騒がしい声が耳に届く。だがそれは、五月蠅いと思うモノではなく、むしろ心地良いと思える騒がしさだったから、ゾロは眠ったフリを続けて目を閉じていた。
 ウソップの嘘だと分かりやすいホラ話。
 それに本気で驚くチョッパー。
 ルフィの空腹を訴える声。
 それに答える、サンジの切れ気味の声。
「いいじゃんっ!もう出来てるだろ〜〜〜〜!」
「まだだっつってんのがわかんねーのかっ、このクソゴム!仕上げの出来てないモンに手ぇ出すんじゃねーっ!」
「そんなモン必要ねー!もう十分に美味そうだからなっ!」
「んだと、このっ!てめーっ、コックを馬鹿にしてんのかっっ!」
 晴れ渡った青空も驚いて泣き出すのではないかと思うほどの剣幕でそう怒鳴りちらしたサンジは、ラウンジの中に入ろうとするルフィの身体を思い切り蹴り飛ばした。
「ぐえぇっ!」
 その攻撃を見事に食らったルフィが宙を飛び、マストにぶつかって変な声を出す。途端に、船体がグラリと傾げた。
「おいおい、サンジっ!船を壊すようなマネは慎めよなっ!」
「うるせぇっ!文句はクソゴムに言っとけっ!」
 焦った声で注意するウソップを凶悪な眼差しで黙らせたサンジだったが、続いて発せられたナミの言葉で気持ち悪い位に双眸を崩して見せた。
「サンジ君、おやつはまだかしら?私、喉が渇いちゃったんだけど・・・・・・・・」
「は〜〜〜いvvもう少しだけ待ってて下さいねぇ〜〜〜〜vv」
 とろけるような甘い声でそう告げたサンジは、未だにマストに張り付いたままのルフィをひと睨みしてからラウンジへと戻っていく。
 そのラウンジの戸がパタリとしまったのを機に、マストにへばりついていたルフィが甲板へと滑り降りてきた。そして、ダラダラと床に張り付く。
「サンジぃ〜〜〜俺もおやつぅ〜〜〜」
 力無い声でおやつを無心するルフィの姿を薄く開けた視界で確認したゾロは、すぐに目を閉じ、僅かに口角を引き上げた。あまりにも情けないその姿は、とてもじゃないが一億もの賞金がかけられている人物だとは思えない。
 サンジがいなくなったら、ルフィはどうなるのだろうか。彼のように一人でルフィの腹を満足させられるコックなど居るとは思えないから、二三人くらい連れてこないとサンジが抜けた穴は埋められないだろう。いや、もしかしたら二三人でも辛いモノがあるかも知れない。
 そもそも、ルフィのお眼鏡に敵うコックが一度に二人も三人も現われるとは思えない。一人でも現われないだろうと思うのだから。
「ルフィを直接狙うより、アイツを狙った方が絶対良いよな・・・・・・・・・・」
 サンジを捕らえて人質にすれば、ルフィはホイホイと赴くだろうから。例えそれが罠だと分かっていても、気にせずに。
 まぁ、それはサンジに限った事ではなく、仲間の誰が捕まってもそうだろうが、ルフィに取って重要な「食」に関わる事だから、より一層張り切るのではないかと思う。
「まぁ、そう易々と捕まる男じゃねーけどよ。」
 ルフィや自分ほどでは無いけれど、サンジは強い。そんじょそこらの奴には負けやしない。だから、彼を捕らえる作戦はたてるだけ無駄だろう。捕らえるだけでも相当な被害が出るだろうから。
 そんな事を考えて小さな笑みを口元に刻んだゾロは、目の前に慣れた気配が迫ってきた事を察して目を開いた。そして、視線を上向ける。するとそこには驚いたように軽く瞳を見張るサンジの姿があった。
 チラリと視線を流せば、彼の片方の足は持ち上げられていて、これから何をしようとしていたのかが嫌と言うほど分かる。だからゾロは、眉間に深い皺を刻み込み、頭上のサンジを睨み付けてやった。
「・・・・・・・・・・なんのつもりだ。」
「起こそうとしたんだよ。オラ、おやつ。」
 ギロリと睨み付ければ、悪びれもなく答えを返された。そして、その場にしゃがみ込んで手にしていた盆をゾロの目の前に付きだしてくる。
 その盆の上のモノにチラリと視線を向ける。今日は香りの強い紅茶とケーキの類だ。なんという名前のモノかは、ゾロに分かるわけがない。それらを一瞥したゾロは、そのケーキを鷲づかみし、あっという間に平らげた。そして、柔らかな湯気を立てている紅茶を一気にのみ、盆の上へと戻した。
「ごっそさん。」
「・・・・・・・・・お前って、ホンっっと、食わせ甲斐の無い奴だな・・・・・・・・・・」
 モノの一分も経たない内に食い終えたゾロに、サンジは呆れたような声で呟いた。
 そんなサンジの言葉に、ゾロは不敵な笑みを見せる。
「そうか?好きなモンはそれなりに味わって食うぜ?俺は。」
 言うなり、目の前のサンジの首裏に手を回して己の方へと引き寄せ、唇を合わせる。
 そのままいくら食しても食し足り無い唇を貪ろうと、僅かに開いた隙間から彼の口内に舌を差し込もうとしたのだが、その願いが叶う前に頭をしこたま殴られ、身体を押しのけられてしまった。
「アホか。」
 冷たく告げてきたサンジは、さっさと身を起こして空いた食器を回収するために歩を進めていく。その背に向かって、声をかける。
「おい。夜には美味いデザートを食わせろよ。」
 笑みの混じる声でそう告げると、振り返ったサンジがニヤリと口角を引き上げた。そして、馬鹿にするような口調で言葉を返してくる。
「本日は休業です。諦めな。」
 小憎らしい顔で笑い返され、ゾロはムッと顔を顰めた。そんなゾロに勝ち誇ったような笑みを見せたサンジは、空いていた右手を軽く振ってから止めていた足をゆっくりと動かし始める。
 向けられた真っ直ぐに伸びた細い背中を見つめながら、小さく舌を打つ。
 小憎らしいけれど、彼らしいあの笑みを見るのは嫌いではない自分を自覚して。
「・・・・・・・・・ルフィの事を言えねーよな。」
 彼とは意味合いが違うが、自分もまたサンジを手放したくないと思っているのだから。
 サンジが捕まろうモノなら、散々罵倒した挙げ句に張り切って敵陣に飛び込むだろう。手加減なんか出来ないくらいに。
「ルフィよりも重傷かもしれねーしな。俺は。」
 彼の料理だけではなく、彼自身の美味さも知ってしまったのだから。もう、他のモノは食えないと思うくらいに美味い味を覚えてしまったから。
 だから、自分はもう彼を手放す事は出来ないだろうと思う。
 そんな自分を自覚して苦笑を漏らしたゾロは、もう一度瞳を閉じた。腹を満たして騒ぎ出したクルー達の声を子守歌に、深い眠りに落ちる為に。



















密やかに、静かに育む思い









                ブラウザのバックでお戻り下さい。













食らいつきたい唇