「そういやぁ、糞チビ。お前、携帯持ってるんだってな。」
 何の前触れもなく、ヒル魔が唐突にそう切り出した。
 その言葉に、セナは一瞬返す言葉を見失う。
 話の流れを、と言うか、人の言葉など聞いてはいない人である事は分っているのだが、知り合って間もないセナは彼の会話のテンポに未だ付いていけない。
「おいっ!聞いてんだから、返事くらいしやがれっ!」
「あっ!はいっ!持ってますっ!」
 怒鳴られ、反射的に身体が強ばる。
 最初の頃よりも怖くは無くなったが、刷り込まれた恐怖心はそう簡単に拭い去ることが出来ないのだ。
「ちょっとそれ寄こせ。」
 片手を差出し、自分の携帯を要求してくるヒル魔の言葉に、セナの警戒心が沸き上がる。
「・・・・・・・何する気ですか?」
「良いから寄こせっての。ブッ殺されたいのか?あぁん?」
 己の心を射抜くような強い瞳に睨み付けられたセナは、答える前に慌ててポケットの中を探っていた。
 彼の強い瞳に睨み付けられると、反抗する気など起きないのだ。沸き上がった警戒心など、瞬時に跡形も無くなる。
 取り出した携帯を伸ばされた手に差出しながら、ふと考えた。いまだにまもりと栗田の番号しかない携帯に、いったい何の用があるというのだろうか。
 まさか、まもりに何かをしようと言うのだろうか。
 あり得る。それは大いに。
 阻止したい所だが、身体は意思に反してあっさりと携帯を渡してしまった。歩道橋で不良達に絡まれたときには、守り通せたのに。彼等よりも、ヒル魔の方が怖いと言うことなのか。はたまた、心配するほど酷いことをする人ではないと本能で察知しているからなのか。
 今自分が拒んだところで、彼が知ろうと思えば、まもりの携帯の番号などすぐに調べることが出来るだろうと思ったからか。自分でも良く分からない。その全てである気もする。
 自分の心の動きに困惑しながら、なんとなくヒル魔の行動を目で追った。
 彼の持っている機種とは違うはずなのに、なんの迷いもなくセナの携帯を操作し、自分の携帯に何かを移し込んでいる。
 やはりまもりの番号狙いかと冷や汗を掻いていたセナに、ヒル魔は用済みとばかりに携帯を投げ返してきた。
「ほらよ。」
「うわっ!・・・合図くらいして下さいよ。落としたら、壊れちゃうじゃ無いですか!」
「こんなへなちょこパスくらい、合図無しで受け取れよ。アイシールド21?」
 思わず抗議したセナに向かって、ヒル魔は馬鹿にしたような笑みを浮かべ、小さく鼻を鳴らして見せた。
 その態度が自分の事を、『小早川瀬那』の事を認めていないようで、少し腹が立つ。
 フィールドを走っていない自分は、彼にとってなんの役にも立たないと言われているようで。
 それはそうかも知れない。
 フィールドに立っていない自分など、ただの臆病者なのだ。
 幼稚園の頃からパシリをやらされ、イヤなことでも怖くてイヤと言うことが出来なかった男なのだ。なんでも一人でこなしている雰囲気のあるヒル魔が、自分の事など必要とするわけがない。
 その事を自覚すると、なんだか辛くなってきた。
 何故辛くなるのかは分らないが。
 と、その時。手にしていた携帯が音を上げ、震え始めた。
 慌ててディスプレイを見ると、記憶のない携帯の番号が浮かび上がっている。
 これが噂のワン切りかと思ったが、コールは二三回続いていた。
 ピタリと音が止み、かけ直すべきかと思案していたセナに、ヒル魔が軽い調子で声をかけてくる。
「それが、俺の番号だ。くだらない用事で電話してきやがったら、ただじゃ置かねーからな。」
 かけられた声に慌てて視線を向ければ、ヒル魔はニッと笑いながら携帯を胸ポケットにしまっている。
 本当に、彼の番号なのだろうか。
 彼が、自分に番号を教えてくれたのだろうか。
 何故か震える指先で、未だにディスプレイに残る着信番号をなぞってみた。
 見覚えのない、11桁の数字。それが、この世で一番大事な物のような気がしてくる。
 誘われるように未だに慣れない機械を操作し、キィを押す。
 彼の元に自分の声が届くのか、確かめたくて。
 自分の声が、彼の元に届くのか、確かめたくて。
 すぐに反応は返ってきた。彼の胸元から音が鳴り、慣れた手つきでそれを取りだした彼は、画面を見た途端にその鋭い顔を更に鋭い物へと変化させていく。
「てめーっ!この、糞チビ!!くだらない事でかけてくるなって言ったばかりだろうがっ!」
「すっ!すいません!本当かどうか、確かめたくてっ!!」
 遠慮無く足蹴にしてくるヒル魔の攻撃をくらいながらも、何故か嬉しくなってくる。蹴られて嬉しいと思うなんて、自分はどこかおかしいのかも知れない。だが、悪い気はしないのだ。
 ヒル魔の攻撃は、不良共にされた攻撃とは、違う。何がどう違うのか、自分でも良く分らないけれど。
「ニヤニヤしてんじゃねーぞっ!この糞チビっ!」
 かけられる暴力的な言葉も、昔ほど怖くはない。
 それが何故なのか。
 人生経験の浅いセナには、自分の心の内が良く分らなかった。

















こんな番号の教え方しないでしょうが。






                                    







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