その攻撃を食らった時、「あ、マズイ」と思った。
 初めて遭遇したモンスターだったのだが、何となく。その攻撃には特殊な効果が伴っているだろうなと、直感したので。
 だが、その時は何ともなかった。身体のどこにも不調を感じなかった。だから、自分の勘が外れた事に首を傾げつつもまぁ良かったなと、思ったのだ。
 が。
 やはり自分の勘は正しかったようだ。
 それを覚ったのは、たった今。
 丁度ビクトールが遠征に出ていて自分の前で馬鹿をやらかす人間が居なかったために、今まで気付かなかった。ビクトールが居なければ、ソレは日常生活にはまったく必要の無いモノだから。
 まぁ、それは言い訳に過ぎないだろう。自分の身体の状態をもっとよく観察していたら気付いていたであろう事だから。と言うか、何となく変だなとは思っていたのだ。妙な息苦しさを感じていたから。身の内が乾ききっているような不快感があったから。その不快感に日々苛立ちがましていた。そんな自覚症状を重要視せず無視してしまったのは、自分の落ち度だ。昔の自分ならすぐに気付いていたかも知れないことだし。
 気が抜けていたのかも知れない。状況を気にせずのんびりと構えている周りの人間達の影響で。
「ちょっと、気合いを入れ直さないといけないな。」
 胸の内でそう呟いた。
 モンスターの一撃をモロに食らって、己の身体を宙に飛ばしている状態で。
「フリックさんっ!!!」
 チッチの悲鳴にも似た叫び声とほぼ同時に、宙を飛んでいた身体が動きを止めた。
 背後に立っていた大きな木の幹に身体を強打したことにによって。
「・・・・・・・ぐっ!」
 その強い衝撃に、小さく息を飲む。ミシリと嫌な音が身の内から聞えたのは、肋骨が数本折れたからだろうか。
 ドサリと身体が地面に落ちる。受け身は取ったが衝撃は殺しきれず、その衝撃に身の内から激痛が沸き起こった。苦悶の声が漏れそうになるのを歯を食いしばって飲み込む。そして、ゆっくりと身を起こした。
 脳しんとうを起こしているらしく、頭がくらくらする。肋骨の痛みは無視出来ても、いつものように素早く動くことは出来ない。それでもなんとか気持ちを引き締めて武器を構え直し、敵の攻撃に備えた。
 それと同時に、モンスターの太い尻尾が襲いかかってきた。今度はその攻撃を己の身体ではなく、構えた武器で受け止める。とは言え、衝撃は相当なモノだった。身の内を嫌な痛みが駆け抜けたが、それは意識の外に排除する。
 モンスターの尻尾を受け止めた剣を握る手に力を込め、押し返す。その尾を断ち切る勢いで。
 渾身の力を込めたからか、フリックの望み通りにモンスターの尾が分断された。その途端、断面から生臭くて鉄臭い匂いを放つ血液が噴き出した。その迸る血液を全身に浴びながらも、フリックは素早く地を蹴り、モンスターの懐に飛び込んでいく。そして、痛みに悶えるモンスターの腹に細身の剣を根本まで突き入れ、力任せに横に引いた。
 甲高い悲鳴が、辺りに響き渡る。
 致命傷を負ったモンスターがなりふり構わぬ様子で両腕を、分断されて先が無くなった尾を振り回す。その攻撃を身軽に避けながらモンスターとの距離を取ったフリックと入れ替わるように、他の仲間達がモンスターへと斬りかかっていった。
 モンスターの悲鳴が一層高くなる。その声を聞きながら、反撃の手が緩くなっていくモンスターの姿を見つめながら、フリックはホッと息を吐いた。
「・・・・・・・・なんとか、なりそうだな・・・・・・・・・・」
 勝機はこちらにある。最初は手こずり手傷を負わされたが、これ以上被害を与えられることなくこの場を切り抜けられるだろう。そう確信したフリックは、己の左手をゆっくりと持ち上げた。そして、唱え慣れた詠唱を口に上らせてみる。
 だが、慣れた力のうねりを身の内に感じず、迸るはずの光は沸き上がらない。現われるはずの効果も。
 もう一度、詠唱を口にする。今度は先程よりもゆっくりと、一言一句確かめるように、噛みしめるようにしながら。
 だがやはり、起きるはずの現象が起きない。
「・・・・・・・やっぱりな・・・・・・・・・・・」
 小さく呟き、深々と息を吐き出した。そして、見つめていた左手で己の顔面を覆う。
「参った・・・・・・・・・・」
 グシャリと前髪を掴む。こんなことは初めてなので、どう対処していいのか分からない。回復呪文でどうにかなる範囲の事では無さそうなので。
「どうするかな・・・・・・・・・・・」
 低く呻いたフリックは、左手で前髪を握りしめたままガクリと肩を落とし、僅かに顔を俯かせた。
 あるはずのモノが身の内に全くなくなっているのを確認して。
 フリックの身の内には、欠片ほどの魔力も存在していなかった。












「ツッ・・・・・・・・・・・」
 自室に戻って装備を外し、全身に浴びたモンスターの体液を流すために風呂場でザッと身体を洗ってから再度自室に足を踏みいれたフリックは、ベッドに横になった途端小さくうめき声を漏らした。
 折れた肋骨は内臓に達していないようだが、痛い事には変わりない。
 万能ではない紋章の力は骨折を綺麗に治す事は出来ない。せいぜい痛みを緩和させるくらいだから、戦闘後にチッチに怪我のことを口にしては居ない。チッチに言っていないのだから、医務室にも赴いていない。医務室に行った所で、肋骨はギブスをする事も出来ないので治療方法などないのだから、行くだけ無駄だと判断したのだ。
「しくじったな・・・・・・・・・・・」
 胸の内から沸き上がってくる痛みに、眉間に深い皺を刻み込みながら小さく呟く。
 出るはずの紋章の力が発動しなかったことに驚き、一瞬だけ作ってしまった隙を突かれて陥った今の状況がふがいなくて。
「俺も甘くなったもんだ・・・・・・・・・・・」
 昔だったらこんな失態しなかっただろうから。
 怪我が治ったら身も心も鍛え治さないとマズイだろう。案外居心地が悪くないここの生活に慣れきってしまったら、元に戻れなくなってしまうから。いや、慣れきることなど、無いだろうが。それでも念には念を入れておかないと。
「それにしても・・・・・・・・・・・」
 いったい何がどうなって魔力が枯渇してしまったのだろうか。例え底が突くまで魔力を使い切ったとしても、一晩寝たらある程度回復してくるのに。
 あのモンスターに攻撃された事が原因だろうとは思う。だが、それならばもう回復していても良いと思うのだ。今まで戦ってきたモンスターの中にもその手の特殊効果を攻撃時に仕掛けてくる輩は居たが、ある程度時がたてばその効力が切れるものが殆どだっったから。
「そのパターンには当てはまらないって事か。初めて見た顔だったしな・・・・・・・・・・」
 小さく呟きしばし考えたフリックは、胸の内に沸き上がった自分の考えに軽く頷いた。明日図書館で調べてみようと。
 それで分からないのならば、ジーンにでも聞いてみようか。あの怪しい女は紋章についてもその他の事に関しても結構知識が広いから。
「・・・・・・・・・良し。」
 己の行動を決定したフリックは、そこでようやく瞼を閉じた。考えることは明日にまわして、今はゆっくり身体を休めようと考えて。身体が弱っている時は、とにかく眠って体力の回復を図るに限る。
 視界を閉ざしていくらも経たない内に、フリックは浅い眠りの世界へと落ちていった。














 どれくらい眠っただろうか。フリックは、室内に沸き上がった不穏な空気を感じ取って意識を一気に浮上させた。
 身の危険を感じ、繰り出されるであろう攻撃を回避するために飛び起きようと全身に力を入れたが、身体が動き出す前に重たい物体が身体の上に乗り上げてきて行動を遮られる。その身体を押しのけようと上げかけた両腕はベッドの上に縫い止められ、一切の行動を封じられた。
 抗議の声を発しようと開いた口は、降りてきた生暖かい唇に塞がれる。そして、口内にヌルリとした生暖かいモノが侵入し、我が物顔で口内を貪ってくる。
 フリックの眦がギリリとつり上がった。そして、怒りに任せて口内に侵入している賊に思い切り歯を立ててやる。
 途端に口内を侵していたソレは引き抜かれ、塞がれていた唇と押さえ込まれていた手が解放された。身体の上に乗っていた身体は退かなかったが。
「ひでーぞっ!フリックっ!なにしやがんだっ!」
 口元を片手で覆いながら抗議の声を発してくる男に、フリックはその眼差しだけで人を氷りつかせる事が出来るのでは無いかと思われる程冷たい一瞥をくれてやる。
「それはこっちの台詞だ。誰の許可を得て俺の寝込みを襲ってやがる。そもそも、どこから沸いてきたんだ、お前は。後三日は帰らない予定だろうが。」
「ああ、ちょっと予定が繰り上がってよ。帰ってきたからには一刻も早くてめーに挨拶してーと思ってよ。」
「だったらもう良いだろう。さっさと自分の部屋に戻れ。」
「つれないこと言うなって。しばらく振りなんだから・・・・・・・・良いだろう?」
 ニヤリと笑むビクトールの瞳には、激しい情欲の色が見て取れた。
 確かに、ここ最近すれ違いが多くてまともに肌を合わせる機会が無かった。おかげで、ビクトールほどではないだろうと思うが、自分もそれなりにたまっている。誘い方は気にくわないが、まぁつきあっても良いかなと思えるくらいには。
 しかし、それは通常時だったらばの話だ。
 今は駄目だ。肋骨が数本ヒビが入ったり折れたりしたばかりの今の状況でビクトールにつき合えば、間違いなく傷が悪化して治りが遅くなる。何かと無茶を繰り返しているフリックではあるが、別にマゾなわけではない。怪我は悪化させないに限ると思っている。だから、今回は丁重にお断りしよう。
 一瞬でそう考えをまとめたフリックは、熱いビクトールの視線とは対照的な冷たい眼差しを向けながらキッパリと告げた。
「断る。」
 その言葉に、ビクトールは笑顔のまま凍り付いた。そして、欠片も表情を動かさないで問い返してくる。
「・・・・・・・・・なんだって?」
「俺にその気はない。そんなに我慢出来ないなら他でやれ。」
 揺るぎない意思を滲ませてそう告げたフリックは、話は終りだと言わんばかりにビクトールの身体を押しのけようとした。が、その手を逆に掴み取られ、ベッドの上に縫いつけられる。
「おい・・・・・・・・・・・・」
「他でなんて出来るわけねーだろうが。俺にはお前だけだって、何度言ったら覚えるんだ?」
「そんなの、俺には関係・・・・・・・・・・・・」
 無い、と言おうとした言葉は、途中で止められた。降りてきた唇に言葉を封じられ、口内を蹂躙されたことによって。
「・・・・・・・・・・ふぅっ・・・・・・・・・・・・」
 息苦しさに呻き、小さく息を漏らす。どこか、甘さの混じる息を。その息の音で身体に当たっているビクトールのモノが力を持ったのを感じ取る。
 コレは本気でマズイ。コイツはかなり本気でヤル気だ。いつもなら、どれだけ彼がやる気を出そうとも、フリックが許せないラインまで来た時点で雷を落として強制終了させて居るのだが、今はその雷が使えない。早々にビクトールを黙らせないと自分の身が危ない。フリックは、本気で抵抗を始めた。
 執拗に迫るビクトールの唇から逃れ、押さえつけられている手に力を入れて押し返そうとする。
 が、肋骨が痛んでろくに力が出せない。身体を捩るたびに痛みが全身を駆けめぐる。それを顔に出せば多少は展開は変わったのかも知れないが、無意識に平静を装ってしまうので、ビクトールにフリックが怪我をしている事が伝わらない。
「・・・・・・・・ビクトール。いい加減にしろ・・・・・っ!」
「良いだろ、別に。気持ちよくしてやるからよ。」
 力ではどうしようもないと思い、底冷えするような眼差しで睨み付けてやったのだが、ビクトールは何処吹く風といった様子でフリックの着衣を矧ぎ始めた。
 そんなビクトールに、本気で怒りが沸いてくる。
「そう言う問題じゃない。気持ちよかろうと、俺にその気は無いんだよっ!」
「だから、俺がその気にさせてやるよ。」
「絶対にならないから止めろ。」
 確信を持って告げたら、さすがにビクトールの動きが止った。そして、マジマジとフリックの顔を見落としてくる。
「・・・・・・・・・お前・・・・・・・・・・・・・」
 ボソリと言葉を零した後、僅かに間を開けたビクトールは、ニヤリと性質の悪い笑みを浮かべて寄越した。実に楽しそうに。
「本気でそう思ってんなら、もっと抵抗しろよ。そんなお座なりの抵抗じゃ、誘われてるって思うぜ?」
 ニッと口角をつり上げながらそう告げてきたビクトールは、遠慮も無しに裸の胸に唇を落としてくる。そんなビクトールの行動に、フリックの怒りのボルテージが上がっていく。
「このっ・・・・・・・・・・・・・」
 ギリリと奥歯を噛みしめ、これ以上ないほどキツイ眼差しでビクトールを睨み付ける。
 そこまで言われて大人しくしていられるフリックではない。本気でビクトールの動きを止めてやろうと、堅い決意を胸に刻み込む。刻み込みながらも全身から力を抜いた。抵抗するのを諦めたように。
 しばらくの間はそんなフリックの行動を警戒して両腕を押さえつけたまま、唇と舌先だけで愛撫を施していたビクトールだったが、これ以上抗う気は無いと踏んだのか。片方ずつゆっくりと解放してくる。
 その解放された腕をビクトールの背に回す。そして、縋り付くように彼の身体を引き寄せた。
 そんなフリックの行動に気を良くしたらしい。ビクトールは嬉々としてフリックの身体を弄びだした。その様を冷静な瞳で観察しつつ、ゆっくりと、指先で背を撫でるようにしながら腕を動かしたフリックは、気付かれないように注意しながらビクトールの首に両手をかけた。そして、指先に思い切り力を入れる。
「ぐえっ!」
 妙な声が漏れたが、気にせず指先に力を込めていく。ビクトールを止めるにはこの方法が一番てっとり早いと思ったので。下手をすれば息の根も止るが、それはまぁ仕方の無い事だと思っておく。所詮ビクトールはそこまでの男だったと言うことだ。
 そんなことを考えながら指先にジリジリと力を込めていったら、逆に手首を力一杯握り締められた。そして、無理矢理首から手を外される。ビクトールの首の肉に突き刺さっていた爪が肌をひっかき、赤い筋を作って血液が流れ出るのも気にせずに。
 そして、そのままベッドの上に両手を押しつけられた。
「てめっ・・・・・・・・!今、本気で・・・・・・・・・っ!」
「本気で抵抗しろと言ったのは、お前だろうが。」
「殺せとまで言ってねーってのっ!」
 フリックの言葉に短く吠えたビクトールは、フリックを拘束する手に力を込めたまま小さく息を吐き出した。そして、獰猛な光をその瞳に宿して睨み付ける。
「・・・・・・・てめぇがそのつもりなら、俺にも考えがあるぜ。」
 言うなり、ビクトールはフリックの身体を力任せにひっくり返した。そして、背後からフリックの首をその大きな手でベッドの上に押さえつけてくる。
「これで、首はしめられねーだろ?逆に俺が締めるぜ?下手に暴れたらよ。」
「・・・・・・・・そうまでしてやりたいのかよ。」
「ああ、やりたいね。やりたくてやりたくて気が狂いそうだぜ。」
 なんの悪びれもない口調でそう言い切ったビクトールは、フリックの肩胛骨に舌先を落としてきた。
 何度もその緩いカーブを舐めあげ、歯を立てながら軽く肌を吸う。その間に空いているもう片方の手でフリックの胸はら腹やら背中やらをを撫で回し、引き締った尻を掌で愛しげに揉むようにして撫で回す。
「・・・・・・・・・てめぇ・・・・・・こんなことして、ただで済むと思うなよ・・・・・・・・・・」
 体勢と怪我の状況から無茶が出来ず、フリックは憎々しげにそう吐いた。
 良いように弄ばれているこの状況がたまらなく不快だ。今すぐにでもビクトールの首を切り落としたくなるほどの怒りが身の内で沸き立つ。
 そんなフリックの心の内に気付いているのか居ないのか、ビクトールが嬉々とした声で耳元に囁きかけてきた。
「そんなに嫌なら、いつもみたいに雷を落としてみろよ。それもしないで嫌だ嫌だ言われたって、信憑性なんてあったもんじゃないぜ?」
 クツクツと楽しげに笑うビクトールは、このシチュエーションがフリックがお膳立てしたモノとでも思っているのだろうか。二人の関係に刺激を入れるためにとか、なんとか。
 そう考えたら、フリックの眉間の皺が更に深くなった。本気で嫌がられているのも分からないビクトールに腹立たしさが増し、どうにもこうにも抑えきれないラインまで不快感が込み上げてくる。このままこの怒りと不快感を発散出来ないで居たらどうにかなりそうだと本気で思う。いつもは押さえつけられている衝動を、抑えきれる自信がない。気付いた時に目の前が血の海が広がっていたとしても、不思議には思わない。むしろ、当然の成行きだと納得するだろう。
 下肢にビクトールの手が這い回る。己を受け入れさせようと作業に没頭している。そのビクトールの姿をチラリと確認してから、考え込んだ。どうにかして一矢を報いる方法はないだろうかと。早急に、ビクトールの行動を留めさせる手立てが無いだろうかと。
 そんな事を考えている間に行為に溺れ始めたらしい。首を押さえていたビクトールの手が外れ、力強く腰を掴む。そして、体内に熱いモノが仕込まれた。
「・・・・・・・・・・・はっ・・・・・・・・ぁっ・・・・・・・・・・!」
 その衝撃に漏れそうになる声を飲み、浅く息を吐いた。
 最初はゆっくりと。だが、後に速度を付けて、角度を変えて何度も何度も挿入を繰り返される。そのたびに痛んだ肋骨が軋み、吐き出す息の温度が高くなっていくような気がした。
 こうなったら、下手に抵抗しない方が良いだろう。フリックは、ビクトールにされるがままに身を任せ、冷静に反撃の機会を窺っていた。最後までつき合ってしまったら、命の保証は出来そうになかったので。
 そんなフリックの胸の内を察したわけではないだろうが、急にビクトールの動きが止った。何事だと訝しみながらチラリと視線を背後に向けてみたのとほぼ同時に、フリックの首にビクトールの大きな掌が当てられ、力任せに上半身を引き起こされる。
「・・・・・・・・・・・くっ!」
 ギシリと軋んだ音をたてた肋骨から沸き上がる痛みに小さくうめき声を漏らしたフリックは、身体を起こしてベッドの上に座り直したビクトールの胸に引き寄せられるようにして、その胸に己の背を預ける。そして、熱い息を吐いた。
「はっ・・・・・あっ・・・・・・・・・・・!」
 ギリギリと胸が痛む。まだ内臓に傷を作ってはいないようだが、それも時間の問題だろう。いつになく大人しいフリックに理性を失ったビクトールは、やりたい放題にやっているから。
「・・・・・・・・・許さねぇからな・・・・・・・・・・」
 浅く早く呼吸を繰り返しながら、胸の内でそう呟く。今度ばかりは本気で手加減なく報復行動に出てやる。そうすることで彼が死んでも知ったこっちゃない。人の意見も聞かずに暴走した奴が悪いのだ。
 悔い改めながら地に帰れ。
 本気でそう考えていたフリックのうなじに、生ぬるい感触が落ちてきた。そして、耳元で囁かれる。
「・・・・・・・・どうした?ここんとこ、赤くなってるぜ?」
 言いながら、ビクトールが執拗にうなじの一点を舐め上げてくる。その刺激をいやがるように軽く首を振った。そして、言葉を返す。
「俺が知るか。お前が付けた、痕だろう。」  
「自分で付けたもんは記憶してる。だからそれはあり得ねーんだよ。だから考えられることは、俺がいねぇ間に、お前が誰かと・・・・・・・」
「アホか。」
 真剣な声音で告げてくるビクトールの言葉を、フリックは冷めた声でバッサリと斬り捨てた。
 そんなことをしている暇など欠片も無かった。そもそも、そんなことで彼に詰られるいわれもない。確かに、頻繁に身体を繋いではいるが、ただそれだけなのだから。
 そんな胸の内の言葉は予想していたのか。ビクトールはフリックの考えに抗議するようにうなじに強く歯を立ててきた。肉が軽く裂けるくらいに、強く。
 浮き出た血を舌先で拭い取ったビクトールは、その血を吸い上げる為に傷口に唇を寄せ、そっと囁いた。
「つれないことを言うなよ。あんまりつれなくされると、泣いちまうぜ?」
「・・・・・・・勝手に泣いてろ。」
 すげなく答えてやれば、強く肌を吸われた。自分の付けた傷口から体中の血を絞り出そうとするかのように、強く。
 そこまで派手に吸われたら、かなり長い間後が残るだろう。場所が場所だけに、隠しようもないと言うのに。
「勘弁してくれよな・・・・・・・・・・・」
 呟きながら目を眇めたフリックだったが、次の瞬間、その瞳をカッと見開いた。そして、ジンワリと瞳を細めて口元に緩く笑みを刻み込む。
 両の拳を握りしめた。身の内から沸き上がり始めた力を、強制的に高めるために。
 慣れた感覚が身の内でうねる。出口を求めてうなり声を上げている。
 一気に高まった力を感じ取り、フリックはジンワリと瞳を細めた。そして、甘い声で囁く。
「ビクトール。」
「・・・・・・・・・あん?」
 突然声音を変えたフリックに、ビクトールが訝しむような声を発してきた。そんなビクトールにチラリと視線を流す。そして、ゆるりと口元を引き上げた。
「お前の望み通りに、してやるよ・・・・・・・・・・・・・」
「な・・・・・・・・・・・・・・っ!!!!!!」
 口を開きかけたビクトールだったが、結局言葉を発する事は出来なかった。常よりも威力の強い雷をくらって。
 フリックの身体に回されていたビクトールの両腕がダラリとベッドの上に落ち、上半身が崩れ落ちた。
 息はまだある。どうやら息の根を止めるためには、今一歩威力が足りなかったらしい。
「・・・・・・しぶとい奴め・・・・・・・・・・・」
 ベッドの上で伸びているビクトールの姿を見つめながら憎々しげに呟いたフリックは、未だに自分の中に収まっているビクトールのモノを彼の身体をけっ飛ばしてベッドの下に落とす事で引き抜き、床の上へと足を乗せた。
「・・・・・・・・・・っ!」
 ゆっくりと慎重に立ち上がった途端胸に強烈な痛みを感じて小さく呻く。その痛みを深く息を吐き出すことでやり過ごしたフリックは、ギリリと奥歯を噛みしめた。
「・・・・・・・・調子に乗りやがって。このアホ熊がっ!」
 これ以上ないほど怒りの色を色濃く滲ませた声で吐き捨てるようにそう零したフリックは、その眼差しだけで殺せそうな程凶悪な表情でビクトールの顔を睨み付けた。そして、床にひっくり返っているビクトールの腹に思い切りよく踵を叩き込む。
「ぐえっ!」
 気絶しながらも蛙を潰したような声で呻くビクトールの反応に少々溜飲を下げたフリックは、深く息を吐いた後、ピリピリした痛みを発しているうなじに手を伸ばした。
 指先で痛みを感じる部分を探ってみたが、とくに気になる感触はない。とは言え、そこに何かがあったことは確かなことだ。毒針の様なモノが刺さっていたのだろうか。それをアホなビクトールがたまたま吸い上げたのだろうか。
「・・・・・・・一応、ホウアンに見て貰うか・・・・・・・・・・・・」
 どれだけ考えても、自分には見えない部位での出来事なのでさっぱり分からない。今の争いで少々肋骨の具合が気になる程のダメージを受けたことだし。小言覚悟で医務室に行った方が良いだろう。
 そう判断したフリックは、ビクトールによって矧がされた衣服を纏い直した。そして、床に転がりながら苦悶の表情を浮かべている男へと微笑みかける。
「取りあえず、今回はそれで勘弁してやるよ。」
 枯渇していた魔力が戻ったことに免じて。
 本来だったらマジ殺しの刑に処すところなので、自分の寛大な処置に感謝して貰いたいものだ。
 胸の内でそう呟きながら無様に倒れ伏しているビクトールの姿を冷ややかに見つめたフリックだったが、興味が失せたと言わんばかりにフイッと視線を反らし、一度も振り返ることなく廊下へ出た。そして、常よりもゆっくりとした動作で医務室へと足を向ける。
 どうしようもないアホ男だが、たまには役に立つこともあるのだなと、思いながら。
























お題
「魔法が使えず大ピンチのフリック」

むしろビクトールがピンチに・・・・・・?という話に成り下がった気が。汗。
取りあえず、エロっぽい要素でピンチに陥って頂きました。
気軽な突っ込みの道具が無くなると調子を狂うって話で。
そこはかとなく漂っているフリックの愛を感じ取って頂けたら幸い。微笑。
こんなフリックさんを余所様宅に差し上げて良いものか。


悩みつつもマイロードを突き進む。(吐血)



この度はリクエストありがとうございました!
立て続けにこんな話で申し訳ないですが、またの機会がありましたら是非ともどうぞ〜〜!









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