鴨が逃げた後
「・・・・・・・・・・逃げられた。」
走り去っていくジョーの後ろ姿を見送りながら、パーシヴァルの口からそんな言葉がこぼれ落ちた。
その言葉に、アンヌの呆れたような声が被さってくる。
「当たり前でしょ。あんな事言われて、逃げない人はいないわよ。」
「そうか?結構ヒット率高いぞ、俺は。」
「・・・・・そうでしょうね。あんたは。」
ジットリという言葉が似合うようなアンヌの視線に、パーシヴァルはムッと顔を歪ませた。なんだか、馬鹿にされた様な気がしたのだ。
「・・・・なんだ、その目は。」
「別に。」
「別にって顔では無いと思うが?」
「何でもないって言ってるでしょ。・・・それで?どうするの?」
気を取り直す様に問いかけられた言葉が何を意味しているものなのか、パーシヴァルには良く分からなかった。いつもだったら瞬時に分かったのかも知れないが、今はかなり酒が回っている。こういう時の思考の鈍さで自分の酔いを自覚する。
しばし彼女の言いたい事がなんなのか考え込んでみたが、答えは一向に出てきそうに無い。だから、パーシヴァルは小さく首を傾げて見せた。
「何が??」
「だから、まだ飲んでいくのか、部屋に帰るのかって聞いているの。私はそろそろ帰った方が良いと思うけど。可愛い坊やが待ってるんでしょ?」
「・・・・あんな奴、可愛いわけが無いだろう。」
「そうなの?」
意地の悪い笑みを向けられ、言葉に詰まった。
確かに、可愛いと言えば可愛いのかも知れない。その年齢にそぐわない『可愛らしさ』にむかつくことが多いのだが。
今日もその『可愛らしさ』が癪に障って部屋を飛び出してきたのだ。適当にヒマを潰す相手を求めて酒場に来たのだが、そう言うときに限って相手にしても良さそうな人間が現れないもの。
数人の男を軽くいなし、酒代だけ出させて飲んだくれていた所に良い鴨、というかアヒルが来たと思ったのに。逃げられるとは。
結構プライドが傷ついた。
同じグラスランドの者でも、カラヤの民は簡単に引っかけられるのだが。やはりカタチが違うと難しいのだろうか。
アヒルのカッコイイ基準が尾羽の立派さだという話を聞いたことがある。ジョーを引っかけるには、まずそれを手に入れておかなければ行けないと言うことだろうか。
酔った頭でろくでもないことを考え込んでいると、目の前に茶色い液体がなみなみと入っているグラスを置かれた。
視線でその意味を問いかければ、アンヌはニッと笑い返してくる。
「これを飲んだら、帰りなよ。そろそろ彼も反省してると思うわよ。明日は早くから仕事なんでしょ?それだけ飲んだ後の徹夜あけ勤務は、お勧め出来ないけど?」
そう言う彼女の瞳をジッと見つめた。
アイツの事はともかく、自分の身体を心配してくれていることは確かだろう。この城に来てから出来た友の言葉に、苛立っていた気持ちが少しずつ収まってくる。
「・・・・そうだな。アンヌの言うとおりだ。これを飲んだら、帰るよ。」
出されたグラスを持ち上げながらそう答えると、彼女は嬉しそうに、どこか安心したように笑み返してきた。
そんな些細な反応が、少し嬉しい。
「あんたの酔い方は明るくて良いけどね。明るすぎるのも、どうかと思うわよ。」
鼻に指先を突きつけてそう語る彼女の言葉に苦笑を浮かべつつ、グラスの中身を身体の内側に流し込む。
染み渡る酒の熱さと彼女の心遣いで、顔が緩んでくるのを自覚しながら。
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