心の向こう

「・・・・・・っ・・・・・!」
 目を覚ましたパーシヴァルは、身体を起こそうとして、身体の奥に感じる鈍い痛みに眉を潜めた。
 それは、情事の後の痛み。
 長年の経験上、それはすぐに分かった。だが、何故そんなモノを感じるのかは、分からなかった。
 今、ボルスは実家に帰っていていない。いつもだったら、その隙を付くようにしてナッシュが声をかけてくるのだが、その彼も今は城内にいない。何をしているのか分からないが、どうせろくな事をしていないのだろう。
 それは良い。
 今はナッシュのことなどどうでも良いのだ。
 レオかと思ったが、昨日顔を合わせた覚えはない。
「・・・・・じゃあ、誰なんだ・・・・・?」
 起きあがろうとして伸ばした手に、温かいモノが触れた。
 それは、人の体温。自分以外の、誰かの身体。
「・・・・・・・・・げっ・・・・・・」
 恐る恐る向けた視線に飛び込んできた男の顔を見た途端、そんな声が口から付いて出た。
 『疾風の騎士』にはあるまじき声だと思ったが、出てしまったのだからどうしようもない。
 その声で起こされたのか、目の前の男はいきなり瞳を見開いた。
 本当に寝ていたのかと疑いたくなる程、ぱっちりと。ジッと自分のことを見つめてくる視線に、思わず狼狽した。
 まったく記憶に無いのだ。彼とこんな事になった経緯についての記憶が。
 そもそも、彼に会った記憶すらない。
 いったい、自分は昨日どれだけ飲んだのだろうか。
 そんな事を考えながらも、パーシヴァルは地顔になっている薄い笑みをその顔に浮かべて見せた。
「・・・・・おはようございます。」
「おはよう。・・・・・身体は大丈夫か?」
「ええ。慣れてますから。」
 ニコリと笑って答えた頃には、開き直ることが出来た。
 今更何を言っても遅い。やってしまった事は明白なのだ。あとは、彼にどう口止めするかだ。
 ナッシュみたいな男だったら、ある意味簡単だ。他の人には言うな、そう言うだけで納得してくれる。多少の代償はあるとしても。
 だが、この男はどうだろうか。どちらかというと、ボルスタイプな気がする。
 そう言う相手は、下手に突かない方が良いだろう。
「まだ寝ていても大丈夫だと思いますよ。外はまだ暗いですから。」
「いや、目が覚めたからもう起きるよ。これ以上寝ても、あまり体調は変わらないだろうからね。」
 そう言いながら立ち上がり、昨夜脱ぎ捨てた衣類を素早く身につけていく男の様子に、ジッと視線を向けた。
 彼は、ボルスよりもしっかりした肉付きをしている。太っているわけではない。背中に背負う大剣を扱える、発達した筋肉があるのだ。大きな竜を自在に操る、筋肉が。
 それが、何となく羨ましい。
 今更どうにも出来ないことだと分かっているが、こういう肉体を見るたびに、自分もこんな風に生まれたかったと思うのだ。騎士として、もっと強い力が欲しかったと。
「あ・・・・・あのな・・・・・。」
 そんなことをボンヤリしながら考えていると、着替えを終えたフッチが自分の方へと視線を向けてきた。そして、何故か動揺したように視線を泳がせてくる彼の様子に、何事だろうかと首を傾げる。
 そんなパーシヴァルに、フッチは狼狽えたように呟きを落としてきた。
「と・・・・・とりあえず、何か着てくれ・・・・・。」
「ああ、そうですね。」
 言われて、自分が何も着ていないことに気が付いた。裸で室内をウロウロするなどと言うことは、今に始まった事ではない。とは言え、大したつき合いもない男の前でずっとし続ける格好でも無いだろう。
 そう思ったパーシヴァルは、彼の言葉に頷き返し、腰掛けていたベットから立ち上がる。そして、フッチがしたように、床に散らばった衣服に袖を通し始めた。
「・・・・・何か?」
 その一部始終を観察するような視線にそう問いかけてみた。
 すると彼は、面白いぐらいに慌てて首を振り替えしてきた。
「き・・・・・・・い・・・・・いやっ!なんでもない!」 
 自分の方を見ないようにと視線を反らせる彼の行動に、自然と笑みが零れてきた。
「今更何を恥ずかしがっているんですか。」
「それはそうだけど・・・・・。」
「まぁ、良いですけどね。もう着ましたから、こちらを向いても大丈夫ですよ。」
 クスクスと笑い返してやると、彼は顔を真っ赤に染め上げながら俯いて見せた。
 そんな彼の様子に、罪悪感が増してくる。男に興味がないのに男を抱いたという現実に、落ち込むのはしょうがないことだ。人の良さそうな彼のこと。このままずっと忘れなかったりするのだろうか。
 それではボルスの二の舞だ。自分はどうしてこうも学習能力が無いのかと、少し落ち込んだ。
 そもそもボルスが悪い。あいつが昨日、実家に帰る前に下らないことを言うからこんな事になったのだ。思い出しだだけでも腹が立つ。記憶を無くす位に酒を飲んでしまったのも、あいつのせいだ。
 帰ってきたらどうしてやろうか。
 胸の内でくすぶる怒りを出さないように平静を装っていたのだが、顔に出てしまったらしい。彼が訝しげに自分のことを見つめてくる。
「・・・・・どうした?」
「いえ。酔った勢いで、悪いことしたなと、思いまして。」
 とりあえず、謝っておこう。
 酒の勢いで誤魔化せるものなら誤魔化してしまえ。
「悪いこと?」
「私が誘ったんでしょう?あなたを。」
 そう言った途端、彼の顔は赤く染まった。
 やはりボルスに似ている。反応がそっくりだ。ボルスよりも四つくらい年が上だった気がするのだが、こんな10代半ばの少年みたいな反応を返してくるとは。

 面白い。

 思いがけないところで良い拾いものをした気がする。怒りが渦巻いていた心が、ほんの少し落ち着いた。気分を改めるつもりで、パーシヴァルはフッチに笑みを向け直す。
「だから、悪いことをしたと思いまして。」
「別に、悪いことではないだろう。誘いに乗ったのは、ぼくの意思だったんだから。」
 そういう言葉に、嘘やごまかしの色は見えない。思ったよりも子供では無いらしい。どうやら男同士と言うことになんの戸惑いもないようだし。
 もしかしたら男との情事は経験済みだったのかも知れない。昨夜の情事を思い出せないので何とも言えないが、身体のダメージが少ないから、たぶん自分の推察は間違っていないだろう。
「そう言って頂けると、気持ちが楽になりますよ。」
 ボルスみたいな反応で、ボルス以上に大人。これは大変良い。面白いことこの上ない。その上彼はあまり他に情報が漏れていない竜洞騎士団の者。しかも、トランや都市同盟での大戦を経験しているらしい。捕まえておいて損はない。
 あらゆる意味で。
 そう思いながらほくそ笑んでいると、彼は勢い込んで話しかけてきた。
「あ、あの!」
「はい。なんでしょうか?」
「また、つき合ってくれるか?」
 その言葉に、パーシヴァルは少し驚いた。
 鴨が葱を背負ってくるとはこの事だろうか。
「い、いやっ!そういうことではなくてっ!また、一緒に飲みに行ってくれないかって、そう言うことを言いたかっただけなんだ!決して、深い意味なんてないからなっ!」
 自分の言葉の微妙さに気が付いたのか、慌てて言い訳を始める彼に、興味がさらに増していく。
 三つも年上の男のことを可愛いと思ってしまうのはいけないことだろうか。
 まぁ、いい。
 自分から飛び込んできた獲物を手放す趣味は、パーシヴァルにない。居たたまれない様子で項垂れたフッチの傍らに歩み寄る。
「フッチ殿。」
 名を呼ぶと、怖ず怖ずと顔を上げてくる。叱られた子供のような反応に、自然と笑みが浮かぶ。
 彼の唇に、己のモノを軽く押し当てた。
 ただ触れるだけですぐに離れ、様子を窺うように彼の顔に視線を向ける。
 一瞬何が起こったのか分からないと言う顔をしたフッチは、次の瞬間顔と言わず、耳までも真っ赤に染め上げながら自分の唇を覆い隠していた。
 不意打ちでファーストキスを奪われた後の少女のような反応に、彼への興味が加速度的に増していく。
「深い意味でも構いませんよ。私も、フッチ殿とはもっと仲良くおつき合いしたいと思ってましたからね。」
「・・・・・・・え?」
 その言葉は余程思いがけないものだったのか、彼の目が点になった。
 本当に面白すぎる。からかいたくてしょうがなくなる。
 パーシヴァルは小さく笑いを零すと、軽く首を傾げ、窺うようにフッチの顔を覗き込んだ。
「色々、お話を聞きたいんですよ。アナタのことを、もっと詳しく、ね。」
 心からの言葉だ。
 書物からは伺えない、生で見た出来事を彼から聞きたいと思う。色っぽい話を期待しているわけではないが、そういうニュアンスを付けて誘いをかける。そうした方が、獲物が引っかかる確率が上がることを身を持って知っているから。
 案の定、彼はその誘いに乗るように口づけを返してきた。しかし、すぐに慌てたように身を離してくる。
「あっ!ご、ごめん!」
「・・・・・一々謝らなくても良いですよ。」
「そ、そうか・・・・・・?」
 思わず零れた一言に、彼は居心地悪そうに身をよじった。
 と、思うと不自然な笑みを浮かべ、ギクシャクしながら軽く手を挙げてくる。
「じゃ、じゃあ、ぼくはもう戻るから。本当に、また飲みに行こうな。」
 どうやら、この場から逃げ出したいらしい。
 それならそれで構いはしない。必要なときに誘いに乗ってくれれば。
 だから、今は引き留めないでおこう。
「ええ。いつでも誘って下さい。」
「分かった。じゃあ、また!」
 駆け出すように部屋を後にしたフッチの姿に、笑みが広がっていく。
「・・・・・ほんと、面白いな・・・・・。」
 ベットに腰掛け直したパーシヴァルは、鈍い痛みが走る身体をベットの上に投げ出した。
 失敗したと思ったが、結構良い感じにまとまった気がする。情報は多い方が良い。ただがむしゃらに剣を振るうだけでは、戦いには勝てないのだから。
「・・・・・竜騎士か・・・・・。」
 彼とセットで扱われる、彼の騎竜の姿が脳裏に浮かんできた。
 白銀の鱗を身に纏った、綺麗で力強い生き物の姿が。
「・・・・・乗せてくれって頼んだら、乗せてくれるかな・・・・・。」
 前々から興味があったのだ。空を飛ぶ生き物に。
 フーバーも魅力的だが、さすがにヒューゴには頼めない。いい大人が乗りたがったら、子供達に示しが付かないだろう。
 ルビは、なんとなく乗りたくない。さすがに虫は遠慮したいというものだ。そもそも、あの堅物そうなフランツが乗せてくれるとも思わないし。
「・・・・・やっぱり、良い拾いモノだよな・・・・・。」
 フッチのあの様子なら、頼み込めば乗せてくれるかも知れない。
 なんとなく、楽しくなってきた。
「さてと。どうやって攻めていくかなぁ・・・・・・。」
 まずはブライトに乗せて貰って親密度アップを図ろう。その後、差し障りのない話題を重ねていって、自分の欲しい情報にまで行き着く。
 最近、自分から誰かを落とそうと思った事がなかったので、気分が盛り上がってくる。
 これからの新しいゲームの攻略方法を考えながら、パーシヴァルは小さく笑いを零し続けていた。















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