「・・・・・・・・・・お前はどうしてそうなんだ?」
 突然背後からかけられた声に、ビクリと身体を揺らした。慌てて振り向けば、そこにはあきれ顔のコックの姿が。
「・・・・・・・・・・・・・クソコック・・・・・・・・・・・」
「向かえに来て貰っておいてクソ呼ばわりしてんじゃねーぞ、この迷子剣士」
 銜えていた煙草を指で摘み上げ、深々と白い煙を吐き出す姿は、心の底から自分の事を馬鹿にしているようでかなりむかついた。だが、ここで喧嘩をして置いていかれるわけにはいかない。ログはとっくのとうにたまっている時間だ。今、この瞬間に船に帰ったとしても、ナミの鉄拳制裁を受ける事は間違いないのに、更に送れて帰ったら何をされるか分かったモノではない。
 別にナミに殴られても肉体的にはどうと言うことはないのだが、何故か精神的にダメージを負うので、なるべく穏便に済ませたい所なのだ。だから、抜きかけた剣を理性で押しとどめる。
 そんなゾロの様子を面白そうに観察していたサンジは、片眉を引き上げ、意地悪く口端を引き上げた。そしてクルリと、背中を向ける。着いてこいと、言うように。
 その背中を、ゾロは無言で追いかけた。


 いつも何かと騒がしい彼だったが、ゾロと二人きりになる時は静かな事が多い。余計な事も必要なことも喋らない。それは、ゾロが無口だからなのかも知れないが。
 そんなサンジの態度に、他の人間と共の居る時と同じように何か喋れとも思うし、このまま他には無い空間を維持できたらとも、思う。なんでそんなことを思うのかは、自分自身でも分からなかったが。
 その静かな空間に、何とも言えないこそばゆさを感じて、落ち着かない。落ち着かないのに、妙に落ち着いていたりもする。
「………なんなんだかな」
 自分の心の動きが理解できずボソリと呟きを零す。それでも足を送らせること無く歩いていたら、目の前に突然、黒い物体が飛び込んできた。
 思い切り油断していたので危うくソレにぶつかりそうになったが、間一髪で避ける。そして、目の前の黒スーツに向かって怒鳴りつけた。
「てめぇっ!なんのつもりだ、この野郎っ!」
 返答によっては切ると、胸の内で決意しながら睨みつけてやれば、ゾロの眼前に靴底を突きつけるようにその細く長い足を真っ直ぐに伸ばしていたサンジが、皮肉げに口端を歪めて見せた。
「歩きながら寝てると思ったんだよ。気持ち悪い位に静かだったからな」
「・・・・・・・・・ンな事するわけねーだろうが」
「どうだかな。てめーの寝汚さは病的だから?あり得ない事ではないだろ。だから、毎度毎度迷子になるのかもしれねーし」
「・・・・・・・・・ソレとコレとは関係ねぇ」
 酷い言われように眉間に皺を刻み込んだ。そんなゾロの表情を鼻先で軽く笑い飛ばしたサンジは、猫のような滑らかな動きでヒョイと近寄ってきた。そして、上半身を屈めてゾロの顔を見上げてくる。

 至近距離で己を見つめてくる青い瞳に、眼を奪われる。

 空の様に海のように、綺麗な青色に。

 その青色がスッと細められた。楽しげな光を宿しながら。そして、細く長い指でゾロの眉間に刻み込まれている皺をグリグリと突いてくる。
 その刺激に、眉間に更に深い皺が刻まれた。
「・・・・・・・・・・・・・・おい」
 なんのつもりだ、と睨み付ける瞳で問えば、楽しげに輝いていた青い瞳がキラリと強い光を放った。
「いつもいつもそんなつまんなそーな顔をしてんなよ。それだけで幸せが逃げていくぜ?」「ああ?んなの、てめーには関係ねーだろうが」
 そもそも、自分は幸せなど求めては居ない。最強にさえなれれば、他はイラナイ。
 本気でそう思うゾロを、サンジはフンと鼻で笑い飛ばしてきた。
「同じ船に乗ってんだ。てめーの不幸が俺に飛び火する可能性は充分あるだろうが。ナミさんやビビちゃんにもな」
 だから関係有ると言いきるサンジの言葉に、ゾロは更に顔を歪めて見せた。別に意地になっているわけではないが、自然に。
 そんなゾロの様子にクククッと喉の奥で笑いを零したサンジは、眉間に突きつけていた指先をそっと放し、変わりに掌でゾロの頬を覆った。
 そして、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「な・・・・・・・・・・・・・」
 何をする気だ、と問いかけた言葉は、重ねられた唇で押し止められた。

 一瞬何が起こったのか分からず、その場に固まる。

 そして、状況を理解して大きく目を見開いた。

「てっ・・・・・・・・・てめぇっ!いったい何・・・・・・・・・・・・・っ!」
 細い身体を突き飛ばし、柔らかい感触が残る己の唇を手のひらで覆えば、サンジは悪戯が成功した子供の様な顔で笑い返してきた。
 そして、何も言わずにクルリとゾロに背を向け、スタスタと歩き去る。
「おっ、おいっ!」
「さっさと着いてこねーと置いていくぜ。迷子剣士」
 ゾロの声に振り返ることなく、サンジはヒラリと手を振ってくる。その細い背中を見つめて、ゾロはしばしその場に固まった。彼の行動の意味が、分からなくて。
 だが、彼の姿が視界から消える直前でようやく足を動かし始めた。

 考えるのは後でも出来る。船に戻ってから、ゆっくりと。今はそのためにも早く船に戻ろうと少し早足に歩き、サンジの隣に並んだ。
 チラリと視線を投げてきたサンジが、クイッと口端を引き上げる。だが、何も言わない。
 言わなかったけれど、なんとなく言いたいことが分かったような気がしてゾロも口端を引き上げた。そんなゾロに、サンジは僅かに瞳を細めてから、前方へと視線を戻した。その後は、黙々と歩を進め続ける。
 その無言のやりとりが、心地良かった。
 他のクルー達との間にはない、何かを感じて。
 そして、先程の口づけに驚きはしても、嫌悪感を感じていなかった自分に気付く。

 何故かは、分からないけれど。

 何故なのか、考えないといけないだろうなと思いながら、ゾロは歩を進め続けた。
 傍らを歩く男の気配を、感じ取りながら。























サンゾロにあらず。

















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迷う