではなく隣に座るレオと、一人向こうに位置するボルスが盛大に飲みかけのモノを吹き出した。
「汚いなぁ、オッさん達。」
 その様を嫌そうな顔で眺め見たバーツのその発言に、レオとボルスはイスから立ち上がる。
「なんだと、貴様っ!元はと言えば貴様が下らないことを言うからいけないのだろうがっ!」
「そうだぞっ!なんのつもりだ、貴様っ!」
「なんのつもりも何も、言ったまんまの意味だけど?」
「ふざけるな!男のお前が、男のパーシヴァルと結婚など出来るはずがないだろうがっ!」 人ごとだというのに真剣に怒鳴り返すボルスに、バーツはうんざりしたような、迷惑そうな瞳を向けてみせた。
「うるさいなぁ、良いからちょっと黙ってろよ。俺は、パーシヴァルと話しをしたいんだからさ。」
「なんだと、貴様っ!」
 バーツの言葉にさらに顔を紅潮させたボルスの大きな声にうんざりしばがら、パーシヴァルは深いため息を付いた。
 周りの目は、静かに食事していたとき以上うに集まっている。
 もう少し静かに対応してくれたのならば、ここまで人の目が集まることも無かっただろうと思うのに。
 そう思うと、ボルスの事が少々憎らしくなってくる。
「・・・少し静かにしていて下さいませんか、ボルス卿。話しが進まないので。」
 口元はニッコリと。しかし瞳の奥には剣呑な光を浮かべながら言った言葉に、ボルスはふて腐れたように顔を歪めながらも大人しくなる。
 人の感情の機微に疎いヤツではあるが、最近パーシヴァルの怒りの雰囲気はちゃんと察することが出来るようになった。
 これの教育の賜だろうかと内心で考えながら、パーシヴァルは改めてバーツへと視線を向け直した。
「で、なんだ?」
「だから、俺と結婚してくれって。」
「どうしてそう言う話しになるのかと、聞いているんだよ。」
「いや、こないだ久々に家に帰ったらさ、母さんに言われたんだよ。『あんたもそろそろ身を固めて、子供の一人でも作ったらどうなのよ』って。」
 その時のことを思い出したのか、バーツは憎々しげに顔を歪めてみせる。そんなバーツの事を、パーシヴァルは怪訝に重いながら首を傾げた。
 それくらいの発言は親としては当然の発言だと思うのだが。何をそんなに嫌がっているのだろうか。
 確かにバーツはまだ若い。身を固めると言う話が現実感の無い物だと言う気持ちも分からないでは無いが、こういうご時世だ。いつ何時死が訪れるか分からない。早めに孫を求める親の心も分からないではない。
「だからさ。俺と結婚しようぜ?」
「俺と結婚しても子供は生まれないぞ?根本的な問題解決にはならないだろうが。」
「大丈夫。パーシヴァルはうちの親に好かれてるから。子供が出来なきゃ養子を貰ってくれば良いじゃん。」
 あっさりと返された言葉に頭が痛くなる。
「・・・・なんで、お前は、結婚したくないんだ?」
「面倒臭いじゃん。誰かの生活を考えながら生きるのって。俺は、自分の畑のことだけ考えていたいんだよ。」
「だったら、そう言えば良いだろう。」
「言ったけど、聞く耳持って無いんだよ。あいつ等は。」
 心底嫌そうに顔を歪めたバーツは、その表情をすぐに消し、今度は甘えるような、訴えかけるような瞳でパーシヴァルの顔を覗き込んできた。
「良いだろ?俺とお前の仲じゃないか。食うには困らせないからさ。な?」
 その瞳は真剣で、嘘や冗談を言っている様子は無い。
 さて、どう答えたら良いものか。
 何しろここには主要な同僚と上司が勢揃いしているのだ。下手なことを言っていざこざを起こしたくない。
 とくにボルスと。
 考え込んだパーシヴァルに焦れたように、バーツが言葉を繋いでくる。
「大丈夫。今すぐってわけじゃないから。この戦いが終わって、時間が出来てからでいいからさ。一緒に、村に帰ろうぜ?」
 真摯な瞳と言葉で、ようやく彼が何を言いたいのか察することが出来た。バーツが真に望んでいることは、自分が村に帰ること。結婚云々は、たぶんただの切っ掛けにしようとしているだけなのだろう。
 リザートクランの襲撃以後、まともな里帰りをしていない自分を、村に滞在させるための。
 家はあっても、待っていてくれるモノが無くなってしまった自分への、小さな気遣い。
 そう思うと、なんとなくくすぐったさを感じた。
 三つ年下の幼なじみは、自分の中でずっと子供だと、自分の方が強いと思っていた。それなのに、知らぬ間にこんなに大人っぽくなっている。
 自分とは違い、良い意味で成長している。そんな彼が羨ましくもあり、誇らしくもある。
 パーシヴァルの顔には、自然と笑みが沸き上がってきた。
「・・・・そうだな。戦いが終わってからなら、考えてやっても良いぞ?」
 帰るとは言わない。同僚の目もある。何より、彼が承諾の言葉を望んでいない。
 ただ、自分の戻るところはイクセの村なのだという気持ちが、彼に伝わりさえすれば良いのだ。
 長年つき合っている彼には、その一言と、心からの笑みの一つで十分足りる。
 現に彼は、満足そうな笑みを浮かべて見せた。
「そうか。じゃあ、色よい返事を待ってるぜっ!」
 そう言ってさわやかに立ち去ろうとするバーツの背中に、パーシヴァルは引き留めるように声をかけた。
「バーツ。」
「うん?」
「なんで、今その話しをしに来たんだ?」
 二人きりの時に話せば簡単に済む事なのに、何故あえてこの場で話したのか。何かの意図があるとしか思えない。バーツは決して、頭が悪いわけではないのだから。
 パーシヴァルの問いに、バーツがニヤリと笑い返してくる
「自己主張しとかないと忘れられそうだからさ。俺もここにいるんだぞってね。」
 ニッと笑いながらバーツは畑へと戻っていった。
 その後ろ姿を見送っていると、ボソリとクリスが言葉を漏らした。
「・・・・なにが言いたかったんだ?」
 首を傾げながら考え込んでいるクリスの様子に、パーシヴァルは小さく苦笑を漏らした。
 分かる人にしかはっきり分からないだろう。彼の言いたかったことは。
「・・・・・居場所は、一つだけじゃ無いと、そう言いたかったんだと思いますよ。」
 簡単にそう説明した。
 パーシヴァルの居場所は、騎士団だけではないと、イクセの村の人達も帰ってくるのを待っているのだと、そう言いたかったのだろうと思う。
「そうか。・・・友人同士の会話というのは、暗号みたいだな。」
 真剣な顔で考え込むクリスの様子に、笑みを誘われる。
 戦場では素晴らしいほどの統率力と気迫。迷いの無い判断をしていくクリスだが、私生活では不器用すぎるほどに不器用だ。
「いつもはもう少しわかりやすい会話もしますけどね。」
 状況を見て言葉を選んでくれたのだろう。
 そんな気遣いを、ボルスもしてくれたらもう少しつき合いやすいのだがと思いながら、その男の表情を窺ってみた。きっと腹をたてているのだろうと思ったら、案の定むくれた顔をしている。
 もう少し大人の振る舞いを出来ない物かと思うが、そんな子供っぽいところも彼の魅力であるのだろうとも思う。下手に大人びたボルスというのも、想像付きにくい。
「・・・なんだよ。」
 自分の顔を見ながら笑みを零したパーシヴァルに、ボルスはムッと顔を歪めてよこす。
「べつに、何もありませんよ。」
「貴様は何もなくて人の顔を見て笑うのかっ!」
 途端に怒りをたぎらせ、その場に立ち上がるボルスの様子に、パーシヴァルの笑みはさらに深いモノとなる。
 からかいがいがありすぎて、目が離せなくなる。そんな事を言ったらもっと怒るだろう事が予想出来るから言わないが。
 キィキィ騒ぐボルスを落ち着かせるようにクリスが何か語りかけている様を見て、なんとなく幸せを感じていた。
 自分がまだ生きていること。心優しい同僚達と巡り会えたことに、誰にともなく感謝の言葉を呟くパーシヴァルだった。 























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