日差しの温かい午後。
 シバは、自分の愛用している武器を片手に城の外へと歩いていた。
 少し身体を動かそうと思ったのだ。
 以前敵対していた鉄頭共と手を組んだとは言え、敵がいなくなったわけではない。むしろ、より強い敵が現れたのだ。だから、鍛えないわけには行かない。
「よし。この辺で良いだろう。」
 周りに誰も居ない広場を見つけ、武器を振るう。それだけで、身体に闘志が沸き上がってくるのだから不思議だ。自分は根っからの戦士だと言うことだろうか。
「せいが出ますね。」
 不意にかけられた声に、シバは慌てて背後を振り返った。
 自分とほど近い位置に、鉄頭の一人と思える男が立っているこれ程近くまで来られていたのに少しも気が付かないとは、不覚。
 反省すると共に相手への敵意が沸き上がってくる。こういう、人の隙を付くようなマネをするから、鉄頭は好かないのだ。
「何か用か?」
「別に、用という程のことは無いのですが。」
 ニコリと笑みを返してくる男の顔をジッと見つめながら、シバは相手が誰なのか必死で考えた。
 鉄頭共は、みんな同じ顔をしていて少しも見分けが付かないのだ。
 そんなシバの様子に気が付いているのかいないのか。男は笑みを絶やさずに尋ねてくる。
「もしお暇なら、お手合わせして頂けませんか?」
「うむ。そうだな・・・・・。」
 しばし考える。
 敵対していた鉄頭とは、訓練という状況で剣を交えたことはない。相手の力を計るためにも、これは良い機会だろう。
 この戦いの後、彼等と剣を交える機会が無くなるとは言えないのだから。
「よかろう。相手をしよう。ケンジ殿。」
 そう言うと、ケンジはなにやら変な顔をして寄越した。
 また間違えただろうか。
 首を傾げて相手を見やれば、なにやらブツブツと零している。
「・・・・・何も、あえてケンジ殿と間違えなくても・・・・・。」
「どうした?」
「いえ。何でもありません。ケンジで良いですよ。」
 何か、諦めたようにそうため息を零したケンジは、気を取り直すように顔を上げた。
「それでは、お相手頂きましょうか。」
 そう言って、腰に下げていた剣をスラリと抜き払った。
 構える姿に隙は無く、腕の良さを伺える。
 訓練とはいえ、気を抜くわけには行くまい。
「ああ。いつでも来い。」
 声をかけると、素晴らしい早さで懐に飛び込まれた。
 度肝を抜かれたシバは、避けるのが精一杯だ。
 なんとか最初の一刀を避けたが、体勢を整える前に第二撃がやってくる。武器を振るう間もなく防戦一方の状況に追い込まれ、背中に冷や汗が流れ落ちた。
 これが戦場だったら、間違いなく命が無い。そう思わずにはいられないほどの劣勢だ。
 自分の優位を悟ったのか、ケンジは口元にニヤリと笑みを浮かべてみせる。
「今ここでアナタを再起不能にしたら、それはケンジ殿の罪になるのでしょうかね。」
「な・・・・何を言って・・・・!!」
 鋭い攻撃を交わしながら、問いかける。彼が何を言いたいのかさっぱり分からない。
 答えを求めるように彼の顔に視線を向ければ、思いがけない位に強い殺気がその瞳に込められているのが見て取れた。

 彼は本気だ。

 本気で、自分を攻撃している。
 訓練なんかでは、無い。
 戦士の直感がそう告げていた。だが、どうすることも出来ない。今の自分には、反撃する余地すらないのだ。
「ぐわっ!!」
 よろけかけた足下を払われ、巨体が地面に倒れ伏した。
 慌てて起きあがろうとしたが、それよりも早くケンジの身体が転がる巨体の上にのし掛かってくる。
 スラリとした切れ味の良さそうな剣が、シバののど元を狙うように向けられている。

 殺される。

 そう思ったシバは、恐怖のあまりに身体を凍り付かせた。
 見ていたくないのに、殺気のにじみ出ている瞳から視線を外すことも出来ない。
 馬乗りになるようにしてシバの身体を固定していたケンジは、両手で剣を握り直し、全身に力を入れ始めた。シバの身体を、貫こうとするように。
 外すことの出来ない瞳には、何の迷いも浮かんでいない。自分に対する殺気以外の物は、一切浮かんでいないのだ。その切っ先が真っ直ぐに下ろされるのを見て、シバは自分の死を確信した。
 思わず、瞳を閉じる。
 死ぬ前には過去の出来事が走馬燈の様に走り抜けると言うが、そんな物は少しも思い浮かばない。
 人の言うことなど信用しない方が良いな、と考えたシバの耳元で、固い物が地面に突き刺さる音が響いてきた。
 身体に、痛みは無い。
 恐る恐る瞳を開けると、そこには剣の柄を握り締めたまま、項垂れたように顔を伏せているケンジの姿があった。
「・・・・・ケンジ、殿?」
 思わず声をかける。
 何か、尋常でない空気を感じたのだ。
 その問いかけにビクリと方を振るわせたケンジは、ユラリと顔を起こしてきた。
「・・・・・アナタを殺したところで、何が変わるわけでもない・・・・・。」
 ボソリと呟くケンジの瞳は、シバを見ているようで、何も見ていない。
「・・・・おい・・・・・。」
 声をかけると、先ほど以上に強い殺気の籠もった瞳で睨み付けられた。
 リザートクランの三身戦士である自分が恐怖する事など無いと思っていたのに。こんな、素手で握りつぶす事が出来そうな細身の人間を、自分は本気で恐れている。
 彼の眼差しに。彼の、尋常では無い自分への殺意に。
 その場に固まるシバを睨み付けながら、ケンジは身体の上から立ち上がった。手にしていた剣も鞘にしまい、この戦いが終わったことを行動で示してくる。
 だが、シバは立ち上がることが出来なかった。恐怖に震えた足が、言うことを聞いてくれないのだ。
 そんなシバに、ケンジは睨み付ける視線をそのままに言葉を発してくる。
「自分達だけが被害者だなどと思わないで下さい。我々も、あなた達に多くの同胞を殺された。それでも今は、手を取って戦っている。そうしたくない者だって、大勢いるのに。・・・・・あなた達だけが、その事を我慢しているとは、思わないで頂きたい。」
「な・・・・何を・・・・・・。」
「私は、今すぐにでもあなた達を滅ぼしてやりたいと、本気で思っているんですよ。」
 そう言うと、ケンジは口元だけを笑みの形に変えて見せた。
 それが、逆にシバの恐怖を煽ることになると、分かっているかのように。
 何も答えることの出来ないシバに、ケンジはもう一度射殺さんばかりの視線で睨み付け、流れるような動作でその場から立ち去っていった。
 彼の気配が辺りから消えた後、シバはようやく息を付くことが出来た。
 本気で、死ぬかと思った。いや、彼は本気で自分を殺す気だったのだと思う。そうでなければ、いくつもの戦場を駆けてきた自分が、あれほど恐怖する事も無かっただろうから。
「・・・・ケンジか・・・・・・。」
 恐ろしい男が、鉄頭には居たものだ。
 彼のことだけは、何があっても忘れないで置こう。
 そう思い、彼の顔と名前を胸に刻みつけるシバだった。 
















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