子供の夢

 書類整理を一段落付けたパーシヴァルは、凝った身体を解すのと、気分転換を兼ねて城外へと足を踏み出した。今日は外に出ることも無いと思っていたので、鎧は付けていない。身軽な格好なために、吹き付ける優しい風を全身に感じることが出来る。その風が身も心もを癒してくれているようで、心地よい。
 真っ青な空には白い雲が幾つか並び、辺りからは子供達の明るい声が聞こえてくる。
 ここだけ見ると、大きな戦いが起こっているというのが嘘のようなのどかさだ。
 何をするでもなくそのまま歩を進めていると、木刀を構えた三人組の子供達が視界に飛び込んできた。確か、『聖ロア騎士団』と名乗っていた三人組だ。『誉れ高き六騎士』に、とくに銀の乙女、騎士団長のクリスに憧れる子供達が後を絶たない国内のこと。こんな遊びをしている子供の数も増えているのだろう。
 ほほえましさを感じたパーシヴァルは、その様子をしばらく遠目で眺めてみた。
 メルヴィルの動きは、そう悪くはない。基本がなっていないから無駄な動きが多いが、しっかり鍛錬に励めば、そこそこ良い腕になりそうな予感がする。
 アラニスは、女の子だから仕方ないとは言え、少し力が足りない。撃ち合いになるとすぐ木刀を落としてしまっている。とはいえ、なかなか素早い動きをしているので、自分にあったスタイルと武器を手に入れれば、中級のモンスターに太刀打ち出来るようにはなるだろう。問題は、もう一人。
「ああ〜。また負けちゃったよ〜!」
 相手がメルヴィルだろうとアラニスだろうと、ことごとく負けていくエリオット。
 不器用なのか剣の扱いも悪く、その上動きも鈍い。はっきり言って、運動に向いていないと思う。自分が親なら、絶対に剣など握らせはしないだろう。敵に向けた剣で、自分のことを斬りつけそうな勢いがあるのだ。
「駄目ねぇ、エリオットは。もっと頑張らないと!」
「そうは言うけどさぁ・・・・・。」
「何が悪いんだろう。剣の持ち方かな?」
 三人で頭をつき合わせて、エリオットが弱いわけを話し合いだした。
 そもそも才能が無いのだと言ってやりたいが、子供の夢を壊すのも悪い。自分で気が付くまでは放って置いた方がいいだろう。そう思って、方向を変えようとした矢先に、その姿をエリオットに見つけられてしまった。
「あっ!パーシヴァル様!」
「え・・・・・?あっ!本当だっ!」
 嬉々とした顔で名を呼ばれてしまったら、声をかけないではいられない。小さく息を吐きながら、パーシヴァルは三人にニッコリと微笑みかけた。
「こんにちわ。頑張っているようですね。」
「はいっ!将来、六騎士の皆さんのような、立派な騎士になるために、毎日頑張って修行しています!」
「そうですか。あなた達のような若者がいる限り、ゼクセン騎士団も安泰ですね。」
 そう声をかけると、彼らは照れたように笑いあった。
 子供達に夢を与えるのも騎士団の勤め。心にも無いことをさも本気で言っているように語ることなど、パーシヴァルにとっては朝飯前だ。
 そうとも知らずに、子供達はウキウキと、しかしどこか遠慮がちに質問をしてきた。
「あ、あの。僕たち三人で、『聖ロア騎士団』っていうのを結成しているんです。決めポーズも考えてて・・・・・。お時間あったら、見て頂けませんか?」
 そんなものを自分に見せてどうしようというんだと思いはしたが、パーシヴァルは地顔の笑みを浮かべつつ、快く頷いて見せた。
「ええ。良いですよ。」
「あ、ありがとうございます!じゃあ、やります!」
 タイミングを計るように一度三人で顔を見合わせた彼らは、大きく息を吸うとポーズを決めながら大きな声を張り上げた。
 なにやら口上を述べている。子供は色々な事を考えるものだと思いながら、ボンヤリとその様子を見つめていた。しかし、エリオットが放った一言で、パーシヴァルの顔は引きつった。
 メルヴィルの烈火の騎士と、アラニスの銀の乙女は許せる。
 メルヴィルの方がボルスよりもしっかりしていると思うところもあるが、許せる。
 それは許せるが、エリオットの一言だけが気にくわない。
「・・・・・エリオットが、疾風の騎士なんですか。」
 平静を装ってそう声をかけると、彼は頬を赤らめながら力いっぱい頷き返してきた。
「はいっ!これからも、パーシヴァル様を目標に頑張ります!」
 その一言に、また僅かにパーシヴァルの顔は引きつった。しかし、なんとか理性を総動員してグッと堪える。所詮子供のお遊びだ。他意はない。
「・・・・・そうですか。頑張って下さい。」
 引きつりそうになる顔を何とか笑みの形に保ち、パーシヴァルは冷静な態度で三人に別れを告げた。
 何故。何故誰もエリオットが疾風の騎士を名乗ることに何も言わないのだ。
 その名前なら、彼が名乗っても問題ないと思っているのだろうか。
 そうだとしたら、屈辱意外の何ものでもない。
 ただ単に、格好いい名前を名乗りたかったと言うのかもしれないが。
 たかが子供の遊びだと分かってはいるけれど、何とも言えないモヤモヤ感が胸を締める。
 子供に当たるわけにも、まして止めさせるわけにも行かず、気持ちの持っていく先が見当たらない。
 イライラを何とか抑えながら無言で足を進めていくと、丁度訓練を終わらせたらしいボルスの姿を発見した。
 彼は、パーシヴァルの事を視界に入れた途端、その顔に満面の笑顔を浮かべてみせる。
「パーシヴァル。お前の仕事も終わったのか?」
 ニコニコと、屈託無く笑う彼の存在に苛立ちが沸き上がる。
「・・・・・・・ボルス。」
「なんだ?」
「歯を食いしばれ。」
「は・・・・・?」
 キョトンとするボルスに向かって、パーシヴァルは思いっきり拳を振り上げた。
「!!!!!!」
 それは見事にボルスの頬に入った。何が起こったのか分からなかったのか、なんの防御も出来なかったボルスは、ものの見事に後方に吹っ飛んだ。その姿を目で捕らえながら、パーシヴァルは胸の中の苛立ちが少し軽くなったのを感じた。
「・・・・すっきりした・・・・。」
 僅かにしびれが残る拳をプラプラと振りながら、パーシヴァルはホッと息を吐き出した。
「パ・・・・パーシヴァル・・・・?」
 しかし、パーシヴァルがすっきりしても、殴られたボルスはすっきりしない。それどころか、意味も分からず殴られたのだ。愛があろうと怒りが沸き上がるというもの。殴られた頬を抑えたボルスは、僅かに目に涙を溜め、ニッコリと笑いかけて来るパーシヴァルを睨み付けた。
「なんのつもりなんだよっ!お前はっ!」
「悪い。ちょっと、八つ当たり。」
「お前・・・・なぁ・・・・・。」
 悪びれもなくあっさり答えると、ボルスは力無く呟きを零した。
 どんなに怒っても無駄だと判断したのだろうか。その先を続けようとしてこない。
 そんなボルスに申し訳なさを感じながら、パーシヴァルはボルスの目の前に座り込んだ。
 涙目になっているボルスと視線を合わせたパーシヴァルは、真剣な瞳で目の前の瞳を覗き込んだ。
「なぁ、ボルス。」
「な、なんだよ・・・・・。」
「俺って、そんなに弱そうなのかなぁ・・・・・・・。」
「・・・・・・はぁ?」
 力無く呟いた声に、ボルスはキョトンとしている。
 そんなボルスの反応など構いもせず、パーシヴァルは海よりも深く落ち込んで行くのだった。  











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