前触れ

「一緒に、付いてきてくれないか。」
 今日から実家に帰ると言っていたボルスが、いきなりそんなことを言い出した。
 言われたパーシヴァルは、何を言いたいのか計りかね、とりあえず首を傾げて見せる。
「・・・・・どこにだ?」
「俺の家にだ。」
「なんのために?」
「お前のことを、家族に紹介したいのだ。」
 これ以上ないくらい真面目な顔で告げられた言葉に、二の句を告げられなくなる。
 何を言っているのだろうか、この男は。
 何故、ただの同僚である自分が彼の家族に紹介されなければならないのだ。
「・・・・・なんのために?」
 先ほどと同じ言葉を繰り返す。
 顔はいつもと同じ笑みを浮かべていたが、視線がいつもよりもきつくなることを抑えられはしなかった。
 それに気が付いたボルスが、端から見て分かるくらいに身体を硬くする。不穏な空気に、身の危険を感じたのだろうか。それでも彼は言葉を止めず、果敢にも理由を述べてきた。
「俺は、お前と一生を共にしたいと思っている。俺のパートナーとなる相手はお前だと、家族に紹介したいのだ。」
 真剣な瞳に、冗談を言っている色はない。それだけに厄介なことこの上ないのだが。何故、そんな紹介をされなければならないのだ。いつ自分が、ボルスと一生を共にすると口にしたというのだ。頭も悪ければ耳も悪いのか、この男は。
 そもそも、そんな紹介のされ方をしたら、今後の自分の身の置き場所に困るというものだ。
 ボルスは良い。本人がその事を気に入っていないとは言え、後ろ盾が大きい。どんなスキャンダルがあってもそのまま団に身を置いて、それなりの出世をしていけるだろう。
 だが、自分はどうだ。いっかいの平民出がここまで来るのも大変だったというのに。外聞の悪い問題なんかを起こそうモノなら、ボルスを守るために切られるだろう事は容易に想像出来る。
 この男には、分からないことなのかも知れないが。
 答えない事をどう解釈したのか、ボルスはさらに熱っぽく語りかけてくる。
「前々からあったことなのだが、俺の見合いの話が上がっているんだ。今回の帰省も、そのせいなんだ。家の力にモノを言わせて、無理矢理休暇を取らされて・・・・・。このままだと、俺の話なんか聞かずに縁談を進められそうなんだ。だから・・・・・。」
「だから、私を連れて行って、結婚する意思はないとご両親に伝えたいと?」
「そうだっ!だから頼む!」
 懇願するような視線を向けてくるボルスに、パーシヴァルはニッコリと微笑みかけてやった。
 周りの空気が、急にビリビリと震え出す。
 その事にボルスが気が付くよりも早く、パーシヴァルは頬笑んだまま、ボルスに言葉を突きつけた。
「さっさと失せろ。馬鹿野郎。」
 その言葉がボルスの耳に届くのとほぼ同時に、彼の身体に雷撃が落ちていく。
 あちこちに黒こげを作り、ブスブスと音を発しながら白く細い煙を漂わせながら床に倒れ伏したボルスの身体に一瞥をくれたパーシヴァルは、何事もなかったように部屋を後にした。
 これ以上、下らない事を言う男の顔を見ていたくなかったのだ。














「そいつは、可哀想だねぇ・・・・。」
 本当にそう思っているのか、クィーンがクスクスと楽しげな笑い声を上げてきた。
「どこがだ。自業自得だろう。」
「それはそうかも知れないけど。親に紹介したいと思うくらい、あんたのことを好きってことだろ?可愛い坊やじゃないの。」
「全然。」
 ムッと不愉快そうに顔を歪めながらそう答えるパーシヴァルの様子を、クィーンは楽しげに見つめている。なんとなく、その年上ぶった視線が気にくわなかったが、ここでむきになって反論するのも馬鹿らしい。
 気持ちを落ち着けるため、パーシヴァルは目の前にあったグラスの中身を一気に煽った。喉を焼くような酒の熱さに、少しだけ気が晴れる。
「男が、自分の男を紹介するのは勇気がいるもんだよ。そこの壁を突き破れなくて破局を迎えるヤツだっているって言う話もあるらしいし。」
「それならその方が良い。いつまでもあいつとつき合っているつもりはないからな。」
「それって、本気?」
「ああ。」
「ふーん・・・・・。そうなんだ。」
 キッパリと言い切るパーシヴァルの言葉に、クィーンが何かを考えるような顔をしてみせる。
「なんだよ。」
「いや。私は、あんたもあの坊やの事を結構気に入っていると思っていたんだけどね〜。」
 言われた言葉に、少なからず衝撃を受けた。
 そんな風に見えていたとは、思いもしなかったのだ。
「・・・・そう見えるか?」
「ああ。結構、坊やの事気にしてるしさ。」
「そうかな・・・・・。」
「そうだよ。坊やがいるときは、変な男の誘いに乗らないじゃない。あんた。」
「・・・・・言われてみれば・・・・・。」
 確かに、そうかも知れない。遅く帰ったらうるさく言われると言う理由ではあるが、ボルスがいる時には自粛している。酒場で羽目を外すことも、そう無い。
 いや、あくまでもあいつにギャーギャー騒がれることを避けるための手段ではある。ボルスに遠慮してというわけではない。だが、端から見たらボルスに気を使っているように見えるのか。何となく、屈辱的な気がする。なんで自分がボルスごときに気を使わなくてはならないのだ。あんな、剣を振るうことと顔の良さくらいしか取り柄のない男に。
「だから、あんたもあの子の事を憎からず思っているんだと思っていたんだけどね。どうなんだい?」
「どうって言われても・・・・・。」
 嫌いではないが、特別に好きなわけでもない。
 最近は同じベットで寝ているせいで、他の男よりも肌を合わせる機会が多いと言うだけだ。
「別に、ただの同僚だと思っているけど?」
「ホントウカねぇ〜。」
「・・・・なんなんだよ、さっきから。」
 ニヤニヤと笑う彼女の態度に解せない物を感じる。
 いったい自分に何を言わせたいというのだろうか。
「本当にそう思っているさ。大体あいつは、モノを知らなさすぎる。つき合って疲れることの方が多いんだ。」
「へぇ。たとえば、どんなこと?」
「そうだな・・・・・。布団の一つも干せないし、洗濯モノは置いて置いたら洗濯が終わっていると思っていやがる。洋服も、どこかに置いて置いたらきちんとタンスにしまわれているモノだと考えてるし、酒を飲んだ後にグラスを片づけようともしない。貴族様だからしょうがないのかも知れないけど、そういう日常的な事を一切知らない人間と、一生を共にしたいとは思わないな。俺は。」
 一度堰を切ったら止められなくなる。
 多少回り始めた酒の効果も有り、パーシヴァルは日頃から胸の内に止めていたボルスへの文句を次々と捲し立てていった。
「そもそも、ちょっと相手をしてやっただけで彼氏面するのはどうなんだ?俺は、一人の人間と親密につき合う様なつき合い方なんかしたくないんだよ。それなのにあのヤローは偉そうに。今日は何をしていただの、誰と何を話したんだの一々聞いてきやがって。バーツと話をしていればどこからともなくすっ飛んできてわけの分からないことを喚き出すし、酒場で飲んで帰ったら二時間は説教してきやがるんだぞ。そんなヤツに惚れると思うか?普通。」
「・・・・・・うーん・・・・。それは、ちょっとウザイね。」
「だろ?最初にどんなヤツを相手にしたのか知らないが、全然旨くならないし、マンネリだし。少しはナッシュ殿を見習ってみたらどうなんだと言ってやりたいぜ。ナッシュ殿を上回っているのは若さと勢いだけで、つき合わされるこっちの事なんて少しも考えやがら無い。どうにかして欲しいよ。まったく・・・・・。」
「・・・・苦労してるんだねぇ・・・・。」
「ああ。」
 同情するようなクィーンの言葉に頷き返したパーシヴァルは、次々とグラスを空けていく。
 瓶から直接飲んだ方が早いのでは無いかという早さで。
 その様を苦笑を浮かべながら見ていたクィーンは、アンヌに目配せして新たな酒を注文する。
「気に入らないなら、自分好みに教育すれば良いんじゃないの?」
「・・・・努力はしたさ。」
 小さく笑みを零したパーシヴァルは、今は思い出したくもない男の姿を脳裏に思い浮かべてしまい、不機嫌も露わに顔を歪めて見せた。
 本当に、色々やってみたのだ。
 洗濯の仕方も教えようとしたし、出したモノは自分でしまうように何度も注意したのだ。
 だが、生まれたときから誰かにやって貰うことに慣れているボルスはなかなか言うことを聞いてくれない。
 言われた時にはやるようになったのだが、言われないとやらないのだ。
 今現在も、貴族だから仕方ない、と呪文のように唱えながらボルスに指示を出し続ける日々を送っている。
 時々、無性に腹立たしくなったりするのだが。
 ボルスの顔を思い出したら、また怒りがぶり返してきた。
 目の前の酒をあおり、新たな酒をグラスに注ぎ足しながら、クィーンへと視線を向ける。
「明日はお互い休みだろう?今日は、吐くまでつき合って貰うからな。」
「オッケー。良いよ。たまにはそう言う飲み方もね。・・・・とは言え、あんたはどんなに飲んでも吐きはしないだろう?」
「まあな。記憶は飛ぶけど。」
「記憶を飛ばした間に、何人の男をくわえ込んだんだい?」
「だから、記憶に無いんだって。」
 パーシヴァルの言葉にケタケタと笑っているクィーンは、既に良い感じで酒が回ってきているのだろう。
 気が付けば、テーブルの上にはパッと見では数えられない位の酒瓶が転がっていた。
 さすがに、これ以上飲むと黄色信号が灯る。
「・・・・まぁ、良いか。」

 ボルスは今日帰ってこないわけだし。誰をどこに連れ込もうと文句を言う奴もいない。
 たまには羽目を外してしまおう。嫌な事を忘れるために。
 そんなことを考えながらグラスを空にしたパーシヴァルの顔を、クィーンがジッと見つめてきた。
「なんだ?」
「あのさ。賭をしないかい?」
「賭?」
「そう。あんたが坊やのことを好きになるか、ならないかで。」
「・・・・・なんでまた。」
 いきなりなんなんだ。その提案はと首を傾げたパーシヴァルだった。
「俺が誰を好きになろうと、クィーンには関係ないだろう?」
「そうだけどさ。面白いじゃない?あんたが、誰か一人に絞るっていうのも。それが坊やだった日には、おかしさに腹がよじれるってもんだよ。」
 クィーンは、既によじれているのでは無いかと思われる位笑い続けている。余程自分の提案が気に入ったのだろう。
 そんな彼女の姿を見ながら、パーシヴァルは考える間もなく頷き返していた。
「良いぜ。乗ってやるよ。」
「本当?」
「ああ。男に二言は無い。」
 そう答えてしまったパーシヴァルも、既に赤信号が灯っていたとしか思えない。
 普段だったら、引き受けたとしても、何かしら難癖付けて話を引き延ばしていただろうから。
「良し。じゃあ、私はあんたが坊やにほだされる方に賭けるよ。」
「分かった。で、負けたヤツはどうするんだ?」
「・・・・そうだねぇ・・・・・。」
 考え込むように腕を組んだクィーンは、しばらくの間その姿勢で固まっていた。
 その姿をグラスを空けながら待っていたパーシヴァルに、彼女は名案を思いついたというように両手を打ち鳴らし、嬉しそうに告げてきた。
「自分がこの世で一番旨いと思う酒を奢る。これでどうだい?」
 その程度の景品だったら、いつもやってる小さな賭け事と同じ程度のものだ。
 素面の時にはそう思っただろうが、脳にアルコールの回った状態だったので凄く良い提案の様な気がした。
「良いな。それにしよう。」
「じゃあ、その時に何を奢るのか、考えて置いてくれよ。」
「それは、こっちの台詞だよ。」
 ニッと笑いあった二人は、手にしたグラスを軽く打ち鳴らした。
 契約は成立したと言わんばかりに。
「楽しみだね。」
「ああ。」
 その話はそこで終わりと、二人は話題を変えた。
 これ以上、ボルスの話をしていたくはなかったから。
 今日は、気の合う友と楽しく酒を酌み交わしたかった。
 何もかも忘れて。
 そんな気分が、酒を消費するスピードを上げていく。
 いい加減乗り切らなくなった酒瓶をアンヌが片づけた直後に、一人の男が酒場に入ってくるまで、二人で酒を煽り続けるのだった。














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