ノックも無しに部屋のドアを開け、室内へと足を踏み入れた。迷い無い足取りで部屋の奥へと進み、ベッドの傍らに立ち、眠る人間を起こそうと腕を伸ばした。
 そこでピタリと、動きを止める。
「――――それ以上近づいたら、斬るぞ」
 低く押し殺した声でそう言われ、伸ばしていた手をゆっくりと引いた。手を引くのと同時に一歩足も下げる。
「気付いてたのか」
 足を下げながら感心したような声でそう語りかければ、ベッドの中から呻くような声で返答を寄越された。
「当たり前だ。俺をバカにしてんのか、テメェ…………」
 ベッドの中に俯せに寝ころんだままそう言葉を発した人物は、毛布の中で身体をゴロリと転がした。その動きで毛布の中に埋まっていて見えていなかった頭が現れ、鮮血の様に真っ赤な頭髪がシーツの上に散った。それに引き続くように、綺麗に整った顔が表に現れる。
 まだまだ幼さが残る顔立ちだ。パッと見で判断すると、15.6歳と言ったところだろう。強い光を放つ瞳を閉じていたら女の子に見えないこともないくらいに、綺麗に整った顔をしている。その顔に釣られてフラリと手を出したら、酷い目にあうのだが。
 そんなことを考えながら、ベッドの中に転がったままの少年の顔をジッと見つめる。
 答える口調ははっきりしていたが、その顔はもの凄く眠たげで、瞳は半開きになっていた。それでもなんとか目を開けようとしているようだが、襲い来る睡魔には勝てなかったらしい。瞳を開けることを諦めたと言わんばかりに瞼を閉じてしまった。
 深く息を吐き、白い腕を一本毛布の中からゆるりと抜き出し、手のひらで顔面を覆う。眠気が覚めない己の顔を、隠すように。そして、そんな態度からは想像出来ないくらいはっきりした声で問いかけてくる。
「――――で、なんの用?」
「遊びに来たっていったら、怒る?」
「殺す」
「――――酷いな」
 迷い無く返された言葉に苦笑を浮かべながら返せば、手のひらで顔面を覆っていた少年の口元が、不機嫌そうに歪んだ。
「俺は仕事から帰ってきたばかりで疲れて眠いんだよ。用がないならさっさと出て行け」
 とても眠そうにしている人間とは思えないくらいはっきりした口調で返してきた少年は、それで言いたいことは終わりだと言いたげに顔面を覆っていた手を外し、さっさと出て行けと言わんばかりにフラリと振った。その手で毛布の端を掴み、もう一度身体を転がして身体を横向きにし、毛布にくるまるように小さく丸くなる。
 どうやら本気で眠いらしい。
 この少年が自分の前でこんな態度を取るのは珍しいことなので、軽く目を見張った。どんなに眠くても、人前ではそんな姿を見せることは無いヤツなので。
 いったいどうしたのだろうか。今回の仕事は、少年をここまで疲労させる程難しい仕事ではなかったと記憶しているのだが。
 そう考え首を捻ったところで、ぴんと来た。そして、自分の考えが正しいことを確かめるためにベッドの上に乗り上げ、横向きに丸まる少年の身体を仰向けに倒し直す。
「――――ちょっ………何…………」
 離れろと言わんばかりに振り上げられた白い腕を取ってベッドの上に縫いつけ、薄い唇に口付ける。そして、差し入れた舌先で少年の口内をまさぐった。証拠品を、探すために。
 探し求めていた証拠は、鍛えあげて鋭敏になった舌先ですぐに捕らえることが出来た。自然と、顔には笑みが浮かび上がる。
 ゆっくりと唇を解放し、少年の顔を見下ろせば、彼は薄く瞳を開き、文句を言いたげな光を宿して睨み返してきた。その眼差しに笑みを返して少年の額をポンと、叩く。
「解毒剤、いる?」
「いらねーよ。ほっとけ」
 ベッドの上から降りながらからかいの色が混じる声で問いかければ、吐き捨てるようにそう返された。予想通りの言葉に笑みを漏らし、もう一度横向きになって寝直した少年の耳元に唇を寄せる。
 そしてそっと、囁きかけた。
「呼び出しがかかってるぜ」
 その言葉で、今まで半分しか開かなかった少年の瞳が大きく開かれた。
 ゴロリと身体が動き、ベッドに寝ころんだまま、男の顔を見上げてくる。
「呼び出し?」
「あぁ。仕事が来た。お前に任せるらしい」
「――――俺は、帰ってきたばかりだぞ――――」
「お前が優秀すぎるから悪いんだよ」
 ウンザリしているのが丸わかりな表情と声で呟いた少年に、あっさりとした口調で返してやれば、彼は眉間に深い皺を刻み込んで睨み返してきた。
「『足』を揃えて向かわせりゃ、どうにかなるだろうが」
「うん、そうだね。俺もそう思う。でも頭はお前を使いたがってるみたいだから。やっぱり『利き腕』が一番使いやすいんじゃない?」
 その言葉に、少年の眉間に刻み込まれていた皺が、益々深いモノになる。
「だったらお前でも良いだろうが。むしろ、お前の方が使いやすいんじゃないのか?」
「俺は俺で別の仕事が入ってるんだよ」
 サクリと返した言葉に嘘はない。それは少年にも分かったらしい。彼は小さく喉の奥でうなり声を上げた。そして、押し殺した声で問いかけてくる。
「――――その仕事の話は、いつ来たんだ?」
「四日前。お前が帰ってくるのを手ぐすね引いて待ってたんだぜ?」
「――――分かっててヤリやがったな、あの野郎――――」
 憎々しげにそう吐き出した少年は、ガシガシと力任せに頭を掻いた。その動きにあわせて真っ赤な髪の毛がバサバサと、シーツの上を泳ぐ。
 なんとなくその動きを見つめていたら、不意に少年の手が止まった。そして深く息を吐き出し、頭に置いていた手をゆっくりと伸ばしてくる。
 その手を無言で掴み、ゆっくりと引っ張り上げる。その力に逆らう事無く身体を起こした少年の身体から毛布が落ち、一糸も纏っていない白い肌が露わになった。
 その白い肌には真新しい紅い痕が無数に散っている。執着の度合いを示すように。
 それらを眺め見ている男の視線に頓着せずにベッドから抜けだした少年は、何も纏わぬまま大股で室内を横切っていった。
 白い背中を。
 細い腰を。
 引き締まった臀部を。
 長くしなやかな両足を、窓から差し込む太陽の光の下に惜しげもなく晒しながら。
「仕事の内容は?」
 辿り着いたクローゼットを開け、中身を物色しながら問いかけてくる少年に、男はサラリと言葉を返した。
「家督争いのライバルの抹殺」
「またかよ。最近そう言うの、多くないか?」
「そうか? そうでもないと思うけど」
「いいや、増えたね。昔は戦場に出る仕事の方が多かった。今はそっちの仕事が少なくなってる。仕事の取り方を変えたのか?」
「いや、変えてないよ。お前がそう感じてるんなら、お前に回してる仕事にそう言うのが増えただけだろ。なにしろ、腕の無いヤツを向かわせる訳にはいかないから。そう言う、繊細さが必要な仕事には」
「――――そんな事をするために腕を磨いてる訳じゃ、ねーんだけどな――――」
 ウンザリと息を吐きながら、少年はクローゼットの扉を閉めた。着替えが全て整ったために。
 少年がクルリと振り返った。そして、男に向かって引き込まれそうなほど綺麗な青色の双眸をぶつけてくる。
「――――で、お前は? ただ俺を呼び出すためだけにここに来たのか? 違うだろ?」
 軽く首を傾げながら問いかけてくる少年に、男はニヤリと、口角を引き上げて見せた。
「良く分かってるじゃないか」
「それくらい誰にだって分かるだろ。なんだ?」
「仕事に被ってるところがあるから、一緒に説明を聞こうと、思ってね。その後で打ち合わせもしようかなって」
「仕事が被る?」
「そう。お前に殺される予定の人間の、家督争いのライバルの抹殺が、俺の仕事」
 サクリと答えてやれば、少年はキョトンと目を丸めた。そして、深々と息を吐き出す。
「――――どうしてそう言う仕事の取り方をするんだ、アイツは………」
「報酬が高かったからじゃない? まぁ、先に依頼に来たヤツが護衛の仕事も頼んでいれば、さすがにこんな事はしなかっただろうけどね。でも、言ってこなかったから」
「言わなくたってやらねーだろ、普通は」
「普通ならね。でも、あの人は普通じゃないから」
 ニッコリと陰りのない笑みを浮かべながら答えてやれば、少年は呆れたと言わんばかりに深く息を吐き出した。そしてゆっくりと、歩き出す。これ以上の会話をするつもりはないと、言いたげに。
 その少年の背中から二歩ほど下がった位置につき、廊下を歩いていく。少年の細い背を、見つめながら。
 先程見せていた薬の影響を一切見せないで、淀みなく歩む背中を。

 強いヤツだと、思う。
 身の内に宿している心も、身体も。

 彼はいつか、ここを出て行くだろう。
 立ちふさがる障害物を取り除いて。

 確信を持ってそう思う。
 そして、その時の自分は、どうするのだろうかと、考え込んだ。


 どうするべきだろうか。


 ふと、そんなことを胸中で呟く。




願わくば――――
 






























日記カウンタ20002ヒットリク。


お題:例の場所での例の人との話




そんなわけで、自分設定丸出しな上に何をやっているのか分からん場面の話ですいません、
と言うか、例の人そのものが自分設定なのでどうしようもないですが。
色々と分からなくしてあるのは態となので、突っ込まないで下さいませ。
某人のキャラも今と違うのも態となので。ええ。
まぁ、多少なりとも楽しんで頂けたら幸いです。
この度はリクエストありがとうございました!
























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