ガキィン、という甲高い音が辺りに響き渡った。
 そしてガランと、金属が地面に落ちる硬質な音が耳に届く。
 その音を耳にしながら、フリックは奥歯をギリリと噛みしめた。
 良い線まで行っていたのに、後一歩と言う所で力負けした。
 それは仕方のない事だが、もの凄く悔しい。力と体格以外は自分の方が優れていると思うから。だが、力に負けないような技術が自分にはまだ無いのだ。どんなに力押しされても、上手く受け流せる技術が。その技術が無くても、力が無くても、他の技術がもっとあれば、力負けする前に勝負を決する事が出来たのだろうと思うのに、そうする事も今はまだ出来ない。まだそこまで技を極められていない。だから、勝てない。
 フッと、小さく息を吐いた。今は何を言っても仕方がない。言い訳することほど、見苦しいモノはない。そんなモノを脳裏に描く前に、今の動きをシミュレートして、もっと早めに勝負を付けられるように動きの見直しをかけた方が何倍も何十倍も建設的だ。
 僅かな間でそう気持ちの切り替えをしたフリックは、弾かれた剣を拾い、腰の鞘に戻した。そして、相対していた相手に頭を下げる。
「・・・・・・・・・・ありがとうございました。」
 手合わせをした後には勝っても負けても相手に頭を下げるのが、戦士の村での決まりだ。そんな事をしたからと言って何がどうなるとも思えなかったのだが、相手に負けている内は自分の意見を口にする権利はないだろうと、その取り決めに素直に従っている。自分が勝った場合には、そんな事は一切やらないけれど。
 とは言え、自分が勝てる相手とは最近手合わせしていない。少し前までは成人の儀式に出る前の子供達と打ち合っていたのだが、その者達と打ち合えと言う指示がここ最近出されていないので。
 最近は専ら儀式から帰ってきた男の相手ばかりをさせられている。
 子供相手の時は、相手が二歳三歳年上だろうと負け知らずだったフリックだったが、さすがに大人の相手は厳しく、未だに一勝も出来ていない。
 今の打ち合いは久し振りの勝利に繋がると思ったのだが、その望みは叶わなかった。
 悔しさに顔を歪めながら頭を下げるフリックに、手合わせをしていた男は微妙に声を震わせながら言葉を返してきた。
「・・・・・・・イヤ・・・・・・・・・・」
 その声音に、フリックは顔を上げて男の顔を見つめ、フッと口元を緩ませた。彼が自分を驚異に思っている事を感じ取って。
 そして思う。次は多分、負けないだろうと。
 彼も自分のメンツを守るために全力でかかってくるだろうが、成長期の自分は日々強くなっている。子供に負けまいと意気込み、身体に力が入るであろう彼に負けるわけがない。何よりも、完全に出来上がっている彼の剣が、これから先成長するとは思えない。だから、彼はこの先、自分に勝てないだろうと確信する。
 そんな考えを胸に抱きながら、フリックはゆっくりと口端をつり上げ、ジンワリと瞳を細めて見せた。
 獲物を捕らえた肉食獣の様に。
 男もその事に気付いたのだろう。ビクリと肩を震わせ、顔を少し青ざめさせた。
 緊迫した冷たい空気が辺りに漂う。
 だが、その空気は周りで手合わせの様子を見て居た子供達には感じ取れなかったらしい。勝ち誇ったような声が、その凍てついた空気を切り裂いてきた。
「ざまぁみろっ!いっつもいっつも人の事を見下しやがってるけど、てめーより父さんの方が強いんだよっ!分かったら態度を改めろっ!」
「そうだそうだっ!子供の中で一番強いからって、調子こくなよっ!」
「えらそうにするなら、大人に勝ってからにしろっ!」
 一人が騒ぎ出した途端、ギャンギャンと吠えた出した子供達の姿に視線を走らせたフリックは、その整った面に嘲笑を浮かべた。そして、再度目の前の男へと視線を向ける。
「・・・・・・・・・あんたの子供がああ言ってるけど、どうする?」
「どう・・・・・・・・・とは?」
 ゴクリと唾を飲み込みながら、男は震える声で問い返してきた。
 そんな男に、フリックはゆるりと笑みを浮かべて返す。
「今ココで父親の威厳を無くすかって、聞いてんだよ。俺はもう、アンタに負ける気がしないからね。もう一度剣を合わせて、こんな子供に負ける姿を子供に見せるかい?」
 力では叶わないけれど、この場の支配権は自分のモノだと確信している。フリックが全身から放つ静かな殺気に、男が飲み込まれているのが分かるから。
 ソレを男も自覚しているのだろう。額から冷や汗を流しつつ、フリックの放つ気に押されたように一歩、足を引いた。
 その途端。空気が割れんばかりの怒声が辺りに響き渡った。
「訓練中に騒ぐなっ!馬鹿共がっ!」
 その言葉に、ギャンギャンとフリックに向かって罵声を叩き付けていた子供達はピタリと口を噤み、フリックは殺気を引っ込める。そして、チラリと声を発した男へと視線を向けた。60をとっくのとうに越している、髭も髪も真っ白にした、厳つい顔の男に。
 その男がザッと周りを見回した。それだけで子供達はビクリと身体を震わせ、視線を俯ける。これ以上怒られまいとするように。
 そんな子供達の態度に眉間に皺をよせた男は、フリックの相手をしていた男へと視線を向けた。そして、地を振るわすような低い声で静かに言葉をかける。
「修業し直せ、馬鹿者が。」
「・・・・・・・・・・・スイマセン。」
 ビクリと身体を震わせた男は慌てて頭を下げ、詫びの言葉を口にした。そんな男の態度を馬鹿にするように鼻で笑った白髪の男は、聞いただけでも身体が恐怖のあまりに冷えて固まるような怒りの滲んだ声で言葉を続ける。
「謝るくらいなら最初から飲まれるな。こんな奴が戦士の村の民かと思うと、情けなくなる。もう一度、成人の儀式に出るか?」
「ソレは・・・・・・・・・」
「無理矢理叩き出されたくなかったら、己を磨け。・・・・・・・・・・・次はないぞ。」
「はい・・・・・・・・・スイマセンでした。失礼します。」
 静かに叱責する白髪の男の言葉に、握りしめていた拳を振るわせながらなんとか言葉を絞り出した男は、逃げるようにその場から駆け去った。その背を、子供達が呆然と見送っている。
 何故男が怒られたのか、分からないのだろう。それはそうだ。男がフリックに飲まれていた事に気づけなかったのだから。そもそも、手合わせの決着を力で無理矢理付けた事にも気づいていないだろう。
 戦場で命のやり取りをしている時ならば、それは咎められる事ではない。格好を付けて綺麗な戦い方をする事を選び、そんな選択をしたが為に死ぬことになったりしたら、馬鹿みたいだから。
 だが、子供相手の手合わせで使う手ではないだろう。指導する立場の者が、教え子とも言うべき子供に対して使う手ではない。
 まぁそれは仕方ない事かも知れない。あの時男がフリックに勝つ方法は、力でねじ伏せる事しか無かったのだから。そうせざるを得ない程、フリックの腕が上がっているのと言う事なのだろう。大人でも、そう易々とは勝てないくらいに。
 自分を見つめる大人達の瞳に険しさが増している。格下を見るような目ではなくなった。戦場で相対した敵を見据えるような目だ。フリックの事を正面からぶつかるに足る相手だと、認めた眼差しだ。
 その瞳に、身体が震えた。
 恐怖を感じてではない。喜びを感じてだ。
 これでまた、一歩近づいたと、思って。
 己が目指す場所に。
「フリック。」
 名を呼ばれ、視線を白髪の男へと向ける。
 その呼び声に、子供達はパッと顔を輝かせた。フリックにも先程の男に与えたような厳しい言葉を投げつけると思ったのだろう。
 そんな子供達の様子を見て、平和な奴等だと内心でほくそ笑む。そんな緩い思考だから、強くなれないのだと。
 ジッと、白髪の男の瞳を見つめた。先の言葉を問うように。
 そんな無言の言葉に答えるよう、男がゆっくりと口を開いた。
「明日から、お前の相手はヨーゼフだ。」
 その言葉に、指名された男の顔をチラリと見る。不敵な笑みを浮かべた男の顔を。
 先程この場を去った男よりもワンランク上の男だ。
 ヨーゼフに向けていた視線を再度白髪の男へと向け直す。
 フリックの青い瞳と、男の薄茶の瞳がぶつかった。
 そして、男の瞳が僅かに緩む。
 他の子供達には分からないくらいに。周りの男達にも分からないかも知れないくらい、僅かに。
 それでも確かに、彼の瞳に柔らかな光が浮かんだ。孫の成長を喜んでいる祖父のように、その瞳は穏やかだ。自分と彼の間に、そんな血縁関係は無いけれど。
 男の瞳から語られる無言のメッセージに、フリックはコクリと頷いた。そして、ジンワリと瞳を細める。
 相手が強くなったと言う事は、自分が強くなったと言う事だ。そして、もっと強くなる道が開かれたという事。
 新たに指名された男をとっとと打ち倒し、村の男全員を倒して、さっさと村を飛び出したい。こんな、息が詰まるような閉鎖的な村から抜け出したい。
 もっと色々なモノを見て、聞いて、知識を得て。強い人間やモンスターと戦って、腕を磨きたいから。
 血臭が漂う戦場に立つ夢を見る。
 アソコが自分の立つべき場所だと教えるように。年を追う事に頻繁に夢を見るようになり、その夢に背を押されるように、力を、知識を渇望する。
 だが、今は自分一人の力であの場に立ち続ける事が出来ないのは、分かっている。村の大人に勝てないくらいなのだから。戦場から逃げ帰ってきた男達にさえも、勝てないのだから。戦士だと言いながら、戦う事を止めた男達に勝つ事さえ。
 だから、まだ機は熟していない。欲望のままに飛び出しては行けない。日に日に、『外へ』と望む気持ちは高まっているけれど。まだ、その時ではない。
 だが、
「・・・・・・もう少しだ・・・・・・・・・・」
 意識せぬまま、言葉がこぼれ落ちた。
 その言葉を耳にして、ほくそ笑む。
 血が沸き返る。力を渇望する思いが加速する。男達を打ち倒す図が、現実的なモノになって来たから。
 今すぐにでも、目の前の男に斬りかかりたくなる気持ちを抑える。彼に勝てる程の力は、まだ自分に備わっていないと分かっているから。そこまで自分の力を過信していないし、男の力を過小評価もしていない。
 焦らずとも、夜が更け、日が昇れば剣を合わせる事になる。それまでの間で知識を少しでも多く溜め込み、勝てる道を模索する方が建設的だ。例え勝てない戦いだと分かっていても、一縷の可能性求めて策を練ろう。明日の為だけではなく、今後の為に。自分が戦場で生き抜くために。
「まだ、先はある・・・・・・・・・」
 相手をする人間はまだいる。焦らず、その戦いの中で少しでも多くの事を学び取らねば。
 逸る気持ちを抑えるために、空を仰いだ。
 その先にある見た事のない地へと、思いを馳せながら。




































お題:「戦士の村時代のフリックさん」


お待たせ致しました!
推定年齢12〜13歳でっす!
子供の割にはめっちゃ可愛げがありませんが、
大人の彼よりも毒が幾分薄めであります。
が、既に人格が形成されているッぽいですね!
どうにもこうにも中途半端な感じの話になってしまいましたが、
彼はこんな感じで生きていたんだぞーってな事で。
・・・・・・多分彼、友達居なかったのね。
エライ嫌われ者ですわい。


こんな感じで如何でしょうか。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
この度は、リクエストありがとうございました!














                 ブラウザのバックでお戻り下さい。











サキを見据えて