自分の傍らに横たわる、傷一つ無い綺麗な背中を見つめた。
胸にも腹にも腕にも足にも、他のどの部分にも沢山傷を作っているのに、この背中には何もない。
そっと手を伸ばし、日に焼けた浅黒い肌に手のひらを這わせる。
鍛え抜かれた筋肉の隆起をゆっくりと辿り、その形を脳にしっかりと刻み込む。
この背に傷が出来る時が来るのだろうか。
背中の傷は剣士の恥だと言っていたけれど、傷が出来たらどうするのだろうか。
どう、思うのだろうか。
己の力の無さを悔やんで、更に強くなると新たな誓いを立てるのだろうか。
胸の傷を刻み込んだ、あの時と同じように。
指先で背骨のラインを撫で、ゆっくりと手を放した。
そして、眠る男の背中に頬を寄せ、引き締まった腹に腕を回して、緩い力で抱きしめる。
窓から差し込む月明かりに、その背を晒さないように。
その背を守るように。
自分よりも高い体温が、触れた肌から伝わってくる。
その熱さに心地よさを感じて身体の力を抜き、目を閉じる。
朝まではまだ時間がある。
陸に上がり、宿を取っている状態だから、朝飯の準備はいらない。
寝汚い彼に付き合って自分もゆっくり寝よう。
もう寝るのが嫌だと思うくらい、ゆっくりと。
そう思いながら、ゆっくりと意識を手放していった。
安らかな眠りの世界へと、落ちるために。
深い眠りに落ちていた意識が、何を切っ掛けにしたのか、ゆっくりと浮上した。
パカリと大きく目を見開く。
開いたばかりの瞳をチラリと動かせば、窓から淡い月明かりが差し込んでいた。
夜が明ける気配はない。
まだまだ夜深い時間なのだろう。
こんな時間に目が覚めるなんて、珍しい事だ。
敵の気配があったわけでも無いのに。
いったいどうしたのだろうか。
微かに首を捻って周りに気配を窺ってみたが、やはり何も無い。
ただたんに目が覚めただけの事だろう。
なんだか勿体ない事をしたような気がして、深く息を吐き出した。
そして、背中にある、普段は感じない重みと温かさへと意識を向ける。
肩口からは、柔らかい呼吸音が聞こえてくる。
緊張感の欠片もない、安心しきった静かな呼吸の音が・
表情を綻ばせながら、フッと息を吐き出した。
そして、眠る男を起こさないように気を使いながら己の身体を拘束する腕から逃れ、ベッドの上に座り直す。
その際、二人の身体にかけられていた毛布がずるりと落ちて、眠る男の肌を惜しげもなく月明かりの下にさらけ出した。
ソレをチラリと確認してから、眠り続ける男の顔をジッと見つめた。
普段のふてぶてしさを欠片程も感じない、幼さの残る男の寝顔を。
ゆっくりと手を伸ばし、男の頬にかかる金糸を静かに払いのけた。
そして、ずり落ちた毛布の下に見える白い肌に視線を向ける。
月明かりを浴びて、白く輝いている男の背中へと。
その背には、無数の傷が刻み込まれている。
大きいモノから小さいモノまで。
浅いモノから深いモノまで。
様々な種類の傷が。
飽き性な自分には数え切れないのではないかと思うくらい、沢山の傷が。
その傷を見るたびに、胸がキリキリと痛んだ。
彼の生き様が、嫌という程分かって。
彼は、自分自身を大事にしない。
人の為に人の為にと、その身体を動かす。
怪我をすることをいとわずに。
自分がどれだけ傷ついても、守る対象が無事ならばそれで良いと、言い切って。
切られても撃たれても殴られても蹴られても。
どんなに血を流しても骨が砕けても。
誰かの為に立ち上がり、新たな傷を作っていく。
苦しげな様子など欠片も見せずに、飄々と。
白い肌をそっと撫でた。
筋肉は付いていても、その身体は薄く、細い。
同じ年の男とは思えないくらいに。
身を屈め、浮き上がった肩胛骨に口付けた。
せめて、自分の為の傷は作ってくれるなと、願いを込めて。
座していた身体をゆっくりと横たえ、俯せて眠る男の横に身を滑り込ませる。
そして、男の背に毛布をかけ直して、白く細い背に己の手のひらを添える。
強い力で抱きしめたかったけれど、そんな事をしたら起きてしまいそうだったから。
だからせめて、ほんの少しだけでも触れあっていたいと、思って。
男の身体に触れた手のひらから。
傍らにあるその身体から自分よりも低い体温を感じる。
その体温に心地よさを感じて、目を瞑る。
いつもより深く、心地よい眠りへと落ちるために。
《20051111UP》
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後ろから抱きしめる《サンジ》