探しているわけでもないのに、彼の姿はいつも司会の端に引っ掛かる。
 今も、任務から帰って来たばかりのボルスの視界に、彼の姿が飛び込んで来た。
 自分を待っていたわけではないだろう。そんな事は分かっている。しかし、帰ってすぐにそね姿を見る事が出来たのは、嬉しい嬉しいのだが、ボルスの顔には不機嫌そうに歪んで行った。
 馬を番のものに引き渡し、ボルスは足音も荒く彼の元へと歩を勧めた。
「パーシヴァル。」
 少し尖った声になった呼び掛けに、彼は視線を寄越して来た。
「ボルス卿。帰られたのですか」
 ニコリと微笑まれ、鼓動が大きく跳ね上がったのを感じる。
 何を男相手に、と心の中で自分を叱りつつ、パーシヴァルの顔をギッと睨み付けた。
「こんなところで何をやっているんだ、お前は。」
「なにと言われても・・ご覧の様にー御婦人方とお話をしているのですが?」
「仕事はどうしたのだと聞いているんだ!」
 軽く交わされた気がして、ボルスは思わず怒鳴りつけた。
 その迫力に、パーシヴァルの周りに群がっていた女性達から小さな悲鳴が漏れたが、その事に気づきもしないで、ボルスはさらに怒鳴り続けた。
「だいたい、お前は普段からちゃらちゃらしすぎだ!騎士として、もっと規律正しく出来ないのか!」
 ボルスの怒りに、パーシヴァルはただ微笑み返してくるのみで、何も言い返そうとしてこない。
 そんなパーシヴァルの態度にさらに怒りが増し、口を開こうとしたところを群がっていた女性の一人に止められた。
「パーシヴァル様は悪くないんです!私達が御迷惑になることを考えないで話込んでしまったからいけないんです。パーシヴァル様を攻めないでください!」
「そうです!優しくしていただけることに甘えた私たちが悪いんです!」
 一人が口を開くと、彼女達は口々に騒ぎ始めた。
 女性の扱いが苦手なボルスには、この状況をどう対処して良いのか分からない。
「わ・・分かった。もう怒らないから、そう騒がないでくれ!」
 オロオロしながら叫んでも、彼女達は納得してくれる様子もない。
 困惑しきったボルスに、今まで傍観していたパーシヴァルが助け船を出してくれた。
「そうボルス卿を攻めないでください。彼は、職務に忠実なだけなのですから。」
 優しく微笑みながら一人一人に視線を向けるパーシヴァルの言葉に、皆顔を赤くして声をのんだ。
「では、そろそろ戻らないといけない時間ですので失礼させていただきます。ボルス卿」
「え?あ、ああ。」
 なんだか分からないうちに話を済ませ、さっさと歩きだしてしまったパーシヴァルの後を、ボルスは慌てて追いかけた。
 隣に並ぶと、彼が小さく微笑む気配に気が付いた。
「なんだ?」
 笑いの意味が気になり視線を向けると、彼は楽しそうにその瞳を細めて見せる。
「あんな態度では、嫌われてしまいますよ。」
「・・・・何のことだ?」
 唐突な言葉の意味が分からず、訝しげに眉を寄せると、パーシヴァルはニッコリという音が聞こえそうなほどわざとらしい笑みをその顔に浮かべた。
「目当ての女性が、私と話していて嫉妬していたのでしょう?お気持ちは分かりますが、あの態度では、相手を怖がらせるだけです。逆効果ですよ。」
「なっっ・・・・!誰がそんなことを言った!俺は、城門付近で女とイチャイチャ話をしているなど、騎士団の風紀を乱す行為だと・・・・!」
 パーシヴァルの言葉を否定する言葉を叫んだが、それはごまかしだと取られたのだろうか。彼は薄く微笑みながら、急に顔を近づけてきた。
「な・・・なんだ!?」
 急速に縮まった距離に心臓が激しく脈打つ。
 そんなボルスの動揺を知ってか知らずか、パーシヴァルは距離を保ったまま語りかけてくる。
「黙って経っていれば見栄えがするのですよ?・・・勿体ない。」
「・・・・・何がだ?」
「あなたの容姿に引かれる女性は多い。けれど、声をかけて来ることは、滅多にない。」
「・・だから、なんだ。」
 図星をさされ、かなりおもしろく無い。むっと睨み返すと、パーシヴァルはそれまで浮かべていた笑みをスイッチが切り替わった様に突然引っ込めた。
「もっと肩の力を抜いた方がいいですよ。騎士でいるのも大事ですが、人でいる時間を作らないと。」
 思いかけない真剣な眼差しに、ボルスは小さく息を飲んだ
「・・まぁ、あなたには必要のない事かもしれないですが。」
 妙にさばざばした顔で続けられた言葉に、ボルスは眉を潜める。
「・・・・何かあったのか?」
「べつに何もありませんが?」
「・・・・そうか。」
 いつも態度を崩さない彼の変調が気に掛かり声をかけたのだが、逆に不思議そうな顔をされてしまった。何もないわけが無いとは思うのだが、本人がそう言うなら仕方ない。
 問いただしたい気持ちを飲み込んだボルスに、パーシヴァルはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて寄越した。
「何だったら、後腐れのない女性を紹介して差し上げましょうか?失敗が許される若さのうちに、色々経験しておいた方が良いと思いますよ?」
「・・・っ!余計なお世話だ!」
 経験下手を指摘されたようで、ボルスの顔に朱色が差す。その反応を予想していたかのようなパーシヴァルの微笑みに、ボルスの頭はかっとなった。
 どうにかして、彼に一泡吹かせてやりたい。
 どれだけ騒ごうと、怒鳴ろうと、それは彼の想像の範囲内でのことだろう。自分は彼の行動を予測出来ないのに、彼は自分の行動を容易に予測してくる。
 では、彼が予測出来ない、自分らしくない行動とは、どう言ったものなのだろうか。
 僅かに前方を歩くパーシヴァルの背中を睨み付けながら考え込んでいたボルスの頭に、一つの名案が浮かび上がった。
「パーシヴァル。」
 名を呼ぶと、彼は何の警戒心もなく振り返ってきた。その彼の腕を引き、他からの視界になるような壁際に引っ張り込む。
 何事か問い返そう開きかけた唇を、ボルスは自分の唇を押しつける事で妨害した。
 予想もしなかったのだろう。口づけながらその表情を窺うと、いつも薄い笑みを見せている彼の顔に驚きの色が浮かんでいた。
 その事に満足して拘束していたパーシヴァルを解放しようとしたボルスだったが、今度は逆に腕を取られ、自分が仕掛けた口づけよりも深い、官能を呼び起こすような口づけを仕掛けられてしまった。
「・・・・っ!」
 慌てて引き離そうとするが、素早く首筋を捕まれ、引き離すことも出来ない。
 こうなればやけだと、開き直ったボルスは握られた主導権を奪い返すようにパーシヴァルの身体を引き寄せた。
 口内でうごめく舌に己のそれを絡みつかせ、自分の口腔に進入してこようとするそれを甘く噛む。嫌がるように逃げる舌を追いかけ、何度も絡め合わせた。
 どれくらいの時間戯れていたのか。
 パーシヴァルにやんわりと身体を引き離されたところで、ボルスはやっと正気に返った。
「あ・・・・・。」
 自分のしたことに顔が真っ赤になる。
 何故男相手にあんな事をしたのか。
 しかも、一番気にくわないと思っている、この男と。
 何か言い訳しなければと頭をぐるぐるさせているボルスをあざ笑うかのように鼻を鳴らせたパーシヴァルは、口づけの余韻で赤く色づく唇をぬぐいながら声をかけてきた。
「もう少し修行を積まないと、女性を喜ばせる事は出来ないと思いますよ?」
「う・・・うるさい!」
「なんだったら、そう言った手ほどきをしてくれる方をご紹介しますが?」
「余計なお世話だ!」
 ニヤニヤと笑いかけてくるパーシヴァルに対し、沸々と怒りが沸き上がってくる。
 馬鹿にされたままだと、レッドラム家の名が泣く。
「今に見ていろ!お前の力なんか借りずとも、お前をギャフンと言わせる位のテクニックを身につけてやる!」
 ビシッと指先を突きつけるボルスの態度にも、パーシヴァルは気にした風もない。
「それは楽しみですね。その時は、いつでもどうぞ。」
 軽く流され、怒りが倍増する。
 いつも変わらぬ笑みを浮かべた顔をきつく睨み付けたボルスは、足音も荒く城内を進んでいった。
 パーシヴァルが後を追ってくる気配はない。
 その事にホッとしながらも、何となく面白くないモノも感じる。
「・・・・何なんだ、俺は。」
 思わず言葉がこぼれ落ちる。
 何故、彼に対してここまでムキになるのか。
 気に入らないのなら、放って置けば良いことなのに。
 そうは思うが、放っては置けない。瞳が、彼の姿を追ってしまうのだ。
「・・・今に見てろよ。」
 とりあえず、リベンジに向け闘志を燃やすボルスだった。
 その思いが、どこから来るのか考えもせずに。


















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キミへの思い