小金を稼ぐ程度の遠征に出ていたボルスは、城に帰り着いた瞬間、城門に子供達が集まっている事に気が付いた。
 彼等は皆、楽しげに声を上げて笑っている。この辺で大きな戦いは起こってはいない。だが、子供達だけで城門の外に出るのは、安全なこととは言い難い。
 いったいどう言うつもりなのか。注意して、早々に城の中に戻さねばならない。そう思って人だかりに向かって足を踏み出したボルスは、そこに見慣れた男の姿があることに気が付いた。
「パーシヴァルっ!」
「ああ。ボルス。お帰り。」
 ニコリと笑って出迎えてくれる同僚の姿に、ボルスの心が沸き立つ。疲れて帰って、一番最初に彼の顔を見ることが出来るなんて、幸せの局地だ。
 だが、いつまでも幸せな気分に浸かっているわけには行かない。いくらパーシヴァルがいるとは言え、こんなに大勢の子供を城門の外に出して置いて良いい訳がないのだ。
「こんなところで何をやっているんだ?」
「見て分からないか?」
「分からないから、聞いている。」
 はっきり答えない彼の態度にホンノ少し腹を立て、ボルスの声にトゲが出来る。
 そんなボルスの態度に苦笑を浮かべながら、パーシヴァルは手にしていた物を目の前に広げて見せた。
「これだよ。」
「・・・・なんだ?これは。」
 彼の手の平に乗せられたものは、色とりどりの細い棒。
 いったいそれは何に使うのもなのか。ボルスには少しも検討が付かなかった。
「知らないのか?」
「ああ。初めて見る。何に使う物なんだ?」
 ボルスの答えに呆気に取られたような顔をしていたパーシヴァルだったが、その顔はすぐに苦笑へと変わり、手にしていた棒の一本を右手の指でつまみ上げた。
「貴族様は、こんなもので遊ばないと言うことなのかな。」
「・・・・・何が言いたいんだ?」
「別に何も。・・・これは、こう使うんだよ。」
 そう言ったパーシヴァルは、手にしていた棒を城門に突きつけ、なんのためらいもなく滑らせた。
 その軌跡は壁に映り、鮮やかな線を描いていく。
 線はみるみるうちに形を作り、簡単な、だけど誰が見ても「花」だという物に変化していった。
「・・・絵を描く道具なのか。」
「そう。クレヨンって言うんだ。お前も何か描いてみるか?」
「あ、ああ。」
 差し出された物を思わず受け取り、恐る恐る壁に走らせる。
 壁の凸凹で旨く線が引けず、直線を描こうと思っていたのになんだかフラフラした線になってしまった。
「あーっ!おじさん、下手くそだーーーっ!」
 それを見ていた子供達が、キャッキャと騒ぎ立ててくる。
 何となく気恥ずかしさを感じ、それを誤魔化すために怒鳴り返そうと思いつつ、相手は子供なのだと自分に言い聞かせてグッと堪えた。
 だが、顔が真っ赤に染め上がることを止めることは出来ない。
 助けを求めるようにパーシヴァルの顔に視線を向ければ、彼は楽しげに自分のことを見つめていた。
「・・・パーシヴァル?」
「知りませんでしたね。ボルス卿が、そんなに絵心の無い方だったなんて。」
「べ・・・・別に、そう言うわけではないっ!」
「そうですか?」
 クスクスと笑いを浮かべているパーシヴァルの態度に、恥ずかしさが増していく。
 相手が彼ならば、いくらでも怒鳴り付けることが出来る。この行き場のない思いをぶつけてやろう。
 そう思い、ボルスは息を大きく吸い込んだ。
 しかし、ボルスが口を開く前に、パーシヴァルの周りにいる子供達が声を上げてきた。
「お兄ちゃん!今度は、ウサギ描いて!ウサギ!」
「良いですよ。ちょっと待ってて下さいね。」
 パーシヴァルは白いクレヨンを差し出す子供に笑顔を向けながらそう答え、渡されたクレヨンで流れるような動作でウサギの絵を描いていく。
 それは、どこからどう見てもウサギそのもの。先ほどボルスが描いた、何をしたかったのかさっぱり分からない線とは大違いだ。
「・・・・本当に器用だな、お前は。」
「慣れだよ。慣れ。」
 心からの感嘆の言葉に、彼は苦笑を浮かべて見せた。
 いったいどういう育ち方をしたら、こんなにも沢山の事を出来るようになるのだろうか。自分に出来ないことを沢山出来るパーシヴァルに、尊敬の念が沸いてくる。
 そして、彼のことをもっと知りたいと願う心が沸き上がってくるのを、ボルスは抑えることが出来なかった。
「・・・俺にも、教えてくれるか?」
「何を?」
 唐突な要求に、パーシヴァルが軽く首を傾げて見せた。
 その彼の手から白いクレヨンを奪い、壁に突き立てる。
「ウサギの描き方。」
 ボルスの言葉に一瞬驚いたような顔をしたパーシヴァルだったが、すぐに頷きを返してくれた。
 その顔が、どことなく嬉しそうだと思うのは、気のせいだろうか。























ボルスは不器用そうです。












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クレヨン