イライラする。
 そのイライラがどこから来るのか、しっかり分かっているだけに、解消出来ないことにさらにイライラは増していく。
「・・・・・切りたい・・・・・・。」
 目の前にある書類にペン先を突き立てながら、ボソリと零した。
 紙の端にインクが吸い込まれ、黒いシミが出来てしまったが、そんなこと気にもならなかった。
 一番この手になじんだ感触を、最近感じていない。
 骨を断つ時の手応え。
 裂けた肉の赤さ。
 降りかかる返り血の温かさ。
 思い出しただけでも身が震えるような歓喜が沸き起こる。
「・・・・駄目だ駄目だ。」
 その感触を振り払うように小さく首を振った。
 思い出したら余計にストレスが溜まる。今は忘れておかなければ仕事にならない。
 気を取り直すように深く息を吐いたフリックは、突き立てていたペンを引き上げ、ペン先にインクを付け直した。
 サラサラと流れるように書類を書き込みながら、自分の今の状況について考える。
 傭兵である自分が、何故こんな軍の中核とも言える仕事をしなければならないのだろうか。他国出身でもあるのに。
 砦の時もそうだった。
 隊長であるビクトールは好き勝手に戦い歩いていて、副隊長である自分は砦の中でミューズから送られてくる書類の対応に追われていた。
 ビクトールがそういう仕事に向いていないのは、すぐに分かったことではあった。仕方なく自分がやっていた事はそう古い記憶ではない。
 あの時も外に出られずにストレスを溜めた事もあったが、一歩敷地を出ればモンスターの活動場所だったので、夜中にこっそり発散する事が出来ていた。
 しかし、ここではそうも行かない。
 戦況も厳しいものになっている。城門には常に兵が立ち、城の出入りは慎重に検査されているのだ。門番に一々見逃して貰うのも面倒くさければ、人の目を避けて抜け出す事も面倒くさい。
「・・・・どうするかなぁ・・・・・・」
 このままだといい加減煮詰まって来るだろう。
 勢い余ってこの状況を作り出した、あのすかした軍師に闇討ちをかけてしまいたくなるくらいには。
 それはそれで構いはしないのだが。
 ばれるような仕事をする気もないし。
 とは言え、軍師を失った軍がすぐにでも負けていく姿は容易に想像出来る。勝とうが負けようが自分には関係のないことではあるが、どうせ関わるのなら勝ちたいと思う。ならばここで感情に任せて行動するのは得策ではないだろう。
 理性では分かっているが、感情がついて行かない。
 戦場にいてこその自分の生命なのだ。
「・・・・・戦いてぇ・・・・・。」
「そんなに外に出たいんですか?」
 答えが返ると思わなかった呟きに言葉をかけられ、フリックは慌てて声の方へと視線を向けた。
 うっかり忘れていたが、この執務室には自分だけではなくもう一人、アップルがいたのだ。
「だったら、お願いが一つあるんですけど、良いでしょうか。」
「・・・・俺に出来ることならな。」
「簡単です。サウスウィンドウに、書類を届けて欲しいんです。」
 少し下がった眼鏡を引き上げながらそう語り出したアップルの顔を、訝しげに見つめた。
 そんな簡単なことを自分に頼むのはどうなのだろうか。使える人間はギリギリまで使う軍師シュウの妹分とも思えない言葉だ。絶対に何か裏がある。
「そんなに警戒しないで下さい。本当にそれだけなんですから。ただ、今人手不足で、いつも用心に二人は付けていたこういった仕事に人を避けなくなっているんですよ。だから、一人でも大丈夫であろうフリックさんにお願いしたんです。」
 言われた言葉に納得出来る要素は多々ある。
 望んだわけでもないけれど、城の内情に食い込んでいるので状況は分かっていた。
 腕の立つ者は交易や小競り合いの収束、城主の護衛に出ていて今城に居ない。
 残っているのは新参の兵や、大事な書状を預けられる信用が無い者ばかりだった。となれば、軍の結成以前から城主となった少年と共居て、信用度の高い自分に仕事を振るしかない。
「・・・・なるほどね。良いぜ、引き受けよう。いつ出かければ良いんだ?」
「明日の朝には書類が揃うと思うんで、それからお願いします。今、ビッキーさんも出かけてるんで、行きも帰りも徒歩になってしまうんですけど・・・・・。」
「ああ、大丈夫だ。この辺のモンスター程度なら、束になって掛かってこられても一人で対応出来るから。」
 心配そうに語りかけてくるアップルにニコリと笑い返した。
 どちらかというと、そのほうが都合が良い。外に出るのならば、少しでも長い間出ていたいものだから。
「そう言って貰えると・・・・。後、言いにくいんですけど、フリックさんが出かけてしまうと、ここを整理する人がいなくなってしまうんですよ。」
 申し訳なさそうに眉を寄せる彼女の言葉に、フリックは嫌な予感を感じた。
 あまり言葉の続きを聞きたくないが、そんなわけにも行かない。
「・・・・で?」
「・・・・締め切りの期日の近い物は、片づけて行って下さいね。残りは帰ってからで構いませんから。」
 遠慮がちに微笑むアップルの言葉に、小さく肩を落とした。
 そんなことだろうとは思った。あの軍師がそう簡単に駒を動かすわけが無いのだ。
「・・・・・・・・増やすなよ。」
 ため息を付きながらペンを取り、睨むようにアップルへと視線を向ければ、彼女は曖昧な笑みを返すだけで明確な答えを寄越しては来ない。
 旅後を思い、フリックは盛大なため息を吐き、片づけるべき仕事へと取りかかっていくのであった。














「生きてるって、素晴らしいことだな。」
 晴れ晴れとした声でそう宣言したフリックは、オデッサを足下で蠢くモンスターの首元へと突きつけた。
 言葉の内容とと状況が合っていない。
 彼の周りにはモンスターの残骸が転がり、生きて動いているものは彼だけという状況だ。
 地面は流れた血液で染まり、辺りにはむせ返るような血の臭いが立ちこめている。
 その中心に立つ男も返り血で全身を染め、トレードマークとも言える青いマントは、赤黒く変色していた。
 そんなことを構いもせずに、フリックは愛剣に付いた血糊をザッと拭き取る。
 身体は久しぶりの戦闘で興奮し、熱くなっている。
 セックスなどでは感じられない高揚感に、フリックの顔には自然と笑みが浮かび上がってきた。
「やっぱり、戦ってなんぼだな。」
 城の中で感じていたストレスは、綺麗サッパリ解消されている。
 強い敵と戦うのも良いが、弱い者をひたすら切って捨てるのも楽しい物だ。
 切り捨てられたモンスターの血の臭いに誘われたのか、また敵が寄ってくる。
「・・・・止められないな、コレは。」
 クククッと喉で笑ったフリックは、ゆっくりと愛剣を握り直した。
 ここにいれば、敵に困ることはない。
 さっさと帰らないとどんな嫌みを言われるか分かったものではないが、そんなことどうでも良くなっている。息が切れ、剣を握る力がなくなるまでこの場に留まっていたい。
 次にいつこの喜びを感じることが出来るのか分からないから、余計にそう思う。
 飛びかかって来たブラックバニーの首を一閃で跳ね、群れを成したモンスターの中に己の身体をすべり込ませる。
 数で圧倒しようと思ったのか、一気に襲いかかってくる敵の攻撃を軽くかわしながら、次々と切り捨てていく。
 首を跳ね、胴を断ち切り、胸に突き刺す。
 いたぶるように足だけを切り裂いてやると、甲高い悲鳴を上げて地面を転がり回った。
「死んだ方がマシか?」
 優しく声をかけはしたが、止めは差さずに捨て置く。
 他者の悲鳴は、自分の生を強く意識させるのだ。
「かかって来いよ。手加減なんか、してやらないからさ。」
 ニコニコと、殺戮を繰り返しているとは思えない程柔和な顔と声で敵を誘い込む。
 無謀にも飛び込んできた敵をギリギリまで引きつけ、相手が自分に一撃加えそうになったところで急所を狙って切り倒す。
 一見モンスター達の方が押しているようにも見えるその戦い方を続けている限り、大した知能もない奴らは攻撃を止めることはないだろう。
 楽しみを引き延ばすフリックの作戦は、功を奏している。
 しかし、その戦いは思わぬ所から水を差されてしまった。
「・・・・フリック!」
 いきなり上がった己を呼ぶせっぱ詰まった声に、フリックはチラリと視線を投げかけた。
 聞き慣れた声は、視線を向けまでも無く誰のモノかは分かっていたのだが。
 案の定、そこには周りから相棒と言われているビクトールの姿があった。
 何をそんなに慌てているのか分からないが、いつも飄々そしている彼の顔が強ばっている。大して早くもない足を出来る限り早く動かし、自分の元に駆けつけようとしている姿に、フリックは微かに首を傾げて見せた。
「大丈夫かっ!」
 全速力で駆け寄った彼は、フリックと背中を合わせながら叫ぶようにそう声をかけてくる。
「・・・・何をそんなに慌てているんだ?」
 飛びかかってくるブラックバニーを軽く剣でたたき落としながらそう尋ねると、怒りに燃えている強い瞳でにらみ返された。
「何をだと!こんな、敵に囲まれやがって!心配するに決まってるだろうがっ!」
 言われた言葉に、上機嫌だった気持ちが一気に下降していった。
 こんな敵にしてやられるほど弱いと思われていたのだろうか。
 いや、確かに数は半端では無い。まともな神経をしている者ならば、決してこの状況に自ら飛び込むことはしないだろう。
 しかし、フリックは少しどころかかなりひね曲がった神経をしているのだ。
 その全貌を見せてはいないとは言え、今までで一番長くつき合ってきたビクトールには、その片鱗を少しずつ見せている。まわりに誰もいない時の自分の戦闘スタイルは、見せたモノの中に入っていたはずだ。
 それなのに、この過剰反応はなんなのだろうか。フリックには、彼が自分の腕を信用していないとしか思えない。
 戦闘には、いつのまにやらビクトールのパーティだったらしいチッチ、ナナミ、カミューにマイクロトフ。そしてビッキーの姿が加わっていた。
 次々に倒されていく仲間の姿に、モンスター達は徐々に後退を初め、あっさりと戦闘が終わってしまった。
 全然暴れ足りない。もっともっと戦いたかったのに、邪魔されてしまった。
 人の目もあるのであからさまな非難をビクトールにするわけには行かない。ただジッと、自分の不平を宿す瞳で見つめ続ける事しか、今のフリックには出来なかった。
 そんなフリックの身体を、ビクトールはいきなり抱え上げた。
 咄嗟に対応出来ず、しばらくされるがままになっていたフリックだったが、すぐに我に返り、状況を変えようと激しく暴れ出した。
「おいっ、なにするんだっ!」
「うるさい!お前は黙ってろ!」
 強い口調に一瞬動きを止めた。向けられた視線が思いの外強い光を放っていて、繋げる言葉が飲み込まれる。
 フリックの抵抗が収まった事に小さく頷いたビクトールは、チッチへと視線を向けた。
 その視線を受け、チッチも大きく頷き返す。
「鏡を使いますから、皆さん集まって下さい!」
 彼の言葉に仲間達は一カ所に集まり、それを確認したチッチが瞬きの手鏡の力を発動させ始めた。
 その様を、ビクトールに抱え上げられたまま見つめていたフリックは、パーティ全体にその不思議な力が行き渡る前に、チラリと先ほどの戦場へと視線を向けた。
 身体にはまだ戦いの余韻が残っている。
 むせ返るような返り血の匂いに身体が反応し、熱を帯びてくる。
 まだ戦い足りない。敵はまだいたのだ。体力も申し分ない程残っている。体も温まり、これからが楽しいところだったのだ。それを邪魔されてしまった。
 人の目を避けるために、わざわざ街道から逸れたところで戦っていたというのに。
 自分の運の無さを呪いたくなる。
 まぶしい光に包まれ、未練の残る戦場から、フリックの身体は一瞬のうちに引き離されてしまった。















 城に着くなり連れ込まれた医務室で、有無も言わさずホウアンの前に突き出されたフリックは、何がなんだか分からないうちに身ぐるみを剥がされてしまった。
 返り血で汚れた身体を丁寧に見ていたホウアンは、心配そうにその様子を見つめているビクトールへと視線を向け、ニコリと笑いかけて見せた。
「大丈夫です。怪我らしいものは少しもありませんよ。」
「本当か?」
「ええ。身体に付いている血液の量は半端じゃありませんが、どやら全て返り血のようですから、心配ありませんよ。」
「・・・・・・返り血・・・・・・。」
 ホウアンの言葉を復唱するように、ビクトールが呟きを漏らしたのを耳に入れる。
 どうやら、自分に降りかかっている返り血がどこか怪我して付いたものだと思っていたらしい。半端じゃなく慌てているわけがようやく分かった。
「俺があんな雑魚相手に怪我なんかするわけ無いだろうが。」
「それはそうかも知れないが・・・・・。数が数だったからな。」 
 ホウアンの言葉にホッとしたのか、ビクトールの声に力がない。脱力した彼の様子に本気で心配していたのが分かったが、そんな心配をされる覚えもないフリックの機嫌は下降する一方だ。
「あれくらいどうってことないだろうが。お前だって相手に出来るだろう。」
「・・・・・まぁ、あのへんのレベルの敵ならな。」
「力馬鹿なお前でも大丈夫なんだ、紋章を使える俺が、あいつ等に遅れを取るわけがないだろうが。」
「・・・・・・確かに。」
 冷静になって分析を出来るようになったのか、ビクトールがボソリと頷き返してきた。
 その反応に、馬鹿にするように小さく鼻で笑ったフリックは、無理矢理脱がされた衣服を手にしてイスから立ち上がり、ホウアンへと向き直った。
「もう戻って良いんだろう?」
「ええ。怪我は無いようですから、結構ですよ。でも、心配してくれる方がいるんですから、無理はしないで下さいね。」
「善処するよ。」
 困った様に眉を寄せるホウアンに軽く笑いかけたフリックは、ビクトールに視線一つ向けないでさっさと医務室を後にした。
「おいッ!待てよ!」
 慌てて後を追ってくる男の声にチラリと視線を向けはしたものの、言うとおりに止まりはしない。止まらなくても付いてくることは分かっているので。
 程なくして隣に並んだ男は、ムッとした表情でしばらく黙り込んでいた。
 全身にむせ返るような血の臭いをしみこませた上半身裸の男と、不機嫌を露わにした顔の男が並んで歩く様が異様な事に思えたのか、すれ違う者全てが二人の様子を振り返ってみている。
 黙々と、言葉も交わさずに歩き進んでいると、あっという間に部屋の前までたどり着いた。
 何も言ってこないビクトールに首を傾げながらも自室の部屋の扉を開くと、当然の様に男も入っている。
 今更不法侵入についてとやかくいう気は無いので放っておく。今は背後の男よりも、血に濡れた全身と衣服の洗濯に気持ちが向かう。
 身体は良いとして、あの衣服はなかなか厄介だろう。もしかしたら買い換えなきゃならないかも知れない。
 風呂に入り、衣服をたらいの中に放り込んで血抜きをしながら、そんなことを考えていた。そこに、頭上から男の声が聞こえてくる。
「・・・・お前、また嫌な戦い方したのか?」
「嫌な戦い方って?」
 視線をあげて問い返すと、ビクトールは何とも言えない顔をしていた。
 何を言いたいのか、何となく分かる。分かるが、あえて聞き返す。
「無駄に返り血を浴びるような戦い方だよ。やろうと思えば、もっと綺麗に戦えるだろうが、お前は。」
「まあな。けど、今日はそう言う気分じゃなかったんだよ。」
 ニヤリと笑い返せば、最大のため息をはかれた。
 確かに、ビクトールの言うとおりだ。
 返り血を浴びないように敵を切ることなど簡単に出来る。しかし、今日は血を浴びたかったのだ。今まで生き物を切る事が出来なかった分を取り戻すように。
 そこら辺のフリックのこだわりを、ビクトールはいまいち分かってくれない。
 なんだかんだ言いつつも、真っ直ぐな精神を持った男には、自分の歪んだ思考など理解出来るものでも無いのかも知れないが。
 続く言葉を待つようにジッとその顔を覗き込むと、彼は諦めたように深いため息を落としてきた。
「・・・・・あいつ等の前では、やるんじゃねーぞ。」
「分かってるよ。」
 彼が言いたいのは、城主の姉弟の事だろう。それと、この城に住む純粋な人達のこと。
 その人達に自分の心の暗い部分を見せようとは思わない。それぐらいの分別はある。
 フリックの答えに納得したのか、ビクトールは苦みの含まれた笑みを返してきた。
「分かってくれれば良いさ。・・・さてと、じゃあ身体に付いてる血を落としてやるよ。」
「お前がか?」
「ああ。頭の先から足の先まで、綺麗に洗ってやるぜ?」
 ニヤリと、いつもの人を食ったような笑みを浮かべてそう返してくるビクトールに、フリックも同じような笑みを返す。
「なんか、よこしまなものを感じるんだがなぁ。」
「ばれたか?」
「当たり前だ。どれだけつき合ってると思ってるんだ。」
 ククッと喉で笑いながらも湯船から立ち上がったフリックは、ビクトールの首に両腕を回し、その厚い唇に己もモノを押しつける。
 最初触れるだけだった口づけは、徐々に深さを増し、自然とビクトールの逞しい腕がフリックの細い腰へと回された。
「・・・良いのか?」
 耳元で囁かれる言葉に、フリックの口元にうっすらと笑みが浮かび上がる。
「何を今更。駄目だと言ったら、止めるのか?」
「そいつは、無理だな。」
「だったら黙ってやれよ。」
「・・・・了解。」
 フリックの言葉にビクトールの口は笑みの形に引き上げられ、答えるように白い首筋に舌を這わせる。
 その感触に、フリックは小さく身体を震わせた。
 思い出して見ると、最近ビクトールと肌を合わせていなかった。自分は一日中執務室で仕事をしていたし、ビクトールは城主の少年の護衛で城から出て行くことが多かったから。
 ストレスは、戦えなかった事だけで溜まったわけではないらしい。
「なんだ?」
 小さく笑みを漏らしたフリックに訝しげな視線を向けてくるのに笑いかけ、言葉もなく男の広い胸に顔を寄せた。
 熱い体温に心地よさを感じる。
 肉を断ち、返り血を浴びた時とはまた違う心地よさを。
 何も言い返してこないフリックの様子に答えを求めるのを諦めたのか、ビクトールは広く大きな手のひらを細く白い身体の上へと滑らせる。
「・・・・・ふっ・・・・・」
 身体の中心を握られ、やんわりとした刺激を与えられると、フリックのそれは徐々に力を持ち始めた。
「なんだ、お前。一人でやってなかったのか?」
 反応の良い体に、からかうような口調でそう声をかけてくるビクトールの瞳には、余裕の色が消えている。そのことに少し気分を良くしながら、フリックは耳元で囁くように言葉を返した。
「お前とやる気持ちよさを知っちまったからな。今更、一人で抜く気にもならないんだよ。」
「・・・・良く言うぜ。」
 そう言いながらも、嬉しそうに笑みを深くしたビクトールは、その太い指をフリックの後穴へと伸ばし、探るように一本突き入れた。
「ぁっ・・・・!」
 フリックの身体を知り尽くした指の動きは、的確に快感へと導いていく。
 探る指は二本三本と増やされ、ビクトールを受け入れる体勢が整った頃には、フリックの身体は浴室の壁際に押さえつけられていた。
「力、抜いて置けよ。」
「・・・・っ!」
 言葉と共に、太く熱いモノが体内に進入してくる。
 その質量に、慣れているとは言え一瞬息を飲み込んだ。
「大丈夫か?」
「・・・・ああ。」
 頷きと共に唇を塞ぐ。この先の行為を促すように。
 フリックの要求を唇で受け止めた男は、体力の有り余った身体で細い身体を攻めあげてくる。
「はぁ・・・・・あぁっ!」
 身体の奥深い所を突き上げられ、呼吸が止まる感じがした。
 ザワザワと全身を駆けめぐる快感に、頭の芯がぼやけてくる。
 他の男を相手にしているときには無いその感覚に、自然と顔が綻んでくる。
「・・・ビクトール・・・・・。」
 名前を呼べば、口づけを与えてくれる。
 大丈夫。
 相手はこの男だから。
 完全に身を任せても大丈夫。
 自分の心のそう言い聞かせたフリックは、ゆっくりと理性を手放し、与えられる快感へと身を落としていった。









 目覚めは爽快だった。
 ここ最近では一番すっきりした目覚めだ。
「ダブルで来たのが良かったのかな。」
 昨日は飢えていたモノを、二ついっぺんの手に入れられたのだ。気分が良くて当たり前だとも言える。
 コレで後ひと月は落ち着いて居られるだろうか。
 戦況を考えると、ひと月経たない内に大きな戦いが起こりそうではある。丁度良い具合に血に飢えた時に戦闘がやってきてくれると良いのだが。
 そんなことを考えながら、隣に眠る男の顔に視線を移してみた。
 満足そうな寝顔に、知らず知らずのうちに笑みが浮き上がってくる。
「・・・・馬鹿面だな。」
 ククッと喉で笑いながら、肺活量の多そうな呼吸を繰り返す厚めの唇に自分のそれをそっと重ね合わせた。
 すぐに離れようとしたフリックの動きは、いきなり伸びてきた大きな手のひらに首を押さえられた事で阻まれ、触れるだけだった口づけは途端に深いものに変わってしまった。
「・・・放せよっ!馬鹿熊!」
「何言ってやがるんだ。先に手を出してきたのはお前だろう?」
 ニヤニヤと、悪びれなく答えてくる男の拘束から脱しようともがいてみたが、筋力が違う。なかなか上手く抜けられない。
「・・・てめぇ、いい加減に・・・・・。」
 束縛されることが嫌いなフリックの機嫌は、一気に悪くなる。
 それに比例するように、自然とその手に宿した雷の紋章が反応し、淡い光を発し始めた。
 パリパリと空気が帯電してきたのに気づいたビクトールは、慌ててフリックの身体から手を放し、降参するように両手をあげてみせる。
「分かった分かった。もうしないって。そう怒るなよ。な?」
 戯けた様な仕草をする彼にきつい一瞥を食らわせたフリックだったが、すぐにその怒りを静め、紋章の光も薄れていった。
 その事にホッとため息を付いているビクトールにチラリと視線を流しながら、フリックはさっさと身支度を整え始める。
 昨日、帰ってからシュウの元に報告に行っていない。気の回る城主の少年が口添えをしているだろうとは思うが、出来る限り早く会いに行った方が良いだろう。
 それに、執務室に残してきた仕事のこともある。
 次の戦闘に参加するためにも、少しでも多くの仕事を片づけて置かねば。
 その前にオデッサを鍛冶屋に持っていくべきかも知れない。昨日の汚れがまだ付いているし、無茶な使い方もしてしまった。
 腰にオデッサを付けながらそんなことを考えていたフリックに、いまだベットの上で寝そべっていた男が感心したような呟きを漏らしてきた。
「・・・・昨日あれだけやられておいて、全然何ともないんだな。」
 その言葉に視線を向けると、感心したようでありながら、残念がるような、どことなく傷付いているような男の顔があった。
 男が何を考えているのか、フリックには察する事が出来た。
 だから、意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
「俺を立ち上がらせない様にしたいなら、もっとテクを磨くか、打ち止めしないくらいの絶倫になるんだな。」
「なっ・・・・・・!」
 途端に憤った様に立ち上がるビクトールにニッコリと微笑みかけ、彼が次の言葉を発する前に扉から滑り出した。
 閉まるドアの向こうから、男の叫び声が聞こえてきたが、気にもとめずに廊下を歩く。
 青いマントを翻しながら、声をかけてくる顔なじみのものに気さくに返事を返しながら、身体に満ちている満足感を感じていた。
 あの男には、伝える事はないだろうが。















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幸福