空に雲一つ無い晴天の日。
 バーツはいつものように畑仕事にせいを出していた。
 作物は順調に生長している。この分なら、今年の収穫祭までにはそこそこの収穫を見込めるだろう。
「やっぱ、俺って天才か?」
 農家に生まれて良かった。
 そんなことを考えながら昼食にあり付こうかと鍬を握る手から力を抜いたバーツの耳に、幼なじみの声が聞こえてきた。
「バーツ。」
「よお、パーシヴァル。・・・・・・熱か?」
 顔を見ただけでそう尋ねると、彼は困ったように微笑みながら小さく頷きを返してきた。
「正解。クスリ、持ってるか?」
「ああ。ちょっと待ってろ。」
 そう言うと、小走りに小屋へと戻る。こんな時のために、一通りの常備薬は用意してある。
 大切な幼なじみは、どうにもこうにも自分の身体を大切にしようとしない。自分など、どうなっても良いと言わんばかりの行いをするのだ。
「・・・・昔は、そんなこと無かったんだけどな・・・・・。」
 騎士団に入ってから、そんな傾向が現れた。
 イクセの村を襲撃されてからは余計に。
「気持ちは分るけどさ。」
 言葉を小さく吐き出しながらクスリを手に取り、バーツはパーシヴァルの元へととって返した。
「ホラ、これ。熱だけか?」
「ああ。今のところ、それだけだ。」
「医務室に行けば良いだろうが。これより効くクスリくれるぜ?」
「あそこに行ったら、仕事を休ませられるからな。」
 小さく笑ったパーシヴァルは、バーツの手からクスリを受け取り、一気に飲み込んだ。
 その彼に、コップに注いだ水を手渡してやる。それも一気に飲み干したパーシヴァルは、人心地ついたように息を吐き出し、ニコリと笑みを向けてくる。
「サンキュー。助かったよ。」
「礼を言うくらいなら、少しは身体を休めろよ。」
「そうも言ってられないんだよ。志願兵は増える一方だしな。兵は居れば良いと言うもんじゃ無い。訓練を積まなきゃ、ただの捨て石だ。」
「それは分るけどさ。それを扱うヤツが冷静な判断を出来る状態にいないと、意味無いだろう?」
 怒ったようにそう返せば、小さく笑われてしまった。
 未だに自分のことをガキ扱いしてくるから、少し腹が立つ。
「その顔、止めろよな。俺はお前が思うほどガキじゃねーぞ。」
「分ってるよ。ボルスよりも、全然周りが見えているしな。」
「あの兄ちゃんと一緒にするなよ。」
「悪い。」
 クスクスと笑っていたパーシヴァルは、気を取り直すように大きくのびをしてみせた。
「さてと。そろそろ仕事に戻るかな。」
「今日は何?」
「志願兵の訓練。自分でびっちり見るわけじゃないから、少しは楽が出来るよ。明日は、一応休みだしな。心配するな。」
 笑顔でそう返すパーシヴァルの言葉は、いまいち信用できない。とくに、体調が悪いときの彼の言葉は。
 彼が「こう」と決めてしまったら、どんな言葉も聞き入れられないことは分かっている。それでも、言わずには居られなかった。
「・・・・・・・・無茶すんなよ?」
「分ってるって。」
 そう言って立ち去る幼なじみの背中を見送りながら、バーツは大きくため息を漏らすのだった。


















 そろそろ夕方という時間に差し掛かりそうになった頃。バーツは訓練場へと足を向けていた。パーシヴァルの様子が気になったのだ。
 自分の予測だと、昼の時点で彼の体温は37度半ば過ぎ。普段35度を下回るような体温をしている彼にしては、高熱の部類に入る。
 見ているだけだとは言っていたが、あのパーシヴァルが黙って見ているわけがない。最近疲れ気味だった彼が、動いたことで体温を上げることは目に見えて明らかなこと。
 と、なると今は38度半ばくらいに達しているだろうか。
「・・・・と、なると。ヤバいよなぁ・・・・・。」
 熱の上がった彼は異様に好戦的になるのだ。普段冷静な振りをしている反動からなのか、妙に闘いたがる傾向にある。
 いや、昔から熱を出すたびに妙に興奮していたから、そういう体質なのかも知れないが。
「・・・・・その上、見境無くなるからなぁ・・・・・。」
 フゥっと息を吐き出し、進む足を速めた。
 と、遠くからなにやら歓声が聞こえてくる。
「・・・・遅かったか?」
 イヤな予感に捕らわれながら足を速めて訓練場に入れば、人だかりが出来ている真ん中で幼なじみが見知らぬ騎士と剣を合わせていた。
「あらら〜。」
 どうやら来るのが遅かったようだ。どこからどう見ても、彼は剣を振るうことを喜んでいる。ああなると、止めるのは一苦労だ。下手に消化不良のまま行動を止めると、とばっちりを受けてしまう。
「・・・・何しに来たんだ?」
 不意に傍らから聞えた声に視線をそちらに向けると、不機嫌そうなボルスの顔とぶち当たった。どうしてこの男は自分を見るたびにこういう顔をするのだろうか。理由は分らないでもないが、自分以上に気を付けねばならない相手は沢山いると言うのに、自分の事ばかり警戒している。
 そんなことだからパーシヴァルに簡単にあしらわれてしまうのだと心の中で呟きながら、出来るだけ軽い調子で言葉を返した。
「うん?・・・・・・パーシヴァルの仕事振りを見に来たんだけど・・・・。随分と楽しそうなことしてんだな。」
「・・・・べつに、何も楽しくは無いだろう。たかが試合だ。」
「そう?・・・・・でも、そろそろ止めないと、アレだよなぁ・・・・。」
「アレってなんだ?」
 後半は呟くように言ったのだが、聞きとがめられてしまった。とは言え、彼に教えるわけにも行かない。この男がパーシヴァルの体調のことを知れば、一騒動どころでは収まらぬ騒ぎになるだろうから。それは、パーシヴァルの望むことではない。例え望んでいても、この男には教えてやろうとは思わないが。
 何を言うでもなく笑い返せば、ムッと顔を歪められてしまった。自分よりも年が上だとは思えないその仕草に、不安が募ってくる。
 彼は、パーシヴァルの事をどれだけ理解してやれているのだろうかと。
「おや。なかなか面白いことをしているんだね。」
「フッチ殿。」
 ボルスが名を呼ぶ男に視線を向ければ、体格のいい男が近づいてきているのが見えた。
 竜洞騎士団の竜騎士。
 パーシヴァルから話は聞いている。ボルスと似たタイプではあるが、彼よりも大人だと言っていた。
 たしかに、全体的に落ち着いた雰囲気を感じる。少々のことでは動揺しない懐の深さも。とは言え、所詮他国の者。パーシヴァルを任せることなど、出来はしない。
 バーツがそんな値踏みをしていることに気が付きもしないで、ボルスとフッチは会話を続けている。
「あれは、ぼくでも相手をして貰えるのかな?」
「さぁ・・・・どうでしょうか。俺にも、あいつが何を考えてあんな事を始めたのか分らないもので・・・・・。」
 どいつもこいつも。なんであいつの事を理解してやろうとしないのだろうか。こんなんだから、パーシヴァルは誰にも弱音を吐くことが出来ないのだ。こいつ等みたいなヤツばかりだから、パーシヴァルが歪んでしまったのだ。
 胸の中に、小さな怒りが沸き上がってくる。だから、少し意地悪をしてやりたくなった。
「そんなの、決まってるじゃん。」
「・・・・なんだ?」
 少しトゲが出来た声音に、ボルスが面白く無さそうな声で返答を寄越してくる。
 それがさらに、バーツのかんに障った。
「やりたかったから、やってんの。」
「・・・・・・・・何を言っているんだ。貴様。そんな単純な理由で動く男では無いだろう。あの男は。」
 本当に何も分ってはいない。ここまで分っていないと、同情心すら沸いてくる。
「分ってないよな。兄ちゃんは。」
「なんだとっ!貴様っ!」
 いきり立つボルスのことは、さっさと視界から排除した。言っても分らないヤツに教えることほど無駄なことは無い。パーシヴァルが良くそう言っている。
 だから、今度はターゲットを変えてみた。同じタイプだと言われたこの男が、どう出るか。
「・・・・まぁ、そんなわけだから、あんた位強そうなヤツとだったら、喜んで闘ってくれると思うぜ?」
 顔を見上げながらそう言うと、彼は嬉しそうに頷きを返してきた。
「そうか。なら、次は立候補してみようかな。」
「そうしてくれると、助かるな。」
 思わず零れた呟きに、ボルスとフッチが首を傾げてきた。不思議そうにジッとバーツの顔を見つめてくる彼等に、ただ困ったように笑みを返す。
 うっかりしていた。少し、焦っているらしい。どうして周りに居る者が気が付かないのか不思議なくらい、パーシヴァルの体力が著しく低下しているから。
 周りの者がパーシヴァルの体調の悪化に気が付かないのは、彼が始終微笑んでいるせいかもしれない。
 瞳の奥は少しも笑んではいないのに、見せかけの表情に皆、だまされているのだ。
「・・・・・馬鹿だな。」
 隣の二人にも聞こえないように小さく呟いた。
 そんな風に自分を痛めつけて、どうなるというのだろうか。そう、いつも言っているのに。彼は行動を改めようとはしてくれない。
 パーシヴァルが騎士から一本取った。少しも乱れを見せないその動きに感服する。強がりもここまで来ると立派としか言いようがない。
 だが、次の相手はこれまでの相手と力が違う。さすがのパーシヴァルも、彼相手では隙が出来るだろう。
 彼の体力と集中力の切れ目を狙って間に入る。
 そう心に決めながら二人の戦いを見守った。
 パーシヴァルの懐に飛び込み、剣を横に振り切るフッチの動きを、パーシヴァルは余裕で交わしている。
 その動きは、昔と少しも変わっていない。
『相手の動きと力を見極めてから行動しろ。』
 そう言っていた彼の父親の教えを、彼は未だに忘れてはいないらしい。
 騎士になった、今でも。その事になんとなく嬉しくなる。
「・・・・では、そろそろこちらからも行きましょうか。」
 ニヤリと口元の笑みを深くしたパーシヴァルは、突き入れられた剣を払い、素早く懐に飛び込んだ。そのスピードは攻撃を避けていた時よりも速く、フッチの対応は一瞬遅れる。
 だが、彼も多くの戦場を駆け抜けた者だ。冷静に剣筋を見極め、突き入れられた剣先をすんでの所でかわして見せた。
 それでも体勢は崩れる。その隙を付くように襲ってくる剣先を飛ぶように逃れ、フッチはパーシヴァルとの距離を大きく取った。
「・・・・・なかなか、やりますね。」
「そう言う君こそ。」
 ニコリと笑い会う二人の様子に、息を詰めて事の成り行きを見守っていた観戦者達がホッと息と吐いたのが分かった。どうやら、皆息を止めて試合を見つめていたらしい。それは、バーツも同じだ。周りの動きに合わせるように、バーツもまた、ホッと息を吐き出した。
 その瞬間、口から言葉がこぼれ落ちた。
「・・・・・あの人、なかなかやるモンだな。」
「ああ。パーシヴァルに負けてない。体力が余っている分、フッチ殿に分があるな。」
 思わず零した感想に、ボルスが答えを返してきた。
 珍しいことがあるものだ。たぶん、声の主がバーツだと言うことを忘れるほど、この戦いに集中していたのだろう。
 気持ちは分る。騎士ではない自分ですら魅せられているのだ。騎士である彼が魅せられないわけがない。それくらい、素晴らしい闘いだ。二人とも戦いのタイプが違うから、騎士連中にとっては見ているだけで勉強になるだろう。
 出来ることなら、勝負が決するまでやらせてやりたいところだ。パーシヴァルのためにも。
 だが、もうダメだろう。
 そう考えたバーツの耳に、ボルスの呟きが聞こえてきた。
「・・・・俺も、やりたくなってきたな・・・・・。」
「その気持ちは分るけど、また今度の機会にしてやってよ。」
 ただの呟きだったのだろうが、何となく返答を返す。期待させたら可哀想だと思ったのかも知れない。自分のことだが、闘いに集中していたのでそこら辺は分からない。
 そんなバーツの言葉に、ボルスの視線が自分へ向いたことが分った。分ったが、一々彼に気を回してやる余裕はない。タイミングを逃すと、打ち身だけでは済まなくなってしまう。
 フッチが。
 今の、脳みそが沸き上がっている状態のパーシヴァルに、手加減や正攻法と言う言葉は無いのだ。この手合いを訓練の一端だと考えているフッチに、勝ち目は無い。
「・・・・なんでだ?」
 どこか呆然としたようなボルスの呟きに、バーツは唇の端を持ち上げた。
 それを聞くのは、パーシヴァルの事が何も分っていない証拠のような物。
「そろそろ、限界だろ。あいつ。」
「・・・・・え?」
 ボルスが問い返すのと、パーシヴァルがフッチの足を引っかけて転ばせたのはほぼ同時。
 沸き上がるどよめきに、ボルスが慌てて視線を向けるのが分った。
「あ〜あ。あんな事しちゃって・・・・・。評判落ちても知らないぞ?」
 片膝を付いて呆然とパーシヴァルの顔を見上げるフッチの様子に、バーツの顔には自然と苦笑が浮き上がってくる。
 冷静沈着なパーシヴァルが。今まで基本に忠実な動きをしていたパーシヴァルが、そんなことをするとは思ってもいなかったのだろう。
「・・・・・そう言う攻撃は、アリなのかい?君たちの騎士団では。」
「無いでしょうね。あなたが強いから、いけないのですよ!」
 そう言いながら、立ち上がりかけたフッチに突っ込んでいくパーシヴァルの瞳からは、勝つことしか考えていない事が見て取れた。
 パーシヴァルの頭には、いつもその脳裏にある『騎士団のメンツ』などという物は思考の片隅にも無いだろう。
 いや、そもそも何も考えられなくなっているのだ。戦いに勝つと言う目標以外は。
「ちょっ!それは卑怯だって!」
「戦場に、卑怯も何もないでしょう?」
「それはそうだけど・・・・っ!
 慌てて身を起こし、剣を構えるフッチにパーシヴァルが躍りかかっていく。
 フッチは防御の態勢に入れていないとは言え、筋力にものを言わせて振り下ろされた剣をなんとか受け止める。
 そのまま鍔迫り合いの格好に持ち込み、フッチは叫ぶように声をかけた。
「騎士道精神は、どうしたのさっ!」
 そんなもの、今のパーシヴァルには無いに等しい。
 バーツの思いを肯定するように、パーシヴァルも口を開く。
「そんなもの、元から持ち合わせてはいませんよっ!」
 そう叫びながら、力では勝てないと思ったのだろうパーシヴァルが迫り合いから逃れるために行った行動は、目の前にいるフッチの腹を思いっきり蹴りつけることだった。
「うわっ!」
 慌てて身を引いたフッチだったが、攻撃は当たったらしい。
 痛そうに顔を歪めている。
「・・・・・あ〜あ。」
 思わずため息がこぼれ落ちた。
「そんな攻撃、騎士サマがやるなよなぁ・・・・。」
 小さい頃、良くやった攻撃ではある。 
 一瞬、自分の体勢を不安定にさせる攻撃なので、使い方を誤ると逆にピンチになるのだが、今のパーシヴァルにはそんな先の事まで考える力はないらしい。
 自分の繰り出せるワザは、全部出し切るといった様相だ。
「・・・・だから、そう言うことは卑怯だって言ってるだろうっ!」
「勝てば官軍、ですよ。」
 それは、とにかく勝ちにこだわっていた彼の父が良く口にしていた言葉だ。
 子供が相手だろうと、老人が相手だろうと。どんな時にも手を抜かなかった。その上、どんな卑怯な手を使ってでも勝ちを目指した、彼の父親が。
 その彼を見て育ったパーシヴァルは、バーツの物心が付いた頃にはもう、どんなことをしてでも父親に、勝負の相手に勝とうとしていた。
 変わったように見えても、根っこの所では何も変わっていないパーシヴァルの様子に嬉しさが沸き上がってくる。勝ちにこだわるからこそ、負わなくても良いものを背負ってしまったのかも知れないが。
 そんなことを考えていたバーツは、自分の思考を振り払うように頭を振った。
 ここらでもう、限界だ。
 あの言葉が出てしまったということは、完全に思考がショートしていると言うことだ。楽しそうな彼の様子に、うっかり遮れなくなっていたが。
「・・・・どうしたんだ?あいつは・・・・。」
 さすがにおかしいと思ったらしい。傍らのボルスの呟きに、バーツは深いため息を吐き出した。
「だから、限界だって言ってるんだよ。」
「だから、何が限界だと・・・・・おいっ!」
 ボルスの問いに答えようともせず、バーツは鍬を担いだまま、再び剣を打ち合わせた二人の元へと歩を進めて行った。
 ボルスが驚いたように息を飲んだのは分かったが、今は構っている場合じゃない。
 真剣勝負をする二人の間に割ってはいるなどと言うことは、はたから見たら無謀な行動のように見えるだろうが、バーツはそう思わなかった。
 二人の動きのクセは、見ている内になんとなく分かった。止めるだけなら、簡単だ。
「どうして真っ向から闘おうとしないんだっ!」
「そんな事をしたら、負けるのが分かり切っているでしょう?」
「だからって・・・・。ただの訓練じゃないかっ!」
「負けることは、嫌いなんですよ。 どんな時でもね!」
「はいはーい。そこまでにしよう。お二人さん。」
 振り下ろされた二本の剣を鍬一つではじき飛ばしながら、緊張感の抜けた声でバーツはそう声をかける。
 さすがに先頭切って闘う騎士の剣。ちょっと鍬を持つ手が痺れたが、毎日畑を耕し、肥料を担ぐバーツにはそれ程苦になる衝撃でもない。
 弾かれた剣を呆然と見つめていたパーシヴァルだったが、すぐに気を取り直したらしい。すかさずバーツの事を睨み付けてきた。
「何をするんだ。バーツ。良いところだと言うのに。」
 不服そうに文句を言うパーシヴァルの顔を見つめながら、バーツは出来るだけ軽い口調で答えて見せた。
「はいはい。悪かったね。だけど、そろそろドクターストップの時間なんだよね。これが。」
 口調とは裏腹のキツイ眼差しに、パーシヴァルが一瞬口を噤んだ。
 自覚はあるらしい。なら話は簡単だ。ごねられたらどうしようかと思っていたのだが。
「ドクターストップ?」
「そう。」
 フッチの問いかけに軽く頷いたバーツは、面白く無さそうな顔をしているパーシヴァルの首筋に腕を伸ばし、強引に自分の方へと引き寄せた。
 そして、自分の額とパーシヴァルの額をくっつける。
 やはり、見立ては間違っていなかった。首筋に当てた手に感じる熱い体温に、自然と眉間に皺が寄っていく。
「・・・・・・・ホント、馬鹿だよなぁ。パーシヴァルは。」
「五月蠅いよ。ほっとけ。」
 ふて腐れたようにそう返しながらも、パーシヴァルはバーツの腕を振り払おうとはしない。
 その様子に小さく笑みがこぼれ落ちた。子供の頃、こんなやり取りを彼と彼の母がしているのを思い出して。
「なんだ?いったい何事だ?」
 駆け寄ってきたボルスに、バーツは彼の問いに答えることをしないで逆に問いかける。
「なぁ、兄ちゃん。パーシヴァルの仕事ってもう終わりなんだろう?」
 その態度に一瞬驚きながらも、彼は素直に頷きを返してきた。
「あ、ああ。そうだが・・・・・それが?」
「じゃあ、さっさと帰るか。今日は俺が旨いモンを作ってやるから、ゆっくり休め。」
 そう言いながら額をぴしぴしと叩くバーツに、パーシヴァルは顔を歪めるだけで文句は言ってこなかった。
 バーツに言い返す気力が残っていないのだろう。ボルスやフッチ相手なら、強がりを言っただろうが。
「いったい何だって言うんだ?」
「ドクターストップと言っていたけど・・・・・。」
「ドクターストップ?どういう事だ?」
「読んで字の如く。んじゃ、後のことよろしく。」
 ジロリと、射殺さん勢いで睨み付けてくるボルスの視線を気にもせず、バーツは二人に向かってニコッと笑い返してやった。彼等には、絶対に分かりはしないだろうから。その事への揶揄を込めて。
 そんなバーツの様子に、パーシヴァルが舌打ちをしていた。だが、歩み去る自分の後にはちゃんと付いてきている。彼も、あの場からさっさと抜け出したかったのだろう。
「・・・・・無茶すんなよって、言っただろ?」
 呆然と見送っている二人に会話が聞こえない位置まで歩き、ボソリと呟いた。
「そうだったかな・・・・。」
「言った。・・・・ったく。なんで自分から喧嘩ふっかけたりしたんだよ。」
 その問いかけに、パーシヴァルは驚いたように瞳を開いて見せる。
「最初から居たのか?」
「途中から。でも、それぐらい分かる。」
「なら、俺が喧嘩ふっかけた訳も、分かるだろ?」
「・・・・まあね。」
 嬉しそうにニコニコと笑う彼の顔に、困ったように笑い返し、小さく額を小突いた。
 具合が悪いときにこそ、無茶をしたがるのだ。この男は。
「まったく・・・・。騎士団に入ってから、ろくなクセを付けないな。お前は。」
「そうか?・・・・まぁ、今回はお前が来てくれるだろうと思ってたって言うのが、大きいかなぁ・・・・。」
「また。そんなこと言って・・・・・。」
「でも、事実だろ?」
 嬉しそうに顔を覗き込んでくる彼に、何も言い返すことは出来なかった。
 甘えられている気がするのは、気のせいではないだろう。どっちが年上か分かったものではない。でも、そんな関係が心地良いと、思ってしまう。
「まあね。」
 そう返しながら、固めたパーシヴァルの髪の毛に指を差し込み、グチャグチャとかき回した。嫌がりながら、だけど楽しそうに笑い声を上げるパーシヴァルの様子に笑みを漏らす。
 彼が弱音が吐けるのが自分だけだと言うのなら、受け止めてやるだけだ。彼が幸せになれるよう。
 自分よりも多く辛い目にあっている彼が幸せになれるよう見守ることが、自分のやるべき事なのだと。
 最近思う。


























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