不意に寝苦しさを感じ、眠りの底に沈んでいた意識が沸き上がってくる。
開こうとする意志のない瞼を無理矢理引き上げようと試みると、僅かに開いた視界の先に、見慣れた少し癖の入った金髪が見えた。
しばらく遠征から帰ってこないと言っていた気がしたが、どうやら予定が変わったらしい。
せっかくしばらくの間は一人でのんびり眠れると思っていたのに。
ボルスのせいだとは言わないが、恨み言の一つも言いたいところだ。
それよりも何よりも、寝ている人間の上にいきなり乗り上げて来るとはどういう事か。
ちょっと教育を間違ったかもしてないと思いつつ、パーシヴァルは覆い被さる身体を邪険に振り払った。
「・・・・・ボルス。今は、そういう気分じゃない・・・・・。」
心底鬱陶しげにそう声をかけたのが、ボルスの誘いの手は執拗に絡み付いて来る。
戦闘帰りで気が高ぶっているのかとも思うが、そんなこと知ったことではない。
いちいち人の身体で発散されていたら、こちらの体力が持たない。
「・・・・いい加減にしろ。そんなにやりたいなら、そういうところに行ってこい・・・・・。」
素肌に触れる手の冷たさに違和感を感じながらも、パーシヴァルは眠気のあまりに瞼を開くことが出来ない。
いつもだったらこちらにやる気がないのを察した段階で、渋々ながらも手を引くのだが、今日に限ってその手が引く様子は見えなかった。
安眠を妨害され、あまり気分の良くないパーシヴァルの堪忍袋の緒も切れかける。
「ボルス・・・・いい加減に・・・・・・。」
その呟きは、不意に落ちてきた口付けによって阻まれた。
キス一つで落ち着くならと好きにさせていたパーシヴァルだったが、その口付けに強烈な違和感を感じた。
ボルスにしては、あまりにも手慣れすぎているのだ。
ただ、自分の気持ちをぶつけるようなキスしかしたことのない男が、人の情欲を煽るような口付けを、一晩や二晩で身につけられるだろうか。
身につけられていたら、今ごろとっくのとうに出来ているはずだ。
「・・・・・誰だ・・・・?」
ようやく相手がボルスではないということに気がついたパーシヴァルは、重たい瞼を無理矢理引き上げた。
いまだ霞む視界に写るのは、面白がるような口元の笑みと、金色の髪。
髪はともかく、笑みはボルスのものではない。
では誰だと思案するパーシヴァルの耳に、聞き知った声音が聞こえて来る。
「もっと早く気付けよな。ほんと、見かけによらず隙が多いな、あんたは。」
「・・・・・ナッシュ殿?」
視界がはっきりして来るに連れ、その姿もしっかりと捉えることが出来た。
自分の上に跨り、楽しげに笑むその顔は、最近見慣れたものだった。
とはいえ、こんなシチュエーションで見たい顔でもない。
「・・・・何をしていらっしゃるんですか?」
「何って・・・・約束しただろ?今度夜這いに行くって。」
いわれ、何日前か忘れたが、交わされた言葉を思い出した。
「・・・・許した覚えは、無いですけど?」
「許可が無いから良いんだろ?」
悪びれも無くそう答えたナッシュは、再びパーシヴァルの唇を塞いできた。
眠りに落ちていたせいで下がっていた体温が、徐々に上がってきたのを感じる。
「・・・・・んっ・・・・」
「けっこう良い声だすじゃないの。待ってろ、もっと良い声で鳴かせてやるから。」
「ふざけたことを・・・・。」
のしかかる身体を押しやろうと右腕を伸ばしたが、逆に取られ、押え込まれてしまった。
「・・・いい加減にしてくれませんか?これ以上やったら、洒落になりませんよ?」
「洒落じゃ無いから良いでしょ。大丈夫、俺上手いから。初めてでも感じさせてやるよ。」
自信満々にそう答えるナッシュは、抗議の言葉などもろともせず、首筋をなめ上げて来る。
その感触にビクリと身を竦ませながらも、パーシヴァルはさらに抗議の言葉を投げつけた。
「大体、どうやって入ったんですか。鍵は閉まっていたはずですが?」
「開けた。」
あっさり返して来るナッシュの言葉にため息が零れる。
「・・・・なんのためにそんな事までして・・・・。」
「そりゃあ、あんたに興味があったからさ。まぁ、良いでしょ。一回くらい。これも経験。」
「そんな経験、必要ありませんよ!」
言うなり、パーシヴァルは腹筋の力を利用して身体を起こし、捕らえられている腕を支点にして、逆にナッシュの身体を自分の下に組み敷いた。
今までわりと従順にしていたせいで、その反撃は予想していなかったのだろう。
ナッシュはあっさりとベットの上に押し倒された。
「・・・・見事なお手並みで。」
「お褒めに預かり、光栄ですよ。」
ニヤリと笑いかけながら、両方の腕を頭上で拘束する。
なすがままになっているナッシュに、肩透かしを感じるが、油断は禁物だ。
この状態で何を狙っているのか分からない。
「歳じゃないですか?身体の動きに切れが無い。」
「おじさんは、体力じゃなくてテクで勝負するもんなんでね。」
どう撃退しようかと思案しながら叩いた軽口に、ナッシュも乗って来る。
「テクニックだけじゃ、若者は満足させられませんよ?」
「どうかな?試してみない?」
「遠慮すると・・・・・・」
言葉の途中で、ナッシュが蹴りを繰り出して来る。
とっさに避けたが、拘束していた手も緩み、その隙を突くようにナッシュはベットの上から転がり降りた。
「・・・・油断も隙もないですね。」
「お褒めに預かり、光栄至極。」
ニヤリと微笑んだナッシュは、次の瞬間距離を詰め、パーシヴァルの腹に向かって拳を突きつけてきた。
「あんた・・・!そこまでする意味があるのかっ!?」
ギリギリで攻撃を避けたが、かなり危なかった。あれを食らっていたら、気を失っていただろう。
それだけですめば良い。下手すれば骨が折れてそうなくらいの突きだった。
自然と、背筋に冷たい汗がしたたり落ちる。
何をそこまでむきになっているのか分からないが、ここまで来ると冗談では済ませられない雰囲気だ。
「あるある。俺って、気になったものは試しておかないと気が済まない性分だから。」
そう良いながら繰り出される攻撃をなんとかかわしているものの、あまり格闘技が得意でないパーシヴァルは、だんだん間合いを詰められていった。
そもそも自分は寝起きなのだ。
それでいきなりこんな激しい運動をさせられてはたまったものではない。
どうにかして攻撃から逃れなければと思うのだが、寝起きで思考が旨くまとまらない上に間断なく繰り出される攻撃を避けなければならないのだ。切り抜ける解決策など考えられる暇など無い。。
「隙あり!」
ナッシュがそう叫ぶのと同時に足元を払われ、パーシヴァルは後ろによろめいた。
運が良いのか悪いのか、倒れた先にはベットがあり、すぐさまナッシュが上から取り押さえてくる。
「手間取らせないでよ。おじさん歳なんだからさ。無駄な体力使えないのよ。」
「だったら、最初からやらなければいいでしょう!」
不本意な体勢に、パーシヴァルの声は自然と高くなる。そんな声音を気にした様子も無く、ナッシュは上機嫌でパーシヴァルも肌に手を滑らせた。
「逃げる獲物は追いたくなる。これが男の性というものよ。分かるだろ?」
「わかりません!」
べつにここまでムキになって逃げることは無いのだが、無理矢理というのが気に触った。
そもそも、ナッシュに抱かれて何か自分にメリットがあるのだろうか。どちらかというと、デメリットの方が大きい気がする。
メリットのないセックスなどする気が更々ないパーシヴァルは、どうにかこの体勢から逃げ出そうと思考を巡らせた。
あまり暴力的な行為に訴えたくは無かったが、相手が実力行使にでているのならば、こっちも力で対抗してもいいだろう。
相手の隙をうかがい、枕元に忍ばせてあった短刀を引き抜いたパーシヴァルは、それをナッシュの首筋に突きつけようとした。
「・・・・っつ!」
「だめじゃないの、刃物なんか出しちゃ。」
しかし、その動きはあっさりと阻まれ、短刀はナッシュの手に取り上げられてしまった。
「少しは大人しくしててよ。そうすれば、痛い思いはさせないからさ。」
「冗談じゃない。誰がやすやすと、あんたなんかに抱かれるかっ!」
「おやおや。んじゃあ、ちょっと痛い目見てもらおうかねー。」
そう言うと、ナッシュはパーシヴァルの腕を一まとめにくくり、合わさった手のひらに奪った短刀を突き刺した。
「・・・・あっ・・・・!」
その痛みに、パーシヴァルの口から苦痛の声が上がった。
叫びだしたいところを意志の力で何とか静め、肩で大きく息をしながらギッと目の前を睨み付ける。
「きさまっ・・・・!」
「・・・いつもの取り澄ました顔より、そういう顔の方がそそるねぇ・・・・。あの熱血坊やにもそんな顔見せてるわけ?」
「うるさいっ!」
叫ぶ声を遮るように、また口付けされた。
今度は、優しくなだめるようなものではあったが。
「事が終わったら、綺麗に直してやるよ。俺も水の紋章持ってるし。」
「・・・・あんたの、ランクの低い紋章の力なんか借りたくない。」
「・・・・言ってくれるねぇ・・・・。」
ニヤニヤと、楽しそうに微笑みながら、ナッシュは首筋にきつく吸い付いて来た。
それは、征服の印を刻まれている感じがして大層不愉快だったが、この状態でこれ以上抵抗するのも馬鹿らしい。
「・・・・・もう良いよ。好きにしろ。」
言葉を取り繕うのも面倒くさくなり、話し方が雑になったが、そんなことを気にする男でもないだろう。
小さくため息を付きながら身体から力を抜いて、ベットの上に身を沈めた。
その様子を、ナッシュは面白がるような、残念がるような複雑な笑みで見返してくる。
「なに、もう抵抗しないの?」
「そんな気も失せた。」
「じゃあ、遠慮無く。」
そう言うが早いか、ナッシュはさっさと自分の着ているものを脱ぎ捨てた。
歳のわりには引き締まった身体に、少し感心する。
「なに?俺の身体に見惚れた?」
「ああ。歳のわりには綺麗だからな。・・・・いくつだって?」
「37。」
さっくりと答えられた数字に、身近な同僚の顔が脳裏に浮かんだ。
「・・・・レオ卿と、同じ歳だな。」
「・・・・あれと一緒にしないでくれ。」
不愉快そうに継げられる言葉に、苦笑が漏れる。ケンジやサロメの方が年下だと言ってやったら、もっと嫌な顔をするのだろう。
「何ニヤニヤしてるんだ?」
「・・・べつに何も。」
喉の奥で笑いながら、軽く首を振って見せた。
その衝撃で、頭上の手に激痛が走り、思わず顔を歪ませる。
「あんまり動くなよ。傷口が開く。」
「無茶を言うな。」
これから先に行うであろう事を思うと、動かないわけには行かない。
そう思い、非難の目を向けたが、ナッシュはニヤリと笑い返してきた。
「ま、そこらへんはお兄さんに任せなさいって。」
おじさんじゃなかったのか、と思わず突っ込みを入れたくなったが、今後の作業を穏便に済ませるためにも、口をつぐんだパーシヴァルだった。
「っつ・・・・あっ・・・・!」
突き上げられる衝撃で、頭上でまとめられた手のひらに激痛が走る。
これで何度目か分からない。
何度も突き動かされているせいで、徐々に傷口が広がって行き、そのたびに赤い血がベットの上へと吸込まれていく。
「白い肌に、赤い色が良く映える・・・・・。」
どこかうっとりとした声音に、パーシヴァルはぼんやりしはじめた瞳をナッシュへと向けた。
「綺麗なものって、汚したくなるもんだよな・・・・。」
そう呟いたナッシュは、刺さったままだった短刀をおもむろに抜き出し、部屋の隅へと投げ捨てた。
金属が壁にぶつかる軽やかな音を聞きながら、パーシヴァルは自由になった腕をかすかに動かす。
目の前に手のひらを持ってきたパーシヴァルは、一本一本指を動かしてみた。
痛みがあり、大きな動きをすることは出来ないが、動くことは動く。
そのことにホっと胸を撫で下ろした。
こんなアホみたいなことで剣を握れなくなったら、職を失った後も故郷に戻れやしない。
そのパーシヴァルの心の内に気が付いたのか、ナッシュがいくらか自慢げに声をかけてきた。
「大丈夫。神経あるところは外してあるから、傷が治れば何てこと無い。」
そこまで考えてやっていたのは感心するが、暴力で人を屈しようとするのはいかがなものか。
恨みがましい瞳を向けると、ナッシュは大きく腰を動かし、パーシヴァルの身体を突き上げた。
「あっ・・・・・!」
予測していなかった動きに、思わず高い声があがる。
そんな声を出せば出すほど、彼を調子付かせると言うことは分かっていたが、どうしようもない。
ボルスのように、ただ自分の激情のままに突き動くそれとは違い、ナッシュの動きはパーシヴァルの反応をうかがいながら、ポイントを責めて来るものだったから余計に。
自分で言うだけあって、彼の手腕はなかなかの物だ。
すがるものを求めて、自由になった手は自然と自分を組み敷く男の背へと伸ばされる。
手のひらからは未だ赤い液体が流れ、伸ばした手をうまく縋り付かせることが出来ない。
パーシヴァルは、伸ばした背に爪をたてた。
その小さな痛みに僅かに眉を潜めたものの、その痛みすら楽しむように口元には微笑が浮かんでいた。
「・・・ほんと、ギャップがあって楽しいなぁ、お前は。」
言葉と共に口付けを与えられた。
もう慣れてしまったそれに抵抗する気も起きず、パーシヴァルは与えられる刺激に素直に従う。
抵抗しないということが、一番楽な生き方だということを、パーシヴァルは久しぶりに思い出していた。
「始めてじゃあ、無かったんだな。」
事が終わり、傷の手当てを済ませたナッシュがおもむろにそう声をかけてきた。
その言葉を指の動きを確認しながら聞いていたパーシヴァルは、チラリと視線を投げながら口元に笑みを浮かべた。
「残念ですか?」
「ああ。とっても。」
盛大にため息を吐く様に、笑いを誘われる。
一々動きがオーバーなこの男の本心がどこにあるのか分かり辛いが、これは本気で残念がっているようだ。
「ご期待に答えられなくて、申し訳ないですね。」
クククと喉で笑うと、不意に顔を覗き込まれた。
何事かと首を傾げると、ナッシュは不思議そうに見つめかえして来る。
「何か?」
「・・・・また、取り澄ました顔に戻ってるな。そのスイッチはどこにあるんだ?」
「・・・・どこと言われても。」
「まぁ、どっちでも良いけどさ。そっちの顔も、嫌いじゃないし。」
本当にどうでも良さげにそう言い置いたナッシュは、チュッと音を立ててキスをしてきた。
子供にするようなそれに、パーシヴァルは驚きに目を開いた。
その顔に満足そうに微笑みかけてきたナッシュは、瞬く瞳を覗き込みながら囁いてくる。
「その取り澄ました顔を、俺の手で変貌させるってのも、乙な物だしな。」
「・・・・・・・オヤジ・・・・・・。」
思わずこぼしてしまった言葉に、ナッシュは嫌そうに顔を歪ませて来たが、あえてコメントはしてこなかった。
自分でもそう思ったのかも知れない。
ふと何かに気が付いたように、ナッシュが自分の顔を見つめてきた。
「なんですか?」
小首を傾げながら訪ねると、ナッシュはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら近づいてくる。
「いやいや。髪下ろしてる方が、可愛いなぁ、っておもってね。」
「・・・・・そうですか?」
確か、バーツにもそんなような事を言われた気がする。
べつにイメチェンを狙って髪型を変えている訳ではないのだが、こうも立て続けに言われると、考えるものがある。
軽く腕を組み、口元を隠すようにしながら考え込み始めたパーシヴァルの頭を、ナッシュはなんの前触れもなく撫で回し始めた。
「なにするんですか。」
「うん?べつになにも。」
非難の目を向けると、ナッシュは少し楽しげに笑みを返してきた。
「んじゃ、今日はもう帰るわ。坊やがいない時にまた仲良くしようぜ。」
名残惜しそうに頭から手をどかしたナッシュは、そう言いながら出口へと足を向けていった。
「・・・・お断りします。」
呟かれた言葉を聞かなかったことにしたのか、ナッシュは笑顔で手を振りながら去っていった。
あの図々しさも重ねた年齢の賜物なのだろうかか。パーシヴァルの口から、意識しない内に深いため息が零れる。
傷つけられた手の平に視線を落とす。
紋章の力で治した傷は、跡形もなく消え去っている。
ベットの染みを片づけたら、誰も昨日の惨事に気付きはしないだろう。
「・・・・・まぁ、良いか。」
身体の付き合いだけの人間が今まで無かったわけでもない。
少し軽すぎるところが気になりはするが、この戦いが終わるまでの付き合いだと考えれば、付き合っても構わないだろう。
逆に、断るたびに今回のような実力行使に出られても、体力の無駄だ。
男に抱かれてもなんとも思わない事もばれたことだし、警戒するだけ無駄というもの。
「ボルスにばれなきゃ、大事にもならないだろうしな。」
ばれるような行動をするつもりもない。
出来る限り平穏に日々を過ごして行きたいものだと、パーシヴァルはもう一度大きく息を吐き出した。
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