月の綺麗な晩だった。
雲が一つもないから、星が落ちてきそうな程沢山見える。
その空を見張り台の中でボンヤリと見上げていた。
イーストブルーもグランドラインも、変わらず月はそこにある。
その二つが同じ海の上、空の下にあるのだと言う事を示すように。
だが、イーストブルーとグランドラインでは大きく違うと思う。何がと問われたら返答に困るが、グランドラインを旅すれば旅するだけ、ココがイーストブルーとは全然違う世界のように思えてくる。
明確な理由をあげられない中、強いて違いをあげれば、強いヤツがゴロゴロしていると言うことだろうか。
グランドラインに入ってから、イーストブルーでは滅多に居ないと言われている悪魔の実の能力者に次から次へと出会った。その悪魔の実の能力者達と、今まで味わったことがないような死闘を何度も何度も乗り越えてきた。
それらを勝ち抜き、今生きて、ここにいる。
迫り来る死を乗り越えた分だけ、自分は強くなった。
どんなに深い傷を負わされても、それでもまだ立ち上がり、剣を振るう力を出せるだけの精神力も備わった。
剣の腕そのものも上がった。
悪魔の実の能力者にだって引けを取らないだけの腕があると、思い上がりではなく確かな事実として言い切れる。
だが、鷹の目に追いついたとは、思えない。
まだまだ足りない。
もっともっと強くならなければ。
白鞘の剣を引き抜き、剣先を頭上に輝く月に突きつける。
揺るぎない決意を再度誓うために。
もう二度と、誰にも負けないと。
「な〜〜にを格好付けてるんだ? ミドリ苔の分際で」
暗い空の下、ゾロの発する気配のせいで張りつめていた空間を切り裂くかのように、妙に軽い声が突如響き渡った。
その声を耳にしてゾロは声がした方へと視線を流し、相手の青い瞳を鋭い眼差しで睨み付けた。相手がマストを昇ってきている事には気付いていたから突然声をかけられたことに驚きはしないが、その言葉は大層不愉快なものだったから、威嚇するように本気で。
その瞳は強面の海賊共が見てもビビリ、足を一歩二歩と下げるだろうと思うくらい殺気だったものだったが、視線を向けられたサンジは口角を引き上げるだけで怖がる素振りを欠片も見せない。どころか、楽しげに目元を緩ませながら真っ直ぐに瞳を見つめ返してきた。そして、何事も無かったかのように軽い口調で手にしていたバスケットを差し出してくる。
「おら、夜食」
「………あぁ」
何事も無かったかのように日常の会話を仕掛けてくるサンジにぞんざいな口調で頷き返し、差し出されたバスケットを受け取った。
中を開けてみれば、そこには暖かそうな湯気を出した大きめなおにぎりが二つと、大きめなポットが一つ。そして、そのポットの中に入ったモノを飲むための道具なのだろう。趣味の良い汁椀が一つに箸が一膳入っていた。大きめなポットの中に入っているのは、みそ汁だろうか。
その他に酒瓶が一本とグラスが一つ、入っている。
それらをバスケットの中から取りだして見張り台の床上に並べたゾロは、両手をあわせてからボソリと呟いた。
「いただきます」
その言葉に答えるようにニヤリと笑んだサンジは、そのまま立ち去る事はせず、見張り台の縁に腰掛け、慣れた手つきでタバコを一本取り出して火を付けた。
サンジの口から吐き出される白い煙をなんとなく見送ってから、ゾロは止めていた手を動かして夜食を腹に収めていった。
にぎりめしの、みそ汁の温かさが身にしみる。
夏島が近づいているようなので最近は安定した暖かさが続いていると思っていたのだが、まだまだ夜は冷え込むのだろう。我慢できない程ではない寒さだから毛布を被るほどではないと思うが。
そうこうしている間ににぎりめしを平らげ、みそ汁も全て飲みきったゾロは、にぎりめしが乗っていた皿を素早くバスケットの中に放り込み、目の前に立つサンジへと突き返した。
「ごっそさん」
「おう」
軽く頷き、バスケットを受け取ったサンジは、そのままクルリと身体の向きを変え、キッチンへ戻ろうと見張り台の縁にその長い足をかけた。
が、すぐにその動きを止め、クルリと振り返る。そして、あげていた足をゾロの方へと一歩運んできた。
「なんだ?」
何か用かと首を傾げたら、不自然なほど至近距離まで近づいてきたサンジの口端が引き上がった。
そして、見せびらかすようにゆっくりと伸ばされた舌先で唇をペロリとなめ上げてくる。
「――――なっ!」
突然の事に驚き、行き場など無いのに慌てて身を引いたゾロに意地の悪い笑みを浮かべて寄越してきたサンジは、ぺろりと舌を出してみせた。
いったいそれになんの意味があるのだろうかと思いながらその赤い舌先に視線を移してみると、そこには白い米粒が一つ、乗っていた。
ゾロがソレを目にした事に気付いたのだろう。サンジは舌を引っ込め、じんわりと瞳を細めた。
「ついてたぜ」
「ぁ………………」
「勿体ない事をするなよな。長い航海、米の一粒だって重要な栄養源なんだからよ。キッチリ全部食べ尽くせ。分かったか、大剣豪?」
ニッと口端を引き上げながらそう言ったサンジは、それで話は終わりだと言いたげに身体を再度反転させ、身軽な動作で見張り台から飛び降りていった。
一人取り残されたゾロは、ただただ呆然とサンジが立ち去った空間を見つめていた。そして、急激に顔に熱が上がってくる。
思わず口元をおおった。
そうしたからと言って何があるわけでもないのだが、なんとなく。
「なんなんだよ、あいつは……………」
ボソリと呟きを漏らす。そして、ガクリと頭を倒して己の頭を抱え込んだ。
男に唇を舐められた事が嫌だったと思わない自分を自覚して。
むしろ、喜んでいる事に気がついて。
そんな自分自身が、信じられない。
なんで自分は、喜んでいるのだろうか。
その答えを求めて考えを巡らそうとしたゾロだったが、巡らせる事を即座に止めた。
それ以上考えたら、何かが変わってしまうような気がして。
変わりたいけど変わりたくないから、考えることを放棄した。
「わけ、わかんねぇ…………」
力無い呟きは、静かな夜の空に消えていった。
本心ではない言葉を聞くつもりは無いと、言いたげに。
《20050808UP》
ブラウザのバックでお戻り下さい。
口づけを落とす《サンジ》