「ゾローーー! 好きだーーーーっ!」
そんなけたたましい叫び声と共に、細く長い腕がビヨンと伸び、ゾロの肩をわし掴んできた。
と、思ったら、弾丸のようにルフィの身体がこちらに向かって飛んでくるのが視界に入った。
「ぐはっ!」
いきなりの事で受け身が取れなかったのでその衝撃はかなり強く、ゾロは甲板の上にひっくり返った。飛び込んできたルフィ諸共。
そんなゾロの姿を、ナミがケタケタと楽しそうに笑いながら見ている。
「やぁね、ゾロ。ルフィの身体くらいしっかり支えてやりなさいよ。情けないわね」
「そうね。愛の告白をしてくれた人の身体くらい、しっかり受け止めてあげないといけないわね」
ナミの言葉に乗って、ロビンまでもがそんな事を言ってくるのを耳にして、上に覆い被さるルフィを押しのけつつ、倒れ込んだ甲板の上で上半身を起こしたゾロは、深々と息を吐き出した。
「――――あのなぁ」
「オッ、オレも、ゾロが好きだぞっ!」
良い感じに酔っぱらっていたチョッパーが、何を思ったのか突然そんな宣言を寄越してきた。
小さな手を一生懸命上げて、自己主張するように。そんなチョッパーの言葉と態度に苦笑を浮かべながら視線を向けると、彼の傍らでグラスを傾けていたウソップが負けじと両腕を振り上げた。
「オレもゾロが好きだぞーーーっ! 嘘でもなんでもなくっ!」
彼もまた酔っぱらっているのだろう。顔面が真っ赤だ。その時点で彼の発言に信憑性が無いとはいえ、その告白はあまり嬉しくない。年齢や性別はともかく、見た目が愛くるしいチョッパーの言葉ならまだしも。
内心の気持ちをもの凄く嫌そうに顔を顰めることで表現する。
そんなゾロの表情を見ていたナミが、クスクスと軽い笑い声をたてながら言葉を放ってきた。
「良いわねぇ、ゾロ。モテモテで。男にだけ」
付け足された一言に、ゾロのこめかみに血管が浮き上がる。それを目にしているだろうに、ナミは全く気にした様子もなく余裕の笑みを浮かべて返してきた。そして更なるからかいの言葉をかけようと口を開きかけたが、そこで一人だけ告白合戦に参加していない男の存在を思い出したらしい。残る一人へと視線を流した。
「サンジ君は? ゾロのこと、好き?」
「オレの愛はナミさんとロビンちゃんにしか向けられてませんよ〜〜〜v」
問いかけられた瞬間、サンジの瞳からこれ以上ないくらい大量のハートマークがまき散らされた。
周りの様子を気にかけている様子もなく黙々と空になった皿を回収しているように見えたのだが、こちらの会話を聞いていたらしい。
問いに答えは寄越されたが、それだけでは納得出来ないモノがあったのか、ナミが指先で仕事途中のサンジを呼びつける。その呼び出しに満面の笑みを浮かべたサンジは、頭の上に大量の空き皿を乗せ、「な〜〜んですか、ナミすわぁ〜〜んv」などと気持ち悪い声音で叫びつつクルクルと回りながら、ナミの傍らへと近づいてくる。
そんなサンジの姿はいつ見ても無駄に器用で大馬鹿野郎だな思うが、口にしたらうるさいことになるので黙っておく。
ハートをまき散らされて妙な声をかけてくるサンジの反応にはもう慣れっこになっているのか、ナミはうっとうしがることもなく普通に新たな問いかけを口にした。
「じゃあ、ゾロの事は嫌いなの?」
「もちろんですっ! 硬い筋肉に興味はありませんっ!」
キッパリと言い切るサンジの言葉は力強い。何もそんなに強く言い切る必要は無いだろうと思うくらい。
ヤツが無類の女好きだと分かっていても、男の事は好いていない分かっていても、そこまでキッパリと言われると気分が悪くなるというモノだ。無意識に不快を表す表情を浮かび上がらせてしまう程に。
その表情の変化をめざとく見つけたナミが、意地の悪い笑みを浮かべてゾロを一瞥したあと、細い指先をゾロに突きつけてきた。
「その言葉、ゾロには不服みたいよ?」
「なんだとっ、この腐れ剣士っ! てめー、もしかしてこのオレ様のスレンダーボディに欲情してるんじゃないだろうなっ!」
「――――なっ!」
公衆の面前で突然そんな事を言われ、ゾロの顔に朱色が差した。
「テメッ……」
「やっだぁっ! 身の危険を感じないと思ったら、そう言う趣味だったわけ? やだっ、サンジ君、気を付けてよっ! 襲われちゃうかもしれないからっ! 絶対にアイツ絶倫だから、そうなったらサンジ君壊れちゃうわっ!」
「ハハハッ! 大丈夫ですよ、ナミさん。やられる前にやりますからっ!」
「逞しいわっ! サンジ君っ!」
本気か冗談か分からないが、嬉々としてろくでもない言葉を発するナミに力強く宣言するサンジに、ナミが黄色い歓声を上げている。
そんな二人の姿を見て、ゾロは深くため息を吐き出した。
このテンションは何なのだと、思って。ザルのナミが酔っぱらうはずが無いのに、酔っぱらったようなそのハイテンションはなんなのだ、と。酒に強くないとは言え、チョロチョロと動き回っていたせいでさして酒を飲んでいる分けでもないのに、サンジのテンションも馬鹿高いのはなんなのだと、思って。
しかし、いくら考えてもゾロに彼等の考えが分かるわけがない。頭脳派だかなんだかしらないが、思考回路が複雑な連中だから。単純だと日々馬鹿にされている自分に彼等の考えていることなど分かるわけがない。だから、無駄な事はしないで置こうと、ゾロは考えることを放棄してもう一度深く息を吐き出した。
気を取り直して手近にあった酒瓶に掴みあげ、中身をグラスに注ぐことなく一気に煽る。
いつもだったら行儀が悪いと怒られる行動だったが、今はそんな些細なことはどうでも良いらしい。ゾロの行動を咎めることなく、ナミとサンジの会話が続いていく。
「でも、腕力は絶対にゾロの方が上よ。サンジ君、そんなゾロを押し倒せるの?」
「大丈夫ですよ。オレにはアイツにないテクがありますから。猛獣の一匹や二匹、簡単に黙らせられます。暴れそうなら、その前にふん縛って亀甲縛りの刑に処してやりますから。全然大丈夫です」
「えっ?! サンジ君、亀甲縛り出来るの? 見たいわっ!」
「ナミさんのお望みならば、いくらでも〜〜v 今度盗み食いした馬鹿共を縛り上げるときに披露しますねv」
「いや〜〜ん! サンジ君、格好いいっ!」
「ナミさんも素敵ですよ〜〜〜v」
何が格好良くて何が素敵なのか。ゾロにはさっぱり分からなかった。
分かることはただ一つ。
今口を挟んだら、生きて故郷には帰れないであろうと言うことだ。性悪二人に散々弄ばれて、精神的にボロボロになってしまうだろう事は、容易に想像出来る。
だからゾロは、懸命に口を噤んだ。飲み過ぎてダウンし、深い眠りに落ちたルフィに腕が己の腹にグルグル巻き付けられているのを剥がそうともせずに、ただひたすら、この妙な盛り上がりが沈静化するのを待ち続けていた。
狂人ナミが立ち去ったことで、ゾロの忍耐の時間は終わった。
ロビンも部屋に引き上げた。男共はとっくのとうに眠りについていたので、荷物のように抱え上げて部屋の中にぶち込んでおいた。
男部屋の入り口から容赦なくたたき落としたために、落とした直後には短いうめき声が聞こえてきたが、細かいことは気にせずにさっさと男部屋の蓋を閉め、迷い無い足取りで真っ直ぐにキッチンへと向かった。
「今日はもう出せる酒はねーぞ」
ラウンジに入るなりそう声をかけられた。
洗い物をする手を止めようともせずに。こちらに視線を向けようともせずに。邪魔だと言わんばかりの態度で。
そんなサンジの態度に軽い怒りを覚え、眉間に皺を刻み込んだ。
そして、不機嫌が露わな声で言葉を返す。
「酒はいらねぇ」
「ふん? じゃあ、何がいるんだ?」
心底不思議そうに呟き首を傾げるサンジを、背後からギュッと抱きしめた。
そのゾロの行動に一瞬手を止めたサンジだったが、すぐに作業を再開させる。そして、からかいの色が滲む声で語りかけてきた。
「何だ、ルフィに抱きつかれただけじゃ満足出来ねーのか?」
「――――なんでアイツに抱きつかれて満足しねーといけねーんだよ」
「あん? 大好きな船長さんに抱きつかれて嬉しくないわけがねーだろ。ルフィもお前の事が好きって言ってるし。相思相愛で羨ましいこって…………っ!」
憎たらしい言葉を吐き出す口を閉ざしたくて、目の前にある白い首筋に噛みついた。
柔らかい肌に思い切りよく犬歯を突き立てたので、噛み痕からはジワリと赤い液体がにじみ出す。その液体を舌先でちろりと舐め取ると、サンジの口から嫌そうなうめき声が漏れ聞こえた。
「お前なぁ………」
「嫌いか?」
「あん?」
唐突な質問に、サンジがチラリと瞳を向けてきた。その青い瞳を覗き込みながら、そっと囁く。
「オレのこと」
短く問いかけ、答えを待って瞳を見つめ続ける。
どれくらいそうしていただろうか。真っ直ぐに見つめ返しているサンジの蒼い瞳がユラリと揺れ、口元には薄く笑みが刻み込まれた。
「どう思う?」
「――――聞いてンのはこっちだ」
「聞かなきゃわかんねーの、お前は」
クスクスとからかいの色が滲み出している声でそう問いかけてきたサンジは、ゾロの腕の中でクルリと身体を回して向き合うような体勢を取った。そして、ゾロの首に細く長い腕を巻き付けてくる。
「オレが、嫌いなヤツにこんな事をするとでも?」
そう告げられた瞬間、軽く口付けられた。
唇と唇が触れあうだけの、戯れのような口づけだ。
だからゾロは、サンジの腰に回していた腕に力を込めて彼の身体を抱き寄せ、その耳元で囁いた。
「そんなもんで、分かるかよ」
そう告げて、今度はこちらから口付けた。
貪るような口づけを。
荒々しいその口づけに応える舌を絡めたサンジは、ゾロの後頭部に両手を這わせてきた。
ほんの少しも放しはしないと、言うように。
より深い交わりを求めるように。
ゾロの手がしなやかな背骨を撫で上げる。
もう何度も、己の手で、舌先で辿ったラインを、確かめるように。
「――――こんな事させんのは、てめぇだけだ」
キスの合間に、サンジが囁く。
「てめーも、オレだけにしとけ」
強気の口調と強気な瞳で告げられた言葉にドクリと心臓が跳ね、身体の中心が力を持つ。
彼の纏っている衣服を力任せにはぎ取り、その細い肢体を組み敷き蹂躙したい。
そんな衝動に駆られたがグッと堪え、逸る気持ちを押さえつけてボタンを一つずつ外しながら、サンジの耳元で囁いた。
「とっくのとうに、そうなってるよ」
その応えに、サンジは満足そうに微笑んだ。
向けられた笑みに誘われるように、細い身体を床の上に押し倒す。
床の上に広がる綺麗な金糸。
窓から差し込む月明かりで淡く輝く白い肌。
涙を浮かべる蒼い瞳。
快楽に歪む、整った顔。
コレ等を知っているのは、自分だけだ。
今までも、これからも。
誰にも教えるつもりはない。
コレは、自分だけの物だから。
ルフィにも、ナミにも、ロビンにも。
ウソップにもチョッパーにも、渡しはしない。
日が出ている間は良いけれど。
日が沈み、皆が寝静まってからは、彼は自分だけの物になる。
時間にしたら僅かな時間だけど、それでもその時間が、空間が、たまらなく嬉しかった。
《20051111UP》
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秘やかに