窓の外は、鮮やかな緑が栄え、鳥達が歌っている。
ビネ・デル・ゼクセ。
久々に足を運んだそこは、ハルモニアの進軍やら紋章の破壊やらで物騒な噂こそ立っていれど、賑やかさはさしてかわらない。
パーシヴァルは窓に寄り添うようにして外を見ていたのをやめ、室内に意識を戻した。
派手な感じはないが、一つ一つが高そうな調度品の整った部屋は、あまり落ち着くものではない。
「やはりクリス様もお嬢様か」
パーシヴァルは呟いて溜息をついた。
ライトフェロー家。
ビネデルゼクセの民や騎士団の人間ならば知らぬ人間はいないだろう。
実際に邸宅に足を踏み入れるのは始めてだが、やはり、その名に恥じない立派な造りである。
そして、パーシヴァルはやはり疑問に思う。
何故、こんなところに自分はいるのだろうか、と。
ビュッデヒュッケ城から、ミオとともに護衛という名目でクリスとサロメに連れ出されたのは昨夜のことである。
そして、ブラス城で一泊をし、先ほどこのライトフェロー宅に到着したのだ。
ビュッデヒュッケ城では、今、破壊者側の動きを掴もうと必死になっているというのに、
何故こんな情勢のなかビネ・デル・ゼクセに戻ったのか、パーシヴァルはクリスからもサロメからも聞かされてなく、
ましてやミオからは聞けるはずもなかった。
ただ、悪い予感がする。
大体、ゼクセにつくなりギルドではなくクリスの家に直行したという時点でおかしいのだ。
そして、応接間に一人残されて、お三方は帰ってこない。
パーシヴァルは再び溜息を吐いた。
帰ってしまおうか。
そんな全く騎士らしくない考えがちらりと脳裏を横切る。
が、幸いにもそれを実行しようと思う前に、ドアが開いた。
「悪い、またせたな」
家主のクリス、その後ろにサロメとミオ、
最後に片手に三人分の飲み物が乗ったトレイを持ち、もう片方の手でドアを押さえていた器用な執事が続く。
「いえ、一時の貴族気分が味わえましたよ」
「パーシヴァル」
肩を軽く竦めてみせたパーシヴァルにサロメが眉間に皺を寄せる。
「ふふ、わるかった。別室で今夜の手筈の確認をしていたんだ」
クリスは微笑み、上座のソファに腰掛けた。
「手筈?」
パーシヴァルが聞き返すと、クリスは「まぁ座れ」とその場に居た全員に着席を促した。
執事が、それぞれの前にティーカップを並べて紅茶を注いでいく。
「今夜、議会長が大規模な舞踏会を開くんだ。それは知っているか?」
クリスの問いに、パーシヴァルは頷いた。
「えぇ、議会長の娘の成人祝と、噂だけは聞いてますが・・・。何か、不穏な話でも?」
「さすが、話が早いな。サロメ、説明を」
クリスは満足そうに頷き返し、サロメを見る。
サロメは何か手紙のような物を四人が座る真ん中に位置したテーブルの上に丁寧に置いた。
「はい。これが、議会長宛てに届いた脅迫状です」
それは、白い紙に粗雑な字で書かれた書状だった。
「手にとっても?」
「えぇ。舞踏会の中止を求め、従わなければ議会長の娘の命を奪うとの内容が書かれています」
たしかに、その旨があまり知能は高くなさそうな文章ででかでかと書かれている。
パーシヴァルが軽く目を走らせただけでその内容は十分に理解できた。
「脅迫者と、それによる脅迫者の利益に目星は?」
サロメは首を横に振る。
紅茶を飲み干し、クリスは強い眼差しをパーシヴァルに向けた。
「わからないが、既に幾度か議会長の邸宅に嫌がらせと、警備の歩兵が紋章札による攻撃を受けている」
なるほど、と、パーシヴァルは腕を組んだ。
「それで、議会のトップから秘密裏に警備の要請が来たわけですね?」
「あぁ、今夜の舞踏会には民間の富豪も招待されてるからな。祝いの席に物々しい警備を配置するわけにも行かない。だからといって中止はプライドが許さないのだろう。関係者以外に気取られることなく脅迫者を捕まえろとのお達しだ」
溜息を吐くクリスに、パーシヴァルは苦笑を浮かべた。
議会に関わる面倒さは、パーシヴァルも十分承知している。
「それでクリス様が自ら舞踏会にてお嬢様のエスコート兼警護にあたる訳ですか。確かに、クリス様でしたらお一人で100兵分の力に値しますからね」
「最後の言葉は聞かなかったことにしてやろう」
「それはありがたい」
パーシヴァルは笑いながら、先ほどから良い香りを発している紅茶を手にとった。
どんな被害状況なのか詳しくはわからないが、こんな陳腐な脅迫状を送りつけてくるような人間がすることはたかが知れている。
クリスがターゲットの警備にあたるというのならば、それほど深刻になる必要はないだろう。
ソファに持たれて紅茶を啜ると、サロメがなにやらまた違う書類を取り出した。
「それがですね、残念ながらクリス様は舞踏会に出ることができないのです」
クリスが不満そうにサロメを見る。
「サロメ、それをさっきも話をしたが・・・」
「今、グラスランドとゼクセンが手を組んで謎の破壊者達の侵攻を食い止めている情勢で、騎士団のトップが堂々と祝いの席に居る事はあまり歓迎される事ではありません」
「・・・話がややこしくなって来ましたね・・・」
反論をしようとするクリスを遮るようにサロメがピシャリと言い、パーシヴァルは先ほどの嫌な予感がぶり返して来たのを感じた。
「では、クリス様が会場内に入れないとしますと・・・私ですか?」
「はい、ですが、パーシヴァルが居る事も周囲には不自然に思えるでしょう。貴方は建国記念日など義務付けられたパーティ以外、貴族の夜会に顔を出したがらないのですから」
サロメは頷き、パーシヴァルを見据えた。
サロメの言うとおりである。
議会の命令に従うのならば、周囲に気取られぬよう脅迫者を捕まえねばならないのである。
少しでも不自然な雰囲気をまとっては、周囲に懸念を与えると同時に、下手をしたら脅迫者が計画を中止して逃げかねない。
既に被害は出ているわけだから、犯人を逃がすのは大きな失態となる。
パーシヴァルの中で、嫌な予感は膨らんでいく。
「それで私が呼ばれたのです」
そこで、今までずっと沈黙に徹していたミオが口を開いた。
たしかに、ずっとミオが此処にいる理由がわからず、疑問に思っていたのだ。
だが、彼女に護衛の任務を真っ当できるかといえばそうは思わない。
ミオは、小さな小瓶を取り出して、何故かパーシヴァルに向かって微笑んだ。
「そろそろ効いてくる筈なんですが・・・」
小瓶の中は、空っぽである。
だが、パーシヴァルは直感的に悟った。
(やられた・・・・)
その後、数秒もせずにパーシヴァルの意識は闇の中に沈んでいったのだった。
『まだ起きない?』
『はい・・・。あ、見つかりましたか?』
『えぇ。サイズが合うといいけど・・・』
ひそひそと頭上で交わされる言葉に、パーシヴァルの意識は深い水の底から浮上するような感触を伴いながら覚醒した。
「起きたか・・・。気分はどうだ?」
クリスの顔を間近に受け、パーシヴァルは寝ていたらしいソファの上からずり落ちた。
甲冑が、がちゃんと音を立てる。
そして、ふと違和感を覚えた。
足具が、ゆるいのだ。
それだけではない、身体にフィットするように選ばれた甲冑が、全体的に内側に隙間ができている。
なのに・・・ニ箇所。胸と尻の部分だけきつい。
覗き込むクリスとミオに交互に目を移すと、二人は顔を見合わせて笑った。
どうやら、嫌な予感はあたったようだ。
「とりあえず、鎧を脱いでくださいます?ちゃんと身体の変化を記録してトウタ先生に報告しないと・・・」
ミオから差し出された手を辞退し、パーシヴァルはゆっくりと立ち上がった。
やはり、防具の間接部分があっていない。
身体が縮んだ。そう思うべきである。
「やれやれ、説明だけはしていただきたいですね」
と、声を出して、自分の声にパーシヴァルは硬直した。
「嘘でしょう・・・?」
まさかと思い、急いで甲冑を解いていく。
小手を外すと、普段の見慣れたはずの手が、幾分か小さく、また細い。
だが、手の甲に浮かんだ紋章と、古傷、剣ダコは見覚えがあり、間違いなく自分の手だ。
甲冑を外していく手順さえもがもどかしい。
順々にパーツを外して行く度にその身体の変化に戸惑い、とうとう胴部分を外したとき・・・
膨らんだ己の胸を見て、パーシヴァルは軽い眩暈を覚えた。
クリスが笑いを堪えながらパーシヴァルの背を叩く。
「どうだ、女になってみた気分は?」
「・・・どういうことですか、これは」
パーシヴァルなのだ。確かに。
だが、現在の彼の見た目を聞かれれば、誰もが女と答えるだろう。
全体的に細く柔らかいライン。
鎧の下に着る厚手の強化服の上から見ても目立つ、豊かな乳房。
そして、少し低めではあるが、静かな響きを持つソプラノの声。
「すごい・・・完璧ですね」
ミオの感嘆の声を聞いても、パーシヴァルには何がなんだかわからない。
「女に・・・なってるんですか?」
「えぇ、そうです。下も確認してみてくださいますか?ちゃんとなくなってると思うんですが・・・」
「!?」
ミオはいとも簡単に言ったが、それだけは男として大問題である。
意識を下に持って行き、パーシヴァルは絶望的な思いに駆られながら頷いた。
軽く太腿を擦り合わせるだけでも、存在の有無ぐらいはわかるのもなのだ。
「何、心配するな。トウタ医師の話だと1日で回復するそうだ。これならば、今夜会場内に入っても怪しまれんし、信用も置ける」
そういうことか。
パーシヴァルは当初の目的に現在の自分の姿が関連性の無いことではなかったというのを知って少しだけ安堵した。
だが、トウタの腕を改めて感心すると共に、なんとも酷な薬を作るものだと呆れを通り越す。
大体、実験には誰を使ったのだろうか。
パーシヴァルは自分自身が実験体にされた可能性もあることを考え、慌ててそれを思考から排除した。
「なんで先に言って下さらなかったのですか」
「先に言われていたら喜んだか?」
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙を落としたパーシヴァルに、クリスは満面な笑みを浮かべる。
彼女の信奉者が見たら狂喜しそうな笑顔だが、
パーシヴァルには強制的に諦めを覚えさせられる恐ろしいものであった。
「さ、時間がない。早く着替えるぞ」
クリスがパンッと手を打つと、廊下で控えていたのか、
生真面目そうな老年の執事が両手に一杯の衣類を抱え音も無く入ってきた。
テーブルの上に広げられたのは、数種類のドレス。
ご丁寧に装飾品も用意されている。
「私が以前に賜った物なのだが、着る機会がなくてな」
それはクリスに一方的に求婚する者から押し付けられたという意味だろう。
さり気無く手に取ってみた品がゼクセの高級店であつらえられた一品とみて、軽く送り主に同情してしまう。
女性陣が楽しそうにドレスの物色をし始めた。
フリルの沢山付いた動きにくそうなドレスやら露出の嫌に高い服を持ったクリスとミオが、
入れ替わり立ち代りパーシヴァルの前に合わせては
「色気が足りないんじゃないか?」とか、「これは流行に遅れてる」とか、
女性にとっては大事な事なのかもしれないが、
本当に議会長の娘の警護にあたるために選んでいるのか少々不安にもなる。
「さぁ。パーシヴァル、脱げ」
クリスの言葉を聞いて、どうやら人の心配をしている暇もないようだ、とパーシヴァルは内心溜息を吐いたのだった。
ギルドと似通った作りの会場に、次々と着飾った貴族や富豪の人間が到着する。
煌びやかな照明、楽団が奏でる賑やかな音楽。
軽やかなダンスステップ。
いたる所で聞こえるグラスを合わせる澄んだ高音。
それぞれが社交辞令の応酬を繰り返し、コネクションを広げる為必死になっている中、
一際一目を引く人間がいた。
黒髪を肩まで真っ直ぐに伸ばした、美しい女性だった。
過剰な装飾は一切無いが一目で高級とわかる黒色の生地で仕立てられている、ぴったりと身体のラインを強調するドレス。
大きく開いた胸元は豊かな胸を窮屈そうに収め、
スリットの入ったスカートは細く引き締まった太腿を歩く度にちらちらと見せる。
どれも男を挑発する物だが、不思議と見る者にそのようなイメージを浮かばせない。
それもすべて、彼女の表情のせいだろう。
彼女の造作の整った顔は、冷たいほどに無表情だった。
そして、人に媚びぬ凛とした空気を纏っている。
舞踏会の場で踊るでもなく会場の隅で壁に背を付けて一人発泡酒を口にする女を見て、
議会長の愛人だとか、
待ち人来ずの他国の富豪の娘だとか、
周囲は好き勝手に噂を囁きあったが、
その女が一向に動きを見せないことに飽きがきたのか、
一同の興味は議会長のカツラの話題に逸れていった。
「クリス様、笑うのは後日にしてください」
女が無表情のまま、呟いた。
目線は一点、ホールの中央で貴族に囲まれて談笑している議会長の娘を捕らえたままである。
女から少し離れた所で直立不動に立っていた小柄な警衛の騎士が、かしゃり、と甲冑をならす。
フェイスガードが降りているが、どこから見ても不審な点は無い。
だが、間近で見ると、それが小刻みに震えている事がわかる。
「だって・・・お前、凄いな・・・」
明らかに笑いを堪えた女性の声が、微かに女の耳に入る。
女はちらりと、騎士に目をやり、すぐに戻す。
「クリス様こそ、お似合いですよ。誰も単なる警衛の騎士が“銀の乙女”と呼ばれるクリス“騎士団長”様だとは思わないでしょう」
「パーシヴァル、わるかったわ。そう気を悪くしないで」
クリスの口調に、貴族の視線を一点に集めていた女、パーシヴァルはやれやれと心の中で呟いた。
クリスは同性に対しては口調が柔らかくなる。
彼女は無意識かもしれないが、男を捨てた訳ではないパーシヴァルにとってはあまり喜ばしい事ではない。
「いいですよ、別に。私はそろそろ議会長の娘に近づいて参ります」
「えぇ、気をつけて。貴族はものめずらしい物を好むから格好の餌食にならないように」
「はい。いざとなったら蹴り倒して逃げてきますよ」
本気か否かわからぬ言葉を吐いて、パーシヴァルは行動を開始した。
小さな靴はヒールこそ低い物の、やはり慣れぬ者には窮屈に感じる。
転ばぬように気をつけながら、パーシヴァルは歩を進める。
「失礼。お嬢さん、私と一曲どうですか?」
にこやかに自分の進路の邪魔をする貴族の男を見て、パーシヴァルは始め、己にかけられた言葉だとは思いもしなかった。
硬直したパーシヴァルに怪訝な顔をする男を見て、自分が女に見られているのだと思い出す。
「え、えぇ、是非・・・」
咄嗟に断る事もできず、慌てて取り繕った笑みを浮かべると、周囲がざわめいた。
内心舌打ちをしながら、強い香水の香りを纏った男に抱かれる。
議会長の娘の周辺には、まだ不審な人物はいない。
ゆったりとしたステップを踏みながらチラリと周囲に目をやると、どうやら再び注目を集めてしまったらしく、小さな輪ができてしまっていた。
これではわざわざ女になって潜入した意味がないではないか。
パーシヴァルは一曲も終わらぬうちにそっと男を押しのけ、やんわりと微笑んだ。
「ごめんなさい、人を探しているものですから、これで・・・」
多分、貴族のマナーとしては大違反だろう。
だが男は少し困惑したような顔をしはしたが、大人しく礼をして退いてくれた。
後ろの方に控えていた男性陣に捕まる前に、足早にその輪から退却する。
すると、今度は貴婦人といった集団が待ち構えていた。
「ねぇ、貴女どちらの方?初めて見る方だけど・・・」
たくさんの布をあしらった派手なドレスを着た婦人達がパーシヴァルを取り囲み、上から下までジロジロと検分するかの如き目で見る。
どれも、パーシヴァルが以前建国記念などのパーティーでダンスの相手をした事がある女性である。
あの時は媚びるような笑顔の印象しかなかったが、今は敵愾心も露にした雰囲気である。
女性とは同性相手ではこうにも態度が変るものか。
困った。それが正直な感想である。
嘘をついても良いのだが、彼女らは一つ応えると何処までも掘り下げていく。
一々それに付き合っている余裕はない。
「何かまずいことでも聞きましたかしら?」
探る目つき。好奇心の色が見え隠れしている。
いっその事走りぬけてしまおうか。
そう思った所で、脇から低い、聞き覚えのある声がかけられた。
「申し訳ありません、この方は当家の客人です」
「・・・え?」
『走るぞ』
小声で呼びかけられると共に、パーシヴァルは手を取られていた。
本当に走り抜けさせられてしまった。
パーシヴァルは絶句しながら自分の手を取って走る男の後姿を見る。
男は、軽く振り向いて呆然とする婦人達に走りながら一礼をした。
その横顔に、パーシヴァルは完全に思考が停止したと言っても過言ではない。
「此処までくれば・・・大丈夫だろう」
男はテラスまでパーシヴァルを引っ張って走り、周囲を見回した。
癖の有る金髪、白を基調とした夜会服は上等なのだろうが、あまりしっくりとしない印象。
彼には、甲冑の方が似合っている。
「ボルス・・・」
呟きを聞いて、ボルスは軽く目を見張り、それから気恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。
「私をご存知でしたか・・・。その、ご迷惑だったら申し訳ない。困っていたように見受けたものですから・・・」
パーシヴァルは暫く唖然とした。
ボルスも意外と甲斐性があるんだ、とか、
こちらが誰なのか気が付かないのか、とか、
大体こんなところで何をしているんだ、等、様々な事が一気に脳裏を横切る。
「・・・余計な事をしてしまいましたか?」
不安そうに見る目。
たまにクリス相手にこんな顔をしている事を見たことがある。
いや、自分にも何度か向けられたことがあるか。
完全に、恋愛対象として見られている顔である。
「いえ・・・助かりました」
俯いて、ゆっくりと首を横に振る。
あまり面白くない展開になってきた。
否、始めからこんな茶番面白くもなんともないのだ。
「よかった・・・」
ボルスはパーシヴァルの心情など全く気が付かず、頬を赤く染めている。
蹴り飛ばしてやりたい気分になってきたが、気取られぬように、笑顔を作る。
ボルスが此処にいる理由が知れぬが、とにかく議会長の娘から目を離しているわけには行かない。
「ありがとうございます。正直、本当に困っておりましたので・・・では、これで」
ボルスが一瞬ぽかんとする。
それはそうだろう、折角連れ込んだ女が余りにもそっけないのだから。
パーシヴァルはそれを全く振り返ることなく、テラスの影から内部を探る。
議会長の娘は、なにやら若い男とダンスを踊っている。
いい気な物だ、と、心の中で毒づくぐらい許される事だろう。
先ほどの女性達が、まだこちらを見てヒソヒソと言葉を交わしている。
あまり良い噂を言われてはいなさそうだ。
パーシヴァルは深い溜息を吐き、これからどうするかを考えた。
舞踏会が終わりを告げるまで、まだ時間はある。
だが、これでまたホールに出て行けば、さっきの二の舞になることは目に見えている。
このままテラスで身を潜めて待つしかないのだろうか。
と、ガシリと腕をきつく掴まれた。
「ぃつ・・・」
ボルスだった。
まだいたのか。
真剣な眼差しに押され、パーシヴァルは困惑する。
「・・・・何か?」
なるべく女性らしい仕草で、と心に言い聞かせ首を傾げると、
ボルスはハッとしたように手を離した。
「す、すいません。あの・・・・御兄弟か従兄弟が騎士団にいませんか・・・?」
これで何か飲み物でも口に含んでいたのならば、パーシヴァルは盛大に噴き出していただろう。
呆れて物も言えないパーシヴァルの表情を驚きとでも受け取ったのか、ボルスは得心がいったのか、うんうんと一人で頷く。
「やっぱり。貴女に良く似た男がいたのでもしやと思ったのですが・・・。アイツ・・・聞いてないぞ・・・」
憤然とした様子で言った後半の言葉は、独り言のようだった。
早合点も良い所だが、そんな時、視界の隅で警衛に扮したクリスに動きがあった。
その先には、社交界では見覚えの無い様相の男。
「あれか・・・」
呟きを聞いて、ボルスは不思議そうにパーシヴァルの視線の先に目をやる。
「あの男・・・嫌な目をしているな・・・」
珍しい勘の良さに感心しながら、パーシヴァルはふと或る方法が浮かび上がった。
一々説明している余裕は無い。
しかたない・・・。
パーシヴァルは半ば自棄になりながら上目遣いにボルスの頬に触れた。
「一曲、お相手していただけませんか?」
狙った通り、ボルスは子供のように目を輝かせ、勢い良く頷いたのだった。
麗しの君は危険な香り