ボルスが遠征から帰ってきた。
 それは良い。予定で分かっていたことだ。今更何か言うこともない。
 分かっていたことではあるが、少しまずいことに気が付いた。
 ナッシュに襲われた晩に付けられたキスマークが、未だ肌から消えていないのだ。
 色々な事を考えて、ボルスにはキスマークを付けないよう徹底している。
 言われたことを無視して後を残した時、一週間存在を無視していたら謝りに来て、それ以来人の肌に情交の後を残すことは無くなった。
 にもかかわらず、彼の記憶にない痕が付いていたのを発見されると、ちょっと鬱陶しいことになる。
 べつに恋人同士でも無いのだから、自分が誰と何をしようと勝手だろうと思うのだが、嫉妬に任せて騒ぎ立てるボルスは手におえない。
 というより、構いたくないし、構われたくないと言うのが本音の所。
 しかし、遠征帰りで気が高ぶっている奴が、今夜身体の関係を求めてくるだとう事は分かり切っている。
 下手な言い訳は、火に油を注ぐだけだ。
「・・・・さて、どうしようか・・・・・。」
 ナッシュもめんどくさいことをしてくれたと、内心でため息を付く。
 今更いっても遅いのだが。
 城の入り口からセシルの元気の良い声が聞こえてきた。
 どうやら、帰ってきたらしい。
 視線を向けると、長旅で少しやつれた感じのするボルスの姿が見える。
「夜までに、考えておかないとな。」
 そう言葉を漏らしながら、自分の姿を見つけたボルスにニッコリと微笑みかけるパーシヴァルだった。











「・・・・・今なんて言った?」
 ボルスの頭の上に、「?」マークが飛び交っているのが分かった。
 それはそうだろう。
 自分が言われても首を傾げる。
 しかし、パーシヴァルはさも当たり前のことだといわん表情でもう一度同じ事を繰り返した。
「だから、今日はまずいんだ。いわゆる、危険日と言う物だ。女性にもあるだろう?」
 知らないのかと視線で問えば、ボルスは面白い位に顔を赤らめて騒ぎ出した。
「そ・・・それくらい知っている!馬鹿にするなっ!」
「なら話は早い。そう言うわけだから、今日はお前とセックスすることは出来ないんだ。悪いな。」
 そうあっさり言い切ったパーシヴァルは、話は終わりだと言わんばかりにさっさと毛布にくるまった。
「ちょ・・・・ちょっと待てっ!」
 しかし、ボルスの追求は終わらなかった。
 やはりこんな事で誤魔化されるほど馬鹿では無かったかと内心で舌打ちしつつ、パーシヴァルはボルスに向き直った。
「・・・・何だ?」
「それはおかしいだろう。だって、お前は、女性じゃないだろう?子供が出来るわけ、ないじゃないかっ!」
 半ば叫ぶようにして言われた言葉に、他人の口から聞くとよりアホらしい話だと思いながらも、至って真面目な顔でボルスを説き伏せに掛かる。
 こんな下らない問答よりも、ボルスの嫉妬にかられた叫びの方が数倍鬱陶しいのだ。
 これくらいの労力は惜しんではいけない。
「知らなかったのか?男でも子供を産むことが出来るのだぞ?」
「えっ!」
 驚きに目を見開くボルスの顔に、パーシヴァルの言葉を疑っている色はない。
 ここからが勝負だと、パーシヴァルはさらに表情を引き締めた。
「そ・・・・そんな話、聞いた事はないぞ。」
「そうだろうな。あまり外聞が良い物ではないからな。」
「と、いうと?」
 真剣な顔で話の先を促してくるボルスに、パーシヴァルも神妙な顔を作ってみせる。
「男は、100回男に抱かれると、子宮が出来て子供を生むことが出来る身体になるんだ。」
「ば・・・馬鹿なっ!」
「馬鹿も何も、実際俺がそうなんだから、嘘ではないぞ。」
 二の句を告げられないボルスに、小さく笑いかける。
 どうやら、今の話を信じている様子だ。もう一押しでいいくるめられる。
 うまくいけば、それを理由に今後もボルスの誘いを牽制出来るかも知れない。
 アホ過ぎてどうだろうと思ったが、意外と効果がありそうな今回の作戦に、内心でほくそ笑む。
「男が、そんな回数男に抱かれているなどと公表するのは外聞が良い物ではないだろう?だから、公の場では発表されていないんだ。その道の人にだけ、口づてで知らされている。」
「そ・・・・そうなのか。」
 納得したようにと言うよりも、なんとなく呆然としたふうに呟いたボルスは、今気が付いたと言うように慌てて顔を上げた。
「ちょっと待てっ!俺は、お前をそんなに抱いてないぞ!?」
 気が付かなくて良いところに気が付くボルスに、気づかれないように舌打ちする。
 鈍いなら、とことん鈍くしていて欲しいものだ。
 実際の数に近い数字を口にしたら一波乱あるだろうと、控えめな数字にしてみたのだが、それでも鈍い奴の頭に引っかかってしまうとは。
 ちょっと考えが甘かったかも知れないと反省しつつ、パーシヴァルは顔を伏せた。
「それ以上何も言うな。俺にも、色々と話したくない暗い過去がある。」
 傷ついたように顔を歪め、目に涙も浮かべて見せる。
 ボルスが自分の涙に弱いことを知っていて、わざと。
「す・・・すまん・・・・・。」
 途端に口を噤むボルスに、口元だけでニヤリと笑んだ。
 一つの事にしか気持ちを向けられないボルスの気をそらすなど、簡単なこと。
 今は、自分の涙を止めるにはどうしたら良いのかと思案することに夢中になっているはずだ。
 こうも簡単に引っかかると、気持ちの良い物がある。
 もう少しからかってやりたいところだが、これ以上時間をかけても猜疑心を植え付けてしまいかねない。
 この辺が頃合いだろうと、パーシヴァルは俯けていた顔を上げ、涙で潤む瞳でボルスの顔を覗きこんだ。
「お前には悪いと思っている。こちらの都合で振り回す結果になってしまって。」
「いやっ!べつに、気にすることはない。そう言う事情があるなら、仕方のないことだ。これからは、遠慮無く言ってくれ、男として、責任ある行動をしたいからな。」
「・・・・ありがとう。ボルス。」
 たどたどしい言葉に、意識して綺麗に笑いかけた。
 ただ綺麗なだけではなく、どこか儚い感じのする笑みを。
 それくらいの演出をしても良いだろう。
 自分の顔が、笑顔が、男達にどういう影響を及ぼすのか。そう長くない人生経験で会得している。
 案の定、ボルスは面白いくらいに頬を言わず、全身を真っ赤に染め上げている。
「いや、いいんだ。それよりも、お前はさっさと眠れ。無理は、身体に禁物だぞ。」
「ああ。悪いな。」
「・・・・・いや。俺は、少し酒場で飲んでくるから、先に休んでてくれ。」
 そう早口で言い置くと、ボルスはそそくさと部屋から出て行った。
 その後ろ姿が消えてから、パーシヴァルは押さえきれなかった笑いを爆発させた。
「あははははははははっ!」
 ここまで馬鹿笑いする同僚を、騎士団の連中は見たことがないだろう。
 レオ辺りが見たら、気が触れたと思って大慌てで医務室に連れて行きそうなほど。
「・・・・ホント、面白いな。あいつは・・・・・。」
 笑いの収まらない中、そんな言葉を絞り出す。
 面白すぎて、放れられない。
 次は何をしてからかってやろうかと画策してしまう自分がいる。
「・・・・意外にも、ハマッタか?」
 まさかな、と、自分で自分を言い聞かせるように呟いたパーシヴァルは、一人になった寝台の上に寝ころんだ。
 彼は、いつまでさっきの話を信じるのだろうかと思いながら、パーシヴァルは緩やかな眠りへと落ちていった。












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強襲の後に