目を覚ますと、いつものようにパーシヴァルの支度は既に整っていた。
いったい何時間寝ているのか不思議なくらい、彼が眠っている姿を見るのは希なことだ。
夜はボルスより遅く、朝はボルスより早い。決してボルスが早く寝ているわけでも、遅く起きている分けでもないのだが。
「いつも早いな。」
欠伸をかみ殺しながらそう声をかけると、いつも笑顔で挨拶を返してくるパーシヴァルが、珍しく顔を上げない。
どうしたのかと首を傾げながらベットから起きあがり、イスに腰掛けている彼の元へと歩を進めた。
「パーシヴァル?何かあったのか?」
問いかけると、やたらと不機嫌そうな顔を向けられた。その表情に思わず腰が引ける。
そして、自分が昨夜何かしただろうかと記憶を探ってみたが、彼を怒らせるような事をした記憶がさっぱり浮かんでこない。
「・・・・・別に、何もない。」
「そうか?・・・・なら、良いのだが・・・・・。」
不機嫌も露わなその声音に冷や汗が伝い落ちる。何も言って返さないときほど彼の怒りが大きいことは、経験上分っているのだ。いったい何が原因なのだろうか。
昨夜は、彼とそう言う行為に至っては居ない。しつこく迫ってもいないし、そもそもその行為を仄めかすような事さえ口にしてはいない。極めて友好的に床についたと思っていたのだが、それは自分の気のせいだったのだろうか。
思い悩んで立ちつくしているボルスの様子にチラリを視線を向けてきたパーシヴァルは、深く息を吐き出し、不愉快そうな視線を投げかけて来た。
「良いから、お前もさっさと用意をしろ。今日は俺と訓練指導をするんだろ。」
「あ、ああ。」
有無を言わさぬ迫力に、慌てて頷き寝間着を脱ぎ捨てていく。
その合間にチラリとパーシヴァルの様子を窺えば、彼は、彼にしては珍しい仏頂面で床を睨み付けていた。
「・・・・・・何なんだ・・・?いったい・・・・。」
彼の不機嫌の原因が自分のせいなのか。
それすらも分らないボルスだった。
ここ最近、志願兵も増えてきた。それは良い。戦力が増えれば、その分戦いの幅が広がる。とは言え、素人の志願兵が増えるとそれを訓練する仕事が格段に増えてくる。
剣術の訓練の指導は、その殆どが騎士団の仕事となっている。素人にクセの強い傭兵の指導を受けさせる事も出来ないし、独特の動きをするグラスランドの民達に任せるわけにも行かないのだ。
細かい指導は騎士団の下級騎士に任せることも出来るが、訓練全体の統括は六騎士達の仕事と、いつの間にやら決まっていた。そうなると、若いボルスやパーシヴァルに仕事が回ってくる確率が高くなるという物。ここ最近、ボルスは毎日剣の指導に明け暮れていた。
「よしっ!そこまでっ!」
広い訓練場の中に、パーシヴァルの通りの良い声が響き渡った。その声に、訓練をしていた兵達からホッとため息が漏れ聞こえてくる。
午前と午後。
二回に分けて行われた兵力アップを図る剣術の訓練もこれで終わりだ。大した事をしているわけでもないが、素人には慣れない剣を握るだけでも疲れるのだろう。あちこちでため息が漏れるのも仕方のないことだ。
彼等の様子に苦笑を浮かべつつ、ボルスは志願兵達に稽古を付けていた騎士となにやら話し込んでいるパーシヴァルへと視線を向けた。
この後、自分にもパーシヴァルにも仕事は無い。朝、これ以上ないくらい不機嫌そうだったパーシヴァルだったが、訓練に出てからはいつも通り始終笑顔を浮かべていた。機嫌が治ったのだろう。
とはいえ、油断は出来ない。彼の怒りのスイッチがどこにあるのか、ボルスには未だに良く分らないのだ。
ここは一つ、ご機嫌取りをしておこう。そう考えたボルスは、パーシヴァルへと近づいていった。近づくにつれ、騎士とパーシヴァルの会話が聞こえてくる。
「あなたは、この後何か予定がありますか?」
「いいえ。とくに用事はありませんが。何か?」
仕事を言いつけられると思ったのか、パーシヴァルに相対している騎士の身体に緊張が走ったのが分った。
なんの話をしているのだろうかと訝しみながら近づくボルスの耳に、パーシヴァルの声が届く。
「では、私と手合わせしてみませんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・えっ!!」
言われたことが一瞬分らなかったのだろう。
騎士はしばらくの間呆然とし、驚いたように声を上げていた。
「ほ・・・・、本当でありますかっ!わ・・・・私なんかが、パパパパパ、パーシヴァル様と、けっけけけけ、剣を・・・・っ!」
「・・・・・イヤなら良いのですが。」
「イイイイイ、イヤなんてそんなっ!こっ光栄でありますっ!是非っ、お願い致しますっ!」
騎士は、身体を強ばらせながら深く頭を下げている。
その様を見て、パーシヴァルは、面白がるような笑みを浮かべていた。
「そんなに身体を硬くしていたら、一本取れる物も取れませんよ。」
「あ・・・・、はいっ!申し訳ありませんっ!」
「では、構えて下さい。」
ニコニコと語りかけるパーシヴァルの様子に、声をかけるタイミングを失ってしまった。
なんだろう。何か、おかしい気がするのだが。
そもそも、パーシヴァルがこんな風に誰かを手合わせに誘う姿など、今まで見たことがない。少なくても、ボルスは。だから、自分から見たら大した腕もなさそうな騎士を手合わせに誘っている時点でおかしいのだが、それだけではなく、何かがおかしいと思う。
それとも、ボルスには相手に騎士の力量が推し量れなかっただけで、本当は腕の立つ騎士なのかもしれない。そう思ってジッと観察したが、パーシヴァルが興味を抱くほどその騎士の腕が立つとは思えないのだ。
いったいこれは、何事なのだろうか。
止めようかと思ったが、パーシヴァルは上機嫌だし、騎士は嬉しさのあまりに脳みそが沸いている様子だ。周りにいる者も、このいきなり始まった出来事に興味津々の様子なので、ここで止めるわけにも行かない。
「・・・・・なんなんだ?今日のお前は。」
小さく言葉を漏らしながら、ボルスは仕方なく二人の様子を見守ることに決めた。
扱う武器は訓練に使う模擬刀だ。打ち身くらいは作れても、それ以上の大怪我をする事は無いだろう。そう思うから、ここは一歩引いておく。
多くの観衆が見守る中、二人の試合が始まった。予想通り、騎士の腕は大した物ではなく、パーシヴァルは余裕でその剣先をあしらっている。
どんな攻撃でも軽く受け流す彼の戦い方は、自分でも一撃決めることに手を焼くのだ。あんな騎士にパーシヴァルから一本取れるはずもない。
勝敗はあっさり決まった。実力差から考えれば当然の結果だが、それでも相手の騎士は嬉しそうに頭を下げている。
そんな彼に優しく声をかけ、欠点を指摘しているパーシヴァルに声をかけようとした瞬間、周りにいる騎士達が騒ぎ出した。
「パーシヴァル様っ!今度は、私とお願いしますっ!」
「いえっ!わたしとっ!」
次々と名乗りを上げる騎士達の様子に驚いたような顔をしたパーシヴァルだったが、すぐにその端正な顔を苦笑の形に変え、小さく頷きを返してみせる。
「良いですよ。順番にどうぞ。」
「おいっ!パーシヴァルっ!」
剣を納めようとしない彼の様子に焦れたボルスが声を荒げて近寄ると、さっきまで上機嫌だった彼の顔が一気に曇っていく。
「・・・・・なんだ?」
「なんだじゃない。どう言うつもりだ。」
「別に何も。騎士達の腕を直接確かめるのも、仕事の内だろう?」
「それはそうかも知れないが・・・・。」
「良いから下がっていろ。これは、俺が好きでやっていることだ。お前にとやかく言われる筋合いはない。」
そうキッパリ言い切られては、ボルスにかける言葉はない。それでも彼の様子が心配で、試合をする彼の姿から目を離すことが出来なかった。
別に彼の腕を信用していないわけではない。あの程度の騎士の十人や二十人を相手にしたところで、パーシヴァルが遅れを取るとは思ってもいない。
だが、今日のパーシヴァルがどこかおかしいと思う気持ちがぬぐい去れないのだ。だから、目を離すことが出来なかった。
「あらら〜。」
不意に傍らから声が聞こえた。慌てて振り返れば、そこには鍬を担いだままのバーツが立っている。
彼がこんな所に来るのは珍しい。日が落ちるまで、ずっと自分の畑に居座っている男が、訓練場まで足を運んだ事など、今まで無かったのではないだろうか。
「・・・・何しに来たんだ?」
いったい何事だろうかと訝しみつつ、彼を相対するときには自然ときつくなってしまう声音で問いかければ、彼は微かに笑みを浮かべながら言葉を返してきた。
「うん?・・・・・・パーシヴァルの仕事振りを見に来たんだけど・・・・。随分と楽しそうなことしてんだな。」
「・・・・べつに、何も楽しくは無いだろう。たかが試合だ。」
「そう?・・・・・でも、そろそろ止めないと、アレだよなぁ・・・・。」
「アレってなんだ?」
どこか困ったように苦笑を浮かべる彼の様子に引っかかりを覚えて問い返すと、彼はニッと笑うだけで答えてはくれなかった。
なんとなく、面白くない。
「おや。なかなか面白いことをしているんだね。」
「フッチ殿。」
新たに現れた人物に視線を向ける。
パーティを組むこともそう無くて今まで疎遠にしている所があったのだが、最近パーシヴァルと共にいる姿を良く見かける男だ。
「あれは、ぼくでも相手をして貰えるのかな?」
「さぁ・・・・どうでしょうか。俺にも、あいつが何を考えてあんな事を始めたのか分らないもので・・・・・。」
親しげに声をかけてくる男は、真面目そうな好青年に見える。そう見えるのに、気に入らないと思ってしまうのは何故だろうか。
そんな気持ちを押し隠すように彼の問いに答えれば、その言葉にバーツが返事を返して来た。
「そんなの、決まってるじゃん。」
パーシヴァルの事は全て分っていると言いたげなその態度にカチンと来る。フッチの登場で一瞬バーツの事が頭の隅に追いやられていたが、やはりこいつが一番気にくわない。
とはいえ、彼の言葉は大層気になる。パーシヴァルの事を良く知る男の言葉だけに。
「・・・・なんだ?」
「やりたかったから、やってんの。」
「・・・・・・・・何を言っているんだ。貴様。そんな単純な理由で動く男では無いだろう。あの男は。」
そう言い返すと、バーツはニヤニヤと笑みを返してきた。その瞳に、自分の事を馬鹿にするような光を映して。
「分ってないよな。兄ちゃんは。」
「なんだとっ!貴様っ!」
やはり気に入らない。一度本気でやり合うべきかと一気に怒りが頂点に達したボルスの事など構いもせず、バーツはフッチへと視線を向け直した。
「・・・・まぁ、そんなわけだから、あんた位強そうなヤツとだったら、喜んで闘ってくれると思うぜ?」
顔を見上げながらの言葉に、言われたフッチは嬉しそうに頷きを返している。
「そうか。なら、次は立候補してみようかな。」
「そうしてくれると、助かるな。」
バーツの呟きに、ボルスもフッチも首を傾げた。
何故、バーツが助かるのだろうか。
不思議に思ってジッとバーツの顔を見つめていると、彼は困ったように顔を歪めるばかりで答えをくれない。こうなると、彼は絶対に何も言わないだろう。分りたくもないのに、そんなことが分る自分がイヤになるが。
答えを貰うことを諦め、視線をパーシヴァルに戻せば、丁度彼が相対していた騎士から一本取ったところだった。
「じゃあ、次はぼくが相手をするよ。」
「フッチ殿。」
周りの騎士を押しのけて前に進み出るフッチの姿を目に留めたパーシヴァルは、どことなく嬉しそうに顔を輝かせた。
それが気に入らなくてムッと顔を歪ませれば隣にいたバーツに小さく笑われ、余計に腹が立った。
「これは光栄ですね。竜洞騎士団の方と手合わせ出来るなんて。」
「そんなこと、関係ないよ。竜洞騎士団なんてたいそうな名前が付いてるけど、ただ竜に乗ってるってだけだし。剣の腕にはたいした違いがない。」
苦笑を返しながら、フッチは周りにいた騎士から模擬刀を受け取った。そんなフッチに、パーシヴァルが確認を取るように言葉をかけた。
「使い慣れてない武器ですが、こちらも体力が減っているので。ハンデと考えて頂けますか?」
「構わないよ。じゃあ、いこうか。」
「ええ。いつでも。」
パーシヴァルが頷くのと同時にフッチが身を躍らせた。
その身体からは信じられないような早さでパーシヴァルの懐に飛び込み、剣を横に振り切る。
パーシヴァルはそんなフッチの動きを読んでいたのだろう。少しも動揺を見せずに後方に身体を倒し、その剣筋を避けてみせる。
避けられることなど予測済みだと言いたげに、次々と攻撃を繰り出すフッチの動きを冷静に見分けながら、パーシヴァルは攻撃もせずただフッチの剣を交わしている。
その様子は、はたから見れば押されている様に見えるのだが、決してそんなことはない。初めて相対する相手の攻撃を初めのうちは避けるだけに止め、その剣筋を見極めてから攻撃に入るのは、パーシヴァルのスタイルなのだ。
現に、彼の口元には楽しげな笑みが浮かんでいる。
「・・・・では、そろそろこちらからも行きましょうか。」
ニヤリと口元の笑みを深くしたパーシヴァルは、突き入れられた剣を払い、素早く懐に飛び込んだ。
そのスピードは攻撃を避けたときよりも速く、フッチの対応が一瞬遅れる。
だが、彼も多くの戦場を駆け抜けた者だ。冷静に剣筋を見つめ、突き入れられた剣先をすんでの所でかわして見せた。それでも体勢は崩れる。
その隙を付くように襲ってくる剣先を飛ぶように逃れ、パーシヴァルとの距離を大きく取った。
「・・・・・なかなか、やりますね。」
「そう言う君こそ。」
ニコリと笑い会う二人の様子に、息を詰めて事の成り行きを見守っていた観戦者達がホッと息と吐いた。
「・・・・・あの人、なかなかやるモンだな。」
「ああ。パーシヴァルに負けてない。体力が余っている分、フッチ殿に分があるな。」
感心した様なバーツの呟きに、思わず言葉を返していた。
お互いに、力を出し切っているわけではないのは、見て取れる。まだ、様子見の状況だ。それでも、見ているこちらの血が沸き立つような試合だ。
「・・・・俺も、やりたくなってきたな・・・・・。」
「その気持ちは分るけど、また今度の機会にしてやってよ。」
バーツの言葉に、剣を打ち合わせる二人に向けていた視線を思わず傍らの男へと移していた。
そして、僅かに息を飲む。
その瞳が、いつもの朗らかな光を放っていなかったから。
「・・・・なんでだ?」
思いがけない真剣な瞳に、一瞬言葉を失いながらも問いかける。
すると彼は、前を見つめ、瞳の色を変えないまま、口元にだけ小さく笑みを浮かべて返した。
「そろそろ、限界だろ。あいつ。」
「・・・・・え?」
何のことだと問い返すのと同時に、周りからどよめきが沸き上がった。
何事だと視線を向ければ、フッチが地面に片膝を付いていた。
「あ〜あ。あんな事しちゃって・・・・・。評判落ちても知らないぞ?」
バーツの呟きに、ボルスは首を捻るばかりだ。
いったい何があったというのか。視線を二人に向けると、フッチが驚いたように目を見開いている。
「・・・・・そう言う攻撃は、有りなのかい?君たちの騎士団では。」
「無いでしょうね。あなたが強いから、いけないのですよ!」
そう言いながら、立ち上がりかけたフッチに突っ込んでいく。
「ちょっ!それは卑怯だって!」
「戦場に、卑怯も何もないでしょう?」
「それはそうだけど・・・・っ!
慌てて身を起こし、剣を構えるフッチにパーシヴァルが躍りかかっていく。
フッチは防御の態勢に入れていないとは言え、筋力にものを言わせて振り下ろされた剣をなんとか受け止めていた。そして、そのまま鍔迫り合いの格好に持ち込んだフッチは、叫ぶようにパーシヴァルに声をかけている。
「騎士道精神は、どうしたのさっ!」
「そんなもの、元から持ち合わせてはいませんよっ!」
そう叫びながら行われたパーシヴァルの行動に、ボルスは思わず我が目を疑った。
力では勝てないと思ったのだろうパーシヴァルが迫り合いから逃れるために行った行動は、いつも冷静だと言われる、その太刀筋が綺麗だと評判の、『疾風の騎士』と呼ばれる彼らしくもないこと。
パーシヴァルは、目の前にいるフッチの腹を思いっきり蹴りつけたのだ。
「うわっ!」
一瞬自分の体勢を不安定にさせる攻撃なのだが、効果はあったらしい。
腹に防具を付けていないフッチは、その衝撃に驚いたように身を離し、再び距離を置いてくる。
「・・・・だから、そう言うことは卑怯だって言ってるだろうっ!」
「勝てば官軍、ですよ。」
ニヤリと笑むパーシヴァルの顔には、罪悪感など微塵も伺えない。
あんな、騎士道を無視した戦いをするような男では無いはずなのだが、今は嬉々として行っている様に見える。
「・・・・どうしたんだ?あいつは・・・・。」
思わずそう零したボルスの言葉に、傍らのバーツが深いため息を吐いてくる。
「だから、限界だって言ってるんだよ。」
「だから、何が限界だと・・・・・おいっ!」
ボルスの問いに答えようともせず、バーツは鍬を担いだまま、再び剣を打ち合わせた二人の元へと歩を進めていく。
その姿には何の気負いも見えない。誰もが息を飲んで見守る試合場へ足を踏み入れる者とは、思えないほど。
「どうして真っ向から闘おうとしないんだっ!」
「そんな事をしたら、負けるのが分かり切っているでしょう?」
「だからって・・・・。ただの訓練じゃないかっ!」
「負けることは、嫌いなんですよ。 どんな時でもね!」
「はいはーい。そこまでにしよう。お二人さん。」
振り下ろされた二本の剣を鍬一つではじき飛ばしながら、緊張感の抜けた声でバーツがそう声をかける。
飛ばされた剣が地面に転がっていく様を呆然と見送っていたパーシヴァルだったが、すぐにバーツへと視線を向けた。
「何をするんだ。バーツ。良いところだと言うのに。」
「はいはい。悪かったね。だけど、そろそろドクターストップの時間なんだよね。これが。」
「ドクターストップ?」
「そう。」
フッチの問いかけに軽く頷いたバーツは、面白く無さそうな顔をしているパーシヴァルの首筋に腕を伸ばし、強引に自分の方へと引き寄せた。
そして、自分の額とパーシヴァルの額をくっつける。
「・・・・・・・ホント、馬鹿だよなぁ。パーシヴァルは。」
「五月蠅いよ。ほっとけ。」
ふて腐れたようにそう返しながらも、パーシヴァルはバーツの腕を振り払おうとはしない。
事の成り行きを呆然と見つめていたボルスだったが、ようやく我に返り、三人の元へと小走りに駆け寄った。
「なんだ?いったい何事だ?」
「なぁ、兄ちゃん。パーシヴァルの仕事ってもう終わりなんだろう?」
「あ、ああ。そうだが・・・・・それが?」
「じゃあ、さっさと帰るか。今日は俺が旨いモンを作ってやるから、ゆっくり休め。」
そう言いながら額をぴしぴしと叩くバーツに、パーシヴァルは顔を歪めるだけで文句は言わない。
ボルスには、何がなんだか分らなかった。
「いったい何だって言うんだ?」
「ドクターストップと言っていたけど・・・・・。」
こちらも状況を把握していない様子のフッチがボソリと言葉を零してくる。その言葉に一瞬顔をフッチへと向けたボルスだったが、すぐにバーツに向け直し、睨みつけるような視線で問いかけた。
「ドクターストップ?どういう事だ?」
「読んで字の如く。んじゃ、後のことよろしく。」
ニコッと笑い返すバーツの顔には、一点の曇りもない。
そんなバーツの様子に小さく舌打ちしながらも、パーシヴァルは大人しくバーツの後に付いていった。
「・・・・・何だったんだろうか。」
「・・・・・さぁ。俺には、さっぱりわかりません。」
呆然と事の成り行きを見送っていたのは、フッチとボルスだけではない。観戦者全員が目を白黒させている。
いちゃつくように語り合いながら去っていく二人の後ろ姿に、嫉妬の炎が沸き起こってくる。
やはり、あの男は気に入らない。
何もかも分ったような顔をしやがって。
「・・・・なんだんだ、彼は。」
どこか不機嫌そうな声音に視線をフッチの方へ向けると、彼もまたバーツの後ろ姿を睨み付けていた。
「パーシヴァルの古い知り合いらしいです。俺も、良く知らないのですが。」
「・・・・そうか。・・・・・要注意だな。彼は。」
「そうですね。」
自分の胸の内と同じ言葉を発する彼に、同意を示すよう頷いた。
彼が何故、バーツの事を気にするのか。少しも考えないで。
ボルスの敵は、今のところバーツ一人に絞られていた。
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