花の香る場所で




















血なまぐさい仕事ばかり請け負っている組織の本拠地とも言える建物の敷地内には、幾つかの花畑が広がっていた。
 別に人員の心を慰めるためにあるわけではない。それも仕事に必要な物だから育てられているのだ。
 色鮮やかな花を咲かせていても、そこにあるのは全て毒花だ。ところ狭しと生えているなんの変哲もない草も全て。そう分かっているからこそ、沢山の花が咲き乱れるこの空間には誰も足を踏みいれない。下手をすると、足を踏みいれただけで死ぬ危険性がある程の毒花まで生えているので。
 足を踏みいれるのは、その花畑を管理している者だけだ。その管理者の怖さも知っているから、此処に住む者達は花畑に近寄ろうとしない。毒にやられて死ななくても、そこに咲く草花にちょっとでも傷を付けたら、その管理者に命を取られることは皆、知っていたから。
 だから管理者である男は、色とりどりの花が咲き乱れる花畑の中に人影を見つけて驚きに目を瞠った。
「な・・・・・・・・・・・」
 小さく声を漏らした男は直ぐさま報復行動に出ようと、常に携帯している小刀を抜き取り、その人影に向かって投げつけようとした。
 だが、その動きは小刀に手を伸ばした所でピタリと止る。
 不覚にも、その人間に見とれてしまったために。


 風になびく鮮血のように鮮やかな、少し長めの赤い髪。

 日の光が反射して見えるほど白い肌。

 女と見紛うほどに整った綺麗な顔。

 頭上に広がる空よりも深く、鮮やかな青色の瞳。

 黒い衣装でより一層細く見える、しなやかな四肢。


 人間の容姿など気にしたことのない自分が、その姿に一瞬で瞳を奪われた。
 いや、瞳を奪われたのは彼の容姿だけにではない。彼が全身から放っている自信に満ちあふれたオーラにも目を奪われた。こんなオーラを放つ人間を、今まで一人しか見たことがなかったから。いや、あの男が放つオーラよりも鮮やかだろう。そして、遙かに強い。
 それは彼があの男よりも若いからかも知れない。
 一見したところ、目の前の人間は10代半ばだろうと思われた。まだがむしゃらに前だけを見据えて生きていられる年代だ。だからこそ、その輝きが強いのだろうと思う。
 ゴクリと、生唾を飲み込んだ。
 掌にジンワリと汗が浮かぶ。

 コイツには勝てないと、思って。

 それでもそんな己の心を押しつぶし、跡形もなく砕いた。
 敵に弱みを見せる事は、何があっても出来ないから。だから無理矢理いつもの自分を取り戻して、言葉を発する。
「おい、お前。人の畑に勝手に入るなよ。俺に殺されたいのか?」
 その言葉に、花畑のど真ん中で空を見上げていた少年の顔がこちらに向けられた。
 鮮やかな青色の瞳が自分の瞳を見つめる。
 彼の視線と自分の視線が合わさった途端、心臓が大きく跳ね上がった。何があっても動揺しないように訓練を積んでいる自分の心臓が。実際に、ここ最近心を微かにでも震わせる事もしていない自分の心臓が、大きく跳ね上がった。
 その高鳴った心臓の音を聞いたわけではないだろうに、少年は赤く色づいて見える唇をゆっくりと引き上げた。
 そして、良く通る声で言葉をかけてくる。
「ここ、あんたが管理してんのか?」
「ああ。・・・・・・・・・・・此処に住んでいる奴なら、皆知っていることだぜ?」
 暗に、知らないお前は何者だと告げる。
 その言葉に、少年は戯けたような仕草で肩を軽くすくめて見せた。
「つい最近ここに来たばかりなんでね。俺を此処に連れてきた奴は建物の内部を素直に教えてくれるような奴でもないし。今自分の足で調べ回っている最中なんだよ。」
 だから知らないのだと言外に告げてくる少年の言葉に、眉間に皺を刻み込む。
「連れてきた奴・・・・・・・・?」
「あぁ。・・・・・・・・・・俺を、強くしてくれる男だ。」
 ニヤリと笑むその顔は、容姿の幼さに比べると妙に大人っぽい。大人っぽいと良いよりも、世慣れた感じだ。思ったよりも年上なのだろうか。
 こんな少年を、自分は知らない。此処で起こったこと、起こること。此処に住まう人間の事は殆ど把握していると自負しているのに。それなのに、この少年の事は欠片も知らなかった。
 その事実に、妙に浮ついていた意識がサッと地面に戻る。コイツは危険だと、本能で察して。例え相打ちになろうとも、今此処で屠った方が組織のためだと、胸の内のなにかが叫んでいる。
 手を放していた小刀に、少年に気付かれないように注意しながら手を伸ばしていく。今度こそ、彼を仕留めるためにそれを投げつけようとして。
 そんな自分の行動に気付いた様子もなく、青色の瞳でジッと見つめ返してきていた少年は、不意に目元を綻ばせた。そして、言葉を発してくる。
「それにしてもまぁ、よく集めたもんだな。こんなに沢山。世話をするの、大変じゃねー?」
 感心したように言いながら、少年は自分の周りに咲き乱れる花々をザッと見回した。数え切れないほど大量な品種の毒花や毒草がひしめき合っている、花畑を。
 そして、足元にある花を一輪、無造作に手折る。
 その行動にムッと顔を歪めると、少年がニコリと笑いかけてきた。そして、その花を指先でクルクルと回しながらゆっくりと歩み寄ってくる。
「あんたが『影』だろう?見たらすぐに分かるって言われたけど、ホント、すぐに分かったぜ。なんの気配も無いからな。気持ち悪い位に。」
「・・・・・・・・そう言う割には、俺が声をかけても驚かなかったみたいだけど?」
「気配の無い人間が近づいてきた気配があったからな。」
 矛盾する言葉を事も無げに言い放った少年は、あと数歩で腕が触れあうだろうと言う距離で足を止めた。
 ひと動作では攻撃を繰り出せない距離だ。
 その距離で、彼が自分の事を警戒している事が知れた。気軽な空気を醸し出しているけれど。
 その少年が、手にしていた毒花を自分の方へと向けてきた。ニコリと、可愛らしいと言っても過言ではない笑みを浮かべながら。
「他の奴等にも会ったけど・・・・・・・・・あんたが一番強いな。自分で自分がナンバー2だって言ってた奴もいたけど、あんたに比べりゃ、あいつは小物だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 いったい何者だと、瞳で問う。
 彼が侵入者だとは、もう思っていない。ここの者だろうと思う。だが、自分はこんな少年を知らない。ここで知らないことなど無いと思っていた自分が。
 自分の知識外に居るこの少年は何者なのだろうか。
 正体を確かめようとするようにジッと青い瞳を見つめると、彼はジンワリと瞳を細め、唇の両端を引き上げた。
「見てな。『右腕』を実質的なナンバー2にしてやるから。」
「・・・・・・・・・・お前が?」
「ああ。俺の敵になる奴は、一人しか居ないからな。」
 ニヤリと笑んだ少年は、手にしていた花を指先でクルリと回し、その花びらに口付けた。そして、なんの迷いもなくその花を口内に放り込む。
 花びらをひと囓りしただけでも悶え苦しんで死ぬ程の毒素を持つ、毒花を。
 だが、少年は平然とした顔でそれを飲み込んだ。その上、ニッコリと綺麗な微笑みを浮かべて見せる。
「そんなわけで、宜しく頼むぜ。」
 そう告げたことで満足したらしい。少年は止めていた足をゆっくりと踏み出した。そして、自分の横をなんの警戒心も無く通り抜け、通りすがりに軽く肩を叩いてくる。
 その軽い仕草に思わず振り返り、少年のスラリ伸びた背中を見つめた。
 先程まで感じていた強い鮮やかなオーラは霧散し、そこに人影があるのが不思議な位気配がなくなっている。注意していなければ、すれ違ってもその存在に気付かないのではないかと思うほど。
 この、自分ですらも。
 アソコまで完全に自分の気配を操ることが出来る人間を、自分は一人しか知らない。
 その事で、彼がどうやってここに来たのかを悟った。

 彼は、選ばれた人間なのだ。


 組織の幹部は替わるだろう。
 今日にも、明日にも。
 あの少年に敵う者は、ここには居ないから。
 力でも心構えでも。
 生きている年数が短い分、知識面では少年の方が劣っているかも知れないが、そんなモノが関係ないくらいに少年には力があるだろうと、感じ取った。
「『右腕』がすげ変わるか・・・・・・・・・」
 呟き、すげ変わった後の組織内の構造を脳裏に思い浮かべた。
 その自分が思い浮かべた未来に、自然と口端が引き上がる。
 アイツが『右腕』になったら、あの人もやりやすくなるだろう。仕事の幅も広がりそうだ。
 少年の揺るぎない瞳の奥には、底が見えないから。
「楽しくなりそうだ・・・・・・・・・・・」
 ボソリと呟き、上空に広がる青い空を見上げた。
 間近に見たあの強い瞳よりもくすんで見える青空を。
「いつか、アイツと・・・・・・・・・・・・・」
 仕事をしてみたいなと、胸の内で零す。
 もっと奥の方で沸き上がった思いは、見ないようにして。



























日記カウンタ12345ヒットキリリク品。

お題『「偽」に出てくる例の彼とフリックの出会い』


大変お待たせ致しました!!
色々と考えましたが、こんな感じで。
あえて固有名詞は避けております。誰が誰なのかは、ご想像下さい。
いや、もうバレバレですが。
髪の毛の色の事とか怪しい背景に付いての突っ込みは不可でお願い致します。
これ以上の事は小出し小出しにしていきたいと思っておりますので。微笑。
ちなみに、青い瞳の彼の推定年齢は15歳くらいです。
まだまだ身体が出来上がっていないひょろっこいお年頃。
でも根性と剣と紋章の腕は気合いが入っておりまする。
オリジナル色満載ですが、少しでも楽しんで頂ければ幸い。

この度はリクエストありがとうございました〜〜
時間かかり過ぎですが、また何かありましたら宜しくお願い致しますvv


















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