一年の収穫を祝う祭りの夜。
 その日だけは子供達も夜遅くまで起きていても叱られない。
 それでも、去年までははしゃぎ疲れて早く眠っていたのだが、今年は遅くまで起きていた。それだけ自分が大人に近づいたような気がして、少し嬉しくなる。
 だが、そろそろ限界だ。頑張ろうと思っても、目蓋が自然と落ちてきてしまう。
「あらあら。そろそろお眠かしら。」
「・・・・・まだ起きてられるよ。」
 母の優しい響きを持つ声にそう言われ、なんとなく強がりを言ってしまった。ここで頷いたら、自分がまだ子供だと宣言するようでイヤだったのだ。
 だが、そんな自分の胸の内などお見通しだったのだろう。母は、眠気を飛ばそうと必死に目をこする自分の頬に手を添えて、ニコリと笑いかけてきた。
「そうよね。去年よりも大きくなったものね。じゃあ、そんなあなたにお願いするわ。」
「・・・何?」
「家にいるお父さんに、そろそろこっちに戻って来てって、声をかけてきて頂戴。」
「父さん?」
 言われて周りを見渡せば、さっきまで母の傍らにいた父の姿が消えていた。
 いつの間に姿を消したのだろうか。祭りの華やかさで、そんなことに全然気が付かなかった。
「家にいるの?」
「ええ。お願いしても良いかしら?」
「うん。分かった。ちょっと待っててね!」
「ゆっくりで良いから。転ばないのよ。」
 駆けだすと、母のそんな言葉が聞こえてきた。
 その言葉に軽く手を振り、目を瞑っていても歩ける道を駆けていく。
「おっ!まだ起きてるのか?」
「そんなに慌てて、どこに行くんだい?」
「まだまだ起きてられるよ!今から、父さんを迎えに行くんだ!」
 すれ違う村人達がかけてくる言葉に、軽く返事を返す。その言葉にまた、優しい返事が返ってくる。
 いつもと対して違いの無い会話なのに、いつもと違う時間だと言うだけで全然違うもののように感じる。
 自分が、大人の仲間入りをしたような。そんな気分がしてくるから、不思議だ。
「父さん!」
 勢いよく家のドアを開け、中にいるだろう人物を大声で呼んでみた。
「・・・・・どうした?慌てて。」
 窓辺に立っていた父親が、優しい笑みを浮かべてこちらに視線を移してくる。
 窓から差し込む月明かりにてらされた父は、自分の父親なのに格好いいと思う。いや、父親だからそう思うのかも知れない。
 村の誰よりも格好良くて、賢くて、それでいて力も強い。彼が父親だと言うことが、これ以上ないくらいに誇らしい。
「あのね。母さんが・・・・・・。」
 言いかけて、父の手の中にある見慣れないものに視線が向いた。
 白い、細長い棒のようなもの。
 そこから、真っ白い煙が立ち上っている。
「・・・・何?それ。」
 興味津々という顔で近づけば、父は驚いたような顔をしてみせる。
「ああ、煙草だ。見たことなかったか?」
「うん・・・・。初めて見た。何なの、それ。」
「これはなぁ・・・・。」
 面白がるような笑みを浮かべた父は、その棒の端を口にくわえて見せた。
 何だろうと首を傾げてみていると、父は大きく息を吸い込み、棒を口から取り出す。そして、自分の顔を見つめたかと思うと、その口から真っ白い煙を吐き出して見せた。
 父の行動を目で追っていた、息子の顔に向かって。
「・・・・けほっ!けほっ!」
「あははははっ!」
 思わずむせて咳を繰り返すと、父は楽しそうに声を上げて笑い出した。
 からかわれた様な気がして、小さな怒りが沸き上がってくる。
「なんなんだよっ!もうっ!」
「これが、煙草だよ。煙を吸うんだ。」
「・・・・・そんなことして、何が楽しいの?」
「うん?なんだろうなぁ・・・・。人それぞれだろ、それは。」
 クスクスと笑い声を上げながら、父は再度煙草というものに口を付け、息を吸う。
 また顔に煙りを吐きかけられるのかと思ったが、今度はそんなことも無く、父は窓の外に向かってその白い煙を吐き出していた。
「・・・父さんは、なんで煙草を吸うの?」
「俺か?俺は、自分のご褒美に吸うんだよ。」
「ご褒美?」
「そう。ご褒美。」
 首を傾げて問い返せば、父ははにかんだような笑みを浮かべて軽く首を傾げて見せた。
「結構高いんだ。これは。だから、一年に一回。この祭りの夜だけに吸うんだ。一年間、頑張った自分にお疲れ様ってな。」
「だから、ご褒美?」
「そうだ。」
 頷く父の言葉に、なんだか納得できないものを感じた。
「・・・・ご褒美なのに、そんなに煙たいものをわざわざ吸うの?」
 その言葉に、父は口元だけでニヤリと笑みを浮かべて見せた。
 からかっているような、自分の事を試しているような、そんな笑み。
「お前も、大人になれば分かるよ。なんでこれが、ご褒美になるのかな。」
「・・・・本当?」
「ああ。賭けても良いぞ。」
 力強く頷く父の言葉は、いつも何の疑いも無く信じてしまうものだったが、これだけは信じることが出来なかった。
 どうしても、さっきの煙は気に入らない。
 そんな不審気な空気を察したのか、父は息子の頭を力任せに撫でてきた。
「お前が煙草の旨さを理解出来るようにな年にったら、最初に吸う煙草は俺が買ってやるよ。それを吸って、お前が旨いと感じなかったらお前の勝ち。旨いと感じたら、俺の勝ち。良いな?」
「良いけど・・・・・。何を賭けるの?」
「そうだなぁ・・・・・。」
 問いかけに父は軽く腕を組み、右手の指を顎に添えて考え込んだ。
 軽く首を傾げるその仕草は、父のクセ。
 何かを考えているときには必ずする、彼のクセ。
「じゃあ、その時一番大切なモノを、相手に渡すって事にしようか。」
「大切なモノ?」
「そうだ。ちなみに俺は、お前の母さんがこの世で一番大切だ。これは、死んでも変わらないぞ?」
「じゃあ、ボクが勝ったら母さんをくれるの?」
「勝ったらな。」
 意地悪く鼻で笑う父の姿に、ムッと頬を膨らませた。
 こういう顔をしているときの父は、好きじゃない。
 子供だと思って馬鹿にしている顔だから。
「絶対勝ってやるから!そして、母さんをボクのモノにするからね!」
「やれるもんなら、やってみろよ。」
 笑いをかみ殺した様な表情に飛びかかってやろうとした瞬間、入り口から楽しげな声がかけられた。
「あらあら。何を楽しそうに話をしているの。」
「母さん!」
「おっ。そろそろ時間か?」
 窓枠に寄りかかるようにしていた父が、母の姿を見て身体を起こした。
「そうよ。家でゆっくりしたい気持ちも分かるけど、ちゃんと時間は守ってよね。」
「はいはい。悪かったよ。」
 わざわざ怒ったような表情を作ってそういう母の言葉に、父は苦笑を浮かべながら玄関へと歩を進めていった。
 その父の様子を見つめていた母は、傍らに駆け寄ってきた子供の頭を優しく撫でながら問いかけてくる。
「まだ眠くない?一緒に行く?」
「うん!」
「子供はもう寝る時間じゃないのか?」
「子供じゃないもん!」
 からかうような父の言葉に言い返しながら、母親の腕にすり寄った。
 こんな遅くまで母の傍らに居られる事など滅多にないのだ。居られるときまで、一緒にいたい。もちろん、父親とも。
「そうかそうか。じゃあ、賭のことは忘れるなよ?」
「もちろん!」
「あら、何?賭って。」
「うん?、あぁ、男の約束だ。」
「あらあら。いやぁねぇ。男って。」
 そう言いながらも、母の顔は楽しそうだ。
 優しい母と、父。
 生活が豊かなわけではないが、十分に幸せだ。
 父は、少し意地悪な面があるけれど。
「なあ。」
「何?」
 父の声に、母は視線をそちらに向けた。
「あっ!」
 自分の目の前で交わされる両親の口づけに、大きな声を上げる。
「何するんだよ!」
「今こいつは、俺のモンだからな。何しても構わないだろう?悔しかったら、賭けに勝ってみろよ!」
 母の腕から離れ、笑いながら走り去る父を追いかければ、そんなことを言われた。
 手を抜いているのが見え見えなのに、駆けだした父に追いつくことは出来ない。
 ムキになって走り出すと、父の笑い声が更に高まっていく。
「あらあら。何をやってるんだい。あんた達は。」
「子供相手に、大人げないねぇ。」
「ほらっ!負けるなっ!」
 気の良い村人達が、そんな親子のやり取りを見て笑い声を上げていた。
 それは日常の出来事。
 父と母と自分と、気の良い村の人々。
 変わることのない、のどかな生活。
 この生活が、いつまでも続くと信じて疑わなかった。



















幸せだった頃の記憶












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