いつの間に寝ていたのか。ハッと気付くと雨音が無くなり、廃屋の中には微かに日の光が差し込んでいた。その光を目に入れながら、ゾロはノソリと立ち上がる。そして、閉ざしていた壊れかけた戸を押し上げた。
途端に、緑の匂いが鼻腔をくすぐった。ずっと潮の香りばかり嗅いでいたから、その匂いに妙な懐かしさを感じる。そんな自分に苦笑を漏らしながら、廃屋から足を踏み出し、雨で濡れた地面を踏み締める。
グルリと周りを見回した。が、相変わらずどちらに向かえば船があるのかさっぱり分からない。
「・・・・・・・・まぁ、なんとかなるか。」
ナミが聞いたら激怒しそうな事をほざいたゾロに、ナミではなく腹の虫が突っ込みを入れてくる。その腹を宥めるように掌でひと撫でしたゾロは、勘を頼りに足を踏み出した。
見覚えがあるような無いような道を歩いていく。
その足取りには欠片の迷いもない。
だからこそ迷うのだというのがナミの意見だが、足取りに迷いを産むくらいなら自分が迷った方がマシだろうと考え、改める事はしない。
と、ゾロの意識に何かが引っかかり、足を止めた。
「・・・・・・・・・海の匂い・・・・・・・・・・・」
ポツリと呟く。
緑の匂いが充満する中、嗅ぎ慣れた潮の香りを感じた気がして。
視線をグルリと見回し、耳を澄ませた。近くに居るであろうモノの気配を探るために。
ガサガサと音がした。
そして、日の光を浴びて輝く金色の頭が現われる。
「・・・・・・・・・・・よお。迷子剣士。」
トレードマークとも言える煙草を口の端にくわえながらニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる男に、ゾロは眉間に皺を寄せて不機嫌さを露わにした声で言葉を返した。
「うるせぇ。」
気の弱い奴だったらそれだけでもビビって泣くかもしれないと思うくらいに凄んだのだが、サンジには全く効かなかったようだ。
彼は、そんなゾロの態度を鼻先で小さく笑い飛ばしてきた。
「偉そうにすんなよ。てめー一人じゃ船に戻れねーくせによ。このまま置いていくぜ?」
言いながら深く白い息を吐き、そう身長差があるわけでもないのに、自分のことを見下すように見つめてくる。
その仕草は本気で憎たらしい。思わず腰に手を伸ばしてしまうくらいに。
だが、迎えが来てホッとしているのも確かな事だ。空腹を抱えたままウロウロしたくは無かったので。そんな思いは、絶対に表に出さないが。
自分の分が悪いことは分かっている。口では彼に勝てない事も。
だから、グッと口を噤む。
そんなゾロの態度に満足したのか、サンジは一度口端を引き上げた。そして、肩にかけていた袋をゾロの手元へと放り投げてくる。
「・・・・・・・・なんだ?」
意味が分からず問いかけたら、サンジは短くなった煙草を携帯灰皿へと入れ、新たな煙草をくわえながら素っ気ない言葉を返してくる。
「腹を減らしてパワーダウンしたクソ剣士じゃ、役にたたねーからな」
「あ?」
「食え。で、荷物持ちしろ。」
ニヤリと笑われ、ゾロは袋の口を開いてみた。
そこには、海苔に巻かれたオニギリが数個、転がっている。
「コレ・・・・・・・・・」
「さっさと食えよ。その間くらいは、待っててやっからよ。」
言いながら背中に背負っていた大きな籠を地面に下ろしたサンジは、近くの木の幹に背を預けた。そして、葉の隙間から見える澄み切った青空を見つめながら、白く細い煙をゆっくりと吐き出す。
静かな空気が辺りを包む。
いつも騒がしい彼が、口を閉ざして居るから。
だが、昨夜の廃屋で感じた様な居心地の悪さは感じない。むしろ、身体に馴染む感じがする。
それは、遠くから聞えてくる鳥の鳴き声のためでも、微かに感じる生き物の気配でもないだろう。
目の前にいる、金髪のコックのせいだ。
会ってから間もないのに。ろくな会話をしていないのに。長いこと共に旅をしているような、共に戦ってきたような錯覚を覚える。
それくらい、彼の纏う空気はしっくりした。
袋の中から一つ、握り飯を取り出し、かぶりつく。むしゃむしゃとかみ砕き、空腹を訴えていた胃の腑に流し込む。
「・・・・・・・・うめぇ・・・・・・・・・・・」
自然と漏れた一言に、空気が和らいだ。チラリと視線を上向けると、これ以上ないくらい嬉しそうな笑みを浮かべているサンジの姿が。
ドクリと、心臓が大きく高鳴った。
何故かは、分からないけれど。
そんな自分の反応を誤魔化すように残りの握り飯にかぶりつく。
無言で。
噛みしめるように。
急いで食べきるのは勿体無いと思ったけれど。妙な気恥ずかしさを感じて、焦るように平らげる。
握り飯の礼に、デカイ獲物を仕留めてやろうと、胸の内で呟きながら。
無自覚に思いは育つ。
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無自覚に