昼食が終わったからと言って、ゴーイングメリー号のコックに休みはない。三時のおやつを待つ胃袋船長がいるのだ。奴の腹を満たすためには普通の人間の一食分に値する量のおやつを作らねばならない。そして、その後は夕食の仕込みだ。その合間に掃除や洗濯などもしておきたい。今日はからっとして良い天気だし。
「さて、どうすっかなぁ・・・・・・・・」
 まずはナミとロビンに何を作って差し上げるかだ。最近ミカンを使ったデザートを作っていないので、それでいってみようか。夏島が近いのか、気温も上がってきていることだし。シャーベットやゼリーなんかにするのも良いかも知れない。それだったらちょっとレモンを利かせて甘味を抑えたら、甘いモノが苦手なゾロも食べられるかもしれないし。
「・・・・・・・なんでクソ剣士を基準に考えるよ、俺・・・・・・・・」
 思わず自分の考えに突っ込みを入れる。ゾロなんか二の次だ。大切なのはナミとロビン。ゾロは放っておけ。
 そう思いながらも、ふと思ってしまう。
 甘いモノを苦手だと言いながらも、激しい戦闘の後とかは文句を言わずに食べていたりする。やはり疲れたときには甘いモノが欲しくなるのだろうか。いつもより鍛錬に時間をかけているときなど、ドリンクに糖分を多く入れてやるのだが、それも文句の一つも言わずに飲み干している。
「・・・・・イヤ、アレは気づいてないだけか?」
 それは大いにあり得る。自分の料理を美味いと言わないのはアイツだけだし。味覚障害に違いない。
「・・・・・・・可哀想な奴め。人生の半分はそれでつまらなくなってるな・・・・・」
 何しろ、自分の料理の美味さを実感出来ないのだから。哀れな奴だ。そんな奴でも美味いものは食わせてやりたいと思ってしまうのは、料理人の性だろうか。
「・・・・・まぁ、甘いモノをまったく食わないって訳でもないんだよなぁ・・・・・」
 和菓子の類は結構食べる。おはぎとか、桜餅とか。あんこ系を食べているときは微妙に嬉しそうだ。みたらし団子だともっと。くず餅も、まとわりつくルフィを押しのけてまで食べていたから、かなり好きなのだろう。
 と、考えると、甘いモノが嫌いなのではないのだと思う。
「まぁ、ケーキとかも自分の取り分は食ってるしな。」
 真に嫌いなら食わないだろう。食いたがらなくても食わせるが。ウソップの口の中にキノコを詰め込むのと同じ要領で。
「とは言え、無理矢理食わせるのも趣味じゃねーからな。おいしくいただいて貰えるもんを考えないとなぁ・・・・・」
 ブツブツと言葉を漏らしながら、結局パウンドケーキを作ることにしたサンジは、早速小麦粉をふるい始めた。一つ分は酒を多く入れてゾロ用にしよう、などと言うことを考えながら。
 材料を手早く混ぜ合わせ、型に流し込む。しっかり予熱してあるオーブンの中に入れたら、後は焼き上がるのを待つだけだ。匂いにつられてルフィが来たら蹴り出してやるのが一番厄介な仕事になる。だから、この場を離れることは出来ない。
 サンジは懐から煙草を一本取り出し、口にくわえた。慣れた手つきで火を付け、深く息を吐き出したサンジは、しばし考えた。
 使った器具を洗ったら夕食の仕込みにでも入ろうか。
 ちょっと早いが、その分凝った物を作れば時間は潰れる。そんなことを考えながらシンクに向かい、洗い物に取りかかり出したサンジの耳に、キッチンの扉が開く音が聞えた。
 ルフィめ。もう嗅ぎつけたのか。
 眼光も鋭く振り返ったサンジは、有無も言わせず蹴り出そうと軸足に力を込め、思い切り良く己の足を持ち上げた。が、その足は目標物に振り下ろされることなく床の上へと戻っていく。
「なんだ、お前か。」
 扉を開けて中に入って来た男の姿を目にしたサンジは、ホッと小さく息を吐き出した。
 そこにいたのがルフィではなく、ゾロだったために。
「鍛錬は終わったのか?」
「ああ。」
「んじゃ、飲みもんか。ちょっと待ってろ。」
 ズカズカと大股でキッチンへと入り込んできたゾロに軽く声をかけ、泡の付いた手をザッと洗い流したサンジは、手近なタオルで手を拭きながら冷蔵庫の扉を開いた。そして、その中から作り置きのレモン水を取り出す。
「氷り入れっか?」
「いや、良い。どうせすぐ飲み干すからな。」
「オッケー。ホラよ。」
 丈の長いグラスに良く冷えたレモン水を入れて差し出せば、ゾロは無言で受け取った。そして、一気に飲み干す。
「もっと味わって飲めよな。ったく・・・・・・・・」
 それなりに手間をかけて作ったモノをなんの感慨もなく飲み干され、少々面白く無いサンジは思わずそう愚痴を零していた。そんなサンジに、ゾロが僅かに片眉を持ち上げる。今更何を言いやがるんだと、言いたげな瞳で。
 そんなゾロの反応に小さく舌打ちしたサンジは、空になったグラスを奪い取るようにしてシンクに戻し、洗い物を再開させる。
「ったく。食わせ甲斐の無い奴だな、お前はよ。何食わせてもろくに反応しやがらねーし。」
「・・・・・・そうか?」
 ガチャガチャと食器を洗いながらの言葉に、ゾロが軽く首を傾げた気配があった。その気配に顔をそちらに向けもせず、サンジは鼻で笑い返す。
「おう。全然ねーぞ。とくにおやつの時なんかな。甘いモノは苦手ですーって、顔に書いてあんぜ。」
「・・・・・・・・そうでもないぜ?」
「そうなんだよ。コックの観察眼を馬鹿にすんなよ。」
 ケッと吐き捨てながらそう返せば、背後でゾロが苦笑を漏らしてきた。そして、笑みの浮かぶ声で続けてくる。
「だったら、観察不足だぜ。俺には大好物の甘いもんがあるからな。」
「・・・・・・・・マジ?」
 思わず水を止め、背後を振り返る。そこにはニヤニヤと、意地の悪い笑みを浮かべたゾロの姿があった。
「なんだよ。何が好きなんだ?」
「なんで聞きたがる?」
「なんでって、当たり前だろうが。俺はコックだぞ。クルーの好みは把握しておきたいんだよっ!」
「教えたら、食わせてくれんのか?」
「おう。腹一杯食わせてやるぜ。だから、言ってみろ。お前が今まで食った中で一番美味いそれを食わせてやるからよ。」
「・・・・・・そうか。」
 自信満々にそう返したサンジに、ゾロがニッと口角を引き上げた。そして、二人の間にあった距離を一歩。また一歩とつめてくる。
「・・・・・おい?」
 その行動の意味が分からず、軽く首を傾げて問いかけたサンジの目の前に緑の双眸が近づいてくる。
 射抜くような、強い光を浮かべたそれから目を反らせずジッと見つめていたら、口の中にレモンの酸味が広がった。
「・・・・・・・ごっそさん。」
 ニヤリと口角を引き上げたゾロがそう一言漏らし、キッチンから出て行った。
 その背を呆然と見送ったサンジは、パタリと扉が閉じたところで顔面を真っ赤に染め上げる。
「・・・・・・・勘弁してくれよな。ったくよぉ・・・・・・・・・」
 悪態を付くその声には力がない。力がないどろか、妙な甘さが混じっている。ソレを自覚したら、もっと顔が赤くなった。
「・・・・・・・イヤダイヤダ。魔獣にほだされてるよ、俺。」
 ソレこそ勘弁してくれと思いながら、サンジは無理矢理意識を切り替えるために洗い物へと集中した。
 今夜、あの魔獣がデザートを食いに来る事を予測しながら。




























ラブい。












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甘いモノ